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DARTとアンビエントイオン化法にとって理想的な構造を持ったAccuTOF™ LCシリーズの大気圧インターフェース [DART Application]

MSTips No.221 日本電子株式会社 グローバル営業推進本部 分析機器営業推進室

 DARTイオン源は、JEOL製飛行時間型質量分析計JMS-T100LC “AccuTOF™”上で開発されました。AccuTOF™では、DARTイオン源のガス吐出口を、DARTで生成したイオンの取り込み口である、質量分析計の大気圧インターフェースのオリフィス1の近傍数ミリメートルまで近づけて使用しても全く問題ありません。AccuTOF™の大気圧インターフェースは堅牢で、汚れに対する高い耐久性を持ち、DARTのイオン化に使用されるヘリウムガスを、特別な補助機構の追加無しに排気することができます。この特長は、AccuTOF™ LCシリーズの最新機種であるAccuTOF™ LC-plus 4Gにも、そのまま引き継がれています。

AccuTOF™ LC シリーズの大気圧インターフェース

 Figure 1.に AccuTOF™ LCシリーズの大気圧インターフェースの概略図を示します。この大気圧インターフェースは、中心軸をずらした2つのスキマー(それぞれ、オリフィス1 (Orifice 1)、オリフィス2 (Orifice 2) と呼びます)と、その間に配置されたリングレンズ (Ring Lens)、そして、それらに続く屈曲型高周波イオンガイド (Ion Guide) から構成されています。
 中心軸をずらした2つのスキマーは汚れの侵入を防ぎます。大気と装置内の圧力差によって、オリフィス1からはイオンだけでなく、電気的に中性な分子や微粒子なども同時に吸い込まれます。イオンは各部電圧の最適化により、スムーズにオリフィス2を通過していきます。一方、中性分子や微粒子の大部分は、真空ポンプで排気されたり、あるいはオリフィス2下部に衝突することになり、オリフィス2を通過できません。それでもオリフィス2を通過してしまった中性分子・微粒子は屈曲したイオンガイドにより排除されます。
 この大気圧インターフェースは、常識的には直接分析が難しい「汚い」試料(泥、体液、溶けたチョコレート、樹脂、原油など)であってもDART分析を可能とする理想的なインターフェースです。また、試料は容易にオリフィス1に近づけることができます。これらのことから、AccuTOF™の大気圧インターフェースは、DARTを含むアンビエントイオン源にとって、便利で扱いやすいプラットフォームであるといえます。
 Figure 2.は、DARTのガス吐出口であるセラミック製インシュレーターとオリフィス1の位置関係を示した写真です。インシュレーターとオリフィス1の間隔は約1cm で、通常の測定操作に最適の配置です。


【Figure 1. 】
Schematic diagram of the AccuTOF atmospheric pressure interface (API)

【Figure 2. 】
The white DART ceramic insulator cap is positioned  approximately 1 cm from the apex of orifice 1 (the silver cone on the right).

Vapur®インターフェース

Vapur®インターフェースとは?

 AccuTOF™ LC シリーズ以外の、通常の大気圧イオン化質量分析計の真空排気系は、空気(主に窒素)を排気することを前提に設計されており、 DARTで使用するヘリウムガスを排気する能力を持ち合わせていません。このため、JEOL製以外の質量分析計でDARTを使用するためには、Vapurインターフェースが必須です。Vapurインターフェースは、セラミック・チューブを取り付けたフランジと追加の差動排気段で構成され(Figure 3., Figure 4.)、JEOL製以外のすべての質量分析計にDARTイオン源を取り付ける場合と、広いスペースを必要とするDARTの特別付属品を取り付ける場合に必須です。VapurインターフェースはAccuTOF™ LCシリーズにはオプションとして取り付けることができます。


【Figure 3. 】
Schematic diagram of Vapur interface. On the AccuTOF, the gap between orifice 1 and the exit of the Vapur ceramic tube should be 2 mm for optimal performance.

【Figure 4. 】
The Vapur interface mounted on the AccuTOF DART.

イオンの消失

 Vapurインターフェースでは、オリフィス1よりもずっと大きな内径のセラミック・チューブを用いることで、ガスの乱流が低減され分析の再現性が向上します。また、試料をかざせる空間の自由度が増し、設置に空間を必要とする特別付属品の取り付け時にも有用です。しかし、イオンがガス流で運ばれる距離が長くなることで、その間でイオン分子反応を生じる可能性が増し、プロトン親和力の低い化合物ではイオンが消失してしまいます。
 Figure 5.(a) に、Vapurインターフェース非装着時の、DART正イオンモードでの低 m/z 領域のバックグラウンドのマススペクトルを示します。 主要な試薬イオンであるプロトン付加水分子 [H2O+H]+ とプロトン付加水分子2量体 [2H2O+H]+ が検出されています。Figure 5.(b) に、Vapurインターフェース装着時のバックグラウンドのマススペクトルを示します。プロトン付加水分子2量体[2H2O+H]+ は25倍拡大してかろうじて見える程度であり、ガス配管や大気中の、水分子よりもプロトン親和力の高い夾雑成分に由来したイオンが多く検出されています。 
 低極性化合物は、大気圧下でのイオン分子反応の影響を特に受けやすく、イオンを消失しやすくなります。一例として、エピテストステロン(epitestosterone)とキニーネ(quinine)のほぼ等モルの混合物に微量のステアリン酸メチル(methyl stearate)を加えた試料のマススペクトルを、Vapurインターフェースの非装着・装着時で比較したものをFigure 6.に示します。Vapurインターフェース非装着では、全ての成分が確認されました。これに対してVapurインターフェース装着時は、ステアリン酸メチルは完全に消失し、エピテストステロンの強度は1/6に減少、比較的極性の高いキニーネでさえ、その強度は1/2に減少しました。


【Figure 5. 】(a) positive-ion low-mass DART background without the Vapur installed, showing the dominant reagent ions with trace laboratory solvent peaks and (b) the low-mass background observed with the Vapur installed.


【Figure 6. 】Comparison of signal for quinine, epitestosterone, and methyl stearate
(a) without the Vapur interface and (b) with the Vapur interface.

イオン化過程の違い

 Vapurインターフェースを装着し、エーテル化合物やカルボニル化合物のような試料を測定した時、優先的にアンモニウム付加分子が生成する傾向があります。大気中に微量のアンモニアが存在する場合、アンモニア分子はプロトン親和力が高いため、DARTの主要試薬イオンであるプロトン付加水分子[H2O+H]+、プロトン付加水分子2量体 [2H2O+H]+と反応してアンモニウムイオン[NH4]+ となります。このアンモニウムイオンと、エーテル化合物やカルボニル化合物のようなアンモニウム親和力の高い試料分子がVapurインターフェースのセラミック・チューブを通過する間に反応してアンモニア付加分子が生成すると考えられます。一方、一旦生成した試料のプロトン付加分子の一部は、Vapurインターフェースのセラミック・チューブを通過する間に水分子と反応して消失(中性化)してしまいます。 
 Figure 7.に、ポリエチレングリコール(polyethylene glycol; PEG) のマススペクトルを (a) Vapur インターフェース非装着時と(b) 装着時で比較したものを示します。どちらのスペクトルにおいても、プロトン付加分子[M+H]+ とアンモニウム付加分子 [M+NH4]+の両方が観測されています。しかし、Figure 7(a) ではプロトン付加分子が、Figure 7(b) ではアンモニウム付加分子が優勢となっています。


【Figure 7. 】Positive-ion DART mass spectra of a PEG sample measured
(a) with no Vapur and (b) with the Vapur installed.

キャリーオーバー

 Vapurインターフェース装着時には、インターフェース内でのキャリーオーバーが問題となることがあります。したがって、Vapu インターフェース装着時は、導入する試料量が多すぎないように気を付けたり、試料と試料の測定間でキャリーオーバーが無いことを確認することが重要です。 
 例として、1%フタル酸ジイソブチル (diisobutyl phthalate; DIBP) のイソプロパノール (isopropanol) 溶液の測定結果をFigure 8.に示します。試料溶液はガラス棒先端に塗布し、これをDARTからのガス流の中に数秒間保持しました。再現性確認のために試料溶液を3回導入し、最後に質量校正用標準試料 (Jeffamine M-600, Huntsman Co.) を導入しました。Figure 8.(a)がVapurインターフェース非装着時、Figure 8.(b)がVapurインターフェース装着時の結果です。全イオン電流クロマトグラム (Total Ion Current Chromatogram; TICC) 上の赤い矢印は試料を導入したタイミングを示しています。また、それぞれの下段はDIBPの抽出イオンクロマトグラム(Extracted Ion Chromatogram; EIC)です。Figure 8.(b)では試料導入を繰り返すにつれてTICC, EIC ともに増大し、DIBPがVapurインターフェースのセラミック・チューブに吸着・蓄積されていることがわかります。これに対して、Vapurインターフェース非装着では全くキャリーオーバーはなく、それぞれ試料を導入したタイミングも容易に確認することができています。


【Figure 8. 】Chronograms for three replicate measurements of a sample containing diisobutyl phthalate (DIBP)
(a) with no Vapur and (b) with the Vapur installed.

Vapur®インターフェースの特徴と問題点

特徴

  • 真空排気能力の低い装置において、ヘリウムガスの排気を補助してDARTを使用可能とする
  • 乱気流を抑えることで、再現性が向上する
  • 接続する質量分析計の設計に依存しないインターフェースを提供する

問題点

  • JEOL製AccuTOF LCシリーズ以外の全ての装置でDARTを使用する際に必須
  • 試料イオンがインターフェース内を通過する間にイオン分子反応が起こる
  • 低極性や反応性の化合物由来のイオン、大気由来のイオンが消失する
  • アンモニウム付加分子がプロトン付加分子よりも優勢となる
  • 酸化反応が起こり易い
  • セラミック・チューブに吸着され易い化合物はキャリーオーバーを生じる
  • 補助排気用真空ポンプの追加が必要

まとめ

 AccuTOF LCシリーズの大気圧インターフェースは、キャリーオーバー、イオン消失、イオン化過程の予期せぬ変化などの問題を引き起こす追加インターフェース(Vapurインターフェース)が不要であり、DARTやその他のアンビエントイオン化法にとって理想的なプラットフォームです。

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