• 概要

NM210012

Gradient-Enhanced Multiplet-Selective Targeted-Observation NMR Experiment (GEMSTONE)1は、選択性の非常に高い選択励起の手法です。信号の重なりの激しいスペクトルであっても、そこから目的のマルチプレット信号のみを選択的に励起することが出来ます。

同目的の従来法に Chemical Shift Selective Filter (CSSF) がありますが、同手法ではシークエンス内のパラメータを一定積算毎に逐次変えて複数回の実験を行い、データを足し合わせていく必要があります。一方、GEMSTONE法では、それが1回の積算で達成されるため、より短い時間での測定が可能になります。

GEMSTONE法をTOCSYやNOESY等のパルスブロックと組み合わせることで、それら測定の従来の標準的な方法に比べ、より高い選択性の実験がより短時間で可能となります。このアプリケーションノートでは、GEMSTONE-TOCSY測定について記します。

GEMSTONE-TOCSYのパルスシークエンス

GEMSTONE-TOCSYの基本的なパルスシークエンスは以下のようになります (図1)。

図1

図1. GEMSTONE-TOCSYのパルスシークエンス

GEMSTONE-TOCSYの測定例

GEMSTONE-TOCSYの有効性を示すために、例として、5 mm ROYALプローブ™HFXを装えたJNM-ECZ500R分光計で測定した60 mMのβ-エストラジオール (β-estradiol) の結果を示します。

図2

図2. β-エストラジオール (β-estradiol)

GEMSTONE-TOCSYの測定の方法

  1. 標準的な1Hスペクトル測定をDeltaで行います。
  2. GEMSTONE-TOCSYで選択励起する信号領域を1Hスペクトル上で同定します。
    図3

    図3. β-エストラジオールの1Hスペクトル (全域) とGEMSTONE-TOCSYで選択励起を行う1.78 ppm付近の拡大図。

  3. GEMSTONE-TOCSY測定では、選択励起する信号ピークの「正確な」化学シフトが要請されます。しかし通常の1Hスペクトルにおいては、1Hの各信号は往々にしてマルチプレットをつくるために、このことは一般的には易しいことではありません。この場合、その代わりとして、Zangger-Sterk法 (ZS) による1Hピュアシフトスペクトルを使うことが有効な策として挙げられます。加えてこの測定では、GEMSTONE測定でも用いられるRSNOB 180°選択励起パルスが使用されるため、同測定を行うことは、このパルスが正しく設定されているかの確認にもなります。ZS法による1Hピュアシフトスペクトルを走らせるには、Delta、Job設定タブページ上の [パルスシークエンス] から「pureshift_1d_zs.jxp」を選択します。

同測定の感度の増大のために、ZSピュアシフト測定を、以下のようにして領域選択的に行うことが出来ます。

  • 観測中心 (x_offset) を選択する領域のだいたいの中心に合わせます。β-エストラジオールの例では、x_offset=1.78 [ppm] に設定しました。
  • RSNOBパルスの励起範囲を100 [Hz] とします。
  • 磁場勾配パルスの強度 (grad_sl_ps_amp) を 0 [T/m] とします。

ZS ピュアシフト測定を領域選択的に行った結果を、図4に示します。

図4

図4. β-エストラジオールの領域選択的ZSピュアシフトスペクトル (中心周波数=1.78 ppm、励起範囲=100 Hz) (上) と通常の1Hスペクトル(下)。

もし、得られたZSピュアシフトスペクトルの信号ピークがシングレットになっていない場合は、RSNOBパルスの励起範囲を、その励起範囲内にある互いにカップリングしている信号同士の幅よりも小さくします (例えば、それらの信号が50 Hz離れているとしたら、RSNOBパルスの励起範囲も50 Hz以下とします)。

  1. 適当な領域選択的ZSピュアシフトスペクトルが取得出来たなら、nDプロセッサウィンドウの「Copy position」ツールを使い、選択励起した信号の一つの化学シフトを選択、コピーします。
    図5

    図5. 「Copy position」ツールを使って、カーソルの化学シフトをコピーします。[Shift]キーを押しながらピーク近傍をクリックすると自動的にピークトップが検出され、それは (その後ペーストのために) バッファに一時的に保存されます。

  2. [パルスシークエンス] をクリックして、「GEMSTONE-TOCSY.jxp」を選択します。
  3. Acquisitionタブを開き、パラメータ「x_offset」を元の値から上で選択した値に変更します (#4で保存した値を同パラメータ欄内にペーストします)。
  4. TOCSY部の無い (GEMSTONE部のみの) 測定を予備測定として行います。これは必須ではありませんが、結果としてx_offsetに一致した選択信号だけが得られることを確認することは、測定の大事なポイントになります。これを行うには、[Pulse] タブにある「mix_time」を0 [ms] に設定します。
  5. 「GEMSTONE-TOCSY」を [測定登録] し、測定を実行します。
  6. 結果の確認・検証を行います。もし測定の結果が望む選択性を達成していないときは、GEMSTONEパルスブロック中のChirpパルスの長さ (Pulseタブの「obs_chpgs_m_pulse」) を変更します。GEMSTONEで用いられる典型的なChirpパルスの値は、50-120 msになります。今回のβ-エストラジオールの例では、100 msを用いました。
    図6

    図6.GEMSTONEパルスブロック中のChirpパルスの長さの調節

  7. 上記のTOCSY混合時間の無い予備測定に問題がないことを確認したならば、再度、混合時間「mix_time」に適当な値を入力します。例えば、80 [ms] は、スピン系内のほとんどの相関を得るのに十分な時間になります。
  8. [測定登録] により、測定を実行します。

測定の結果

図7に β-エストラジオールのGEMSTONE-TOCSYの測定結果を示します。ここでは、1.78 ppm付近で重なる3つの1H信号16α、12β、7βに対してそれぞれ測定を行っています (積算 32回、混合時間 80 [ms]、実験時間 4.5分)。

結果のスペクトルが示すように、GEMSTONE法を用いることで重なりあう3つの信号を個別に分離して取り出すことが出来ます。したがって、パルスシークエンス上でその後に続くTOCSY相関により選択した信号のスピン系だけを曖昧性を排して同定することが出来ます。比較のために、従来の標準的な選択的1D TOCSYの結果を並べました。標準的な1D TOCSYでは、この例で扱った信号の重なりに対しては選択性が十分でなく、16α、12β、7βの各1H信号由来のTOCSY相関が同時に一つのスペクトルに乗ってしまっています。その結果、通常の1Hスペクトルに近いものになってしまっています。

図7

図7. GEMSTONE-TOCSYと従来の標準的な1D TOCSYの比較。各測定で選択励起した信号は赤で示されている。従来の1D TOCSYでは、16α、12β、7βの信号を個別に励起することは不可能で、ここでは3つの信号が同時に励起されてしまっている。

結論

GEMSTONE-TOCSY測定では、その高い信号選択性のため、重なりの激しい領域であってもそのスピン系を曖昧なく同定することが出来ます。従来の標準的な選択的1D TOCSYよりもずっと選択性が高く、また、CSSF法を基盤としたCSSF-TOCSYよりも短時間で測定を行うことが出来ます。

文献

  1. P. Kiraly, N. Kern, M. P. Plesniak, M. Nilsson, D. J. Procter, G. A. Morris and R. W. Adams, Angew. Chem. Int. Ed. 2021, 60, 666–669.
  2. P. Kiraly, M. Nilsson, G. A. Morris and R. W. Adams, Chem. Commun. 2021, 57, 2368-2371.
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