国立研究開発法人 物質・材料研究機構 中核機能部門 強磁場ステーション

世界最高磁場1,020 MHz達成。NMRは新たな次元へ

国立研究開発法人 物質・材料研究機構(以下NIMS)は国内屈指の物質・材料の研究機関として、国内の材料工学や有機化学を牽引してきました。清水氏が率いる強磁場ステーションは、磁場を発生させる材料とその応用を研究する部門。NMR装置は磁場とは切っても切れない関係にあり、同ステーションが開発したマグネットは革新的な進歩を度々NMRにもたらしてきました。

国立研究開発法人 物質・材料研究機構 中核機能部門 強磁場ステーション

科学の発展を促したNMRの発達

高さ5 m。見上げるばかりの巨大NMR装置の上部には、日の丸が誇らしげに掲げられています。
「国産ロケットには日の丸がペイントされていますよね。それなら国産NMRのフラッグシップであるこの装置にも日の丸があってもいいんじゃないかと考えたのです」
NIMS中核機能部門強磁場ステーション長、清水禎教授は満足気に語ります。

NMR装置にとってマグネットが発生させる磁場の強さと測定できる原子の種類と分解能は比例関係にあります。そのため、より強い磁場を発生させるために、材料開発や構造設計が様々に試みられてきました。現在使われているNMRのマグネットはニオブ3スズといった金属系の超伝導体ですが、発生させられる磁場は、理論上、1,000 MHzが限界です。1980年代後半にはすでに600 MHz NMRが完成しており、有機物質の主要核である水素核、炭素、窒素、リン等は観測できていましたが、カルシウム、マグネシウム、チタンなど、無機化学、材料科学などに必要な原子を測定するにはさらに大きなブレークスルーが必要でした。

1988年、それはNIMSの前身、金属材料研究所で起きました。同研究所の前田弘氏がセラミックの一種、銅酸化物にビスマスを混ぜたものが良好な超伝導性を示すことを発見したのです。発生できる磁場の限界も理論上は金属系の2倍の2,000 MHzまで望めることがわかりました。

1,000 MHzを越えよう!

しかし、セラミックの超伝導体は、合成が難しく、安定した性能を発揮する線材をなかなか作れませんでした。また、金属素材に比べて脆いため。コイルに巻こうとすると折れてしまう問題もありました。
そうした問題を抱えながらも、1995年、NIMS強磁場ステーションは1,000 MHz級のNMRを見据えた開発プロジェクトをスタート。2001年には磁場の世界記録となる920 MHzを達成。2005年にはさらに930 MHzと、研究室からは華々しいニュースが立て続けに伝えられました。しかし、記録達成に用いられたのは、いずれも金属系の超伝導コイル。セラミック超伝導体のコイル化は、いまだ実現できていなかったのです。

1,020 MHz NMR装置のある第1NMR実験棟

1,020 MHz NMR装置のある第1NMR実験棟

吉報がもたらされたのは、2006年のこと。合成法や製造方法が洗練されたことでセラミック超伝導体の線材化が実現したのです。コイル化の問題はまだ解決されていませんでしたが、 (独) 科学技術振興機構の支援を受け、NIMS、理化学研究所、神戸製鋼、日本電子合同で、超1 GHz NMRを開発するプロジェクトをスタート。ほどなく最大の関門であったセラミックを折らずに曲げる技術を神戸製鋼が開発に成功し、セラミックの超伝導コイルが実現。プロジェクトは加速していきます。JEOLが開発した世界最高の分解能を持つプローブもはずみをつけました。

2010年には早くも組み立てが開始。もはや完成は時間の問題と思われたその矢先、未曾有の大地震が東日本を襲いました。2011年、東日本大震災の震度6弱の強い揺れは装置の重要部分をことごとく破壊。開発は中断を余儀なくされてしまいます。さらに不幸は続きます。2013年、復旧を急ぐ中、プロジェクトのリーダーだった木吉氏が急逝してしまったのです。
「あと一歩だったのに。本当に残念です。しかし、日本の超伝導技術の集大成として木吉さんをはじめとする多くの研究者、技術者が心血を注いで作り上げてきた物をここで終わらせてはなりません。スタッフ全員が無我夢中で装置に向かっていました」
木吉氏の後を引き継いだ清水氏は、悲しみの癒える間もなく修復作業に奔走。そして2014年10月17日、ついに磁場は1,000 MHzを突破し、1,020 MHzを記録したのです。

まだ見ぬ限界を求めて

翌2015年末、1000 MHzを超える磁場での測定が始まりました。

「実は修理しても完全に元どおりとはいかず、装置の不具合を何とか抑えながらの測定。長く稼働し続けることができないことがわかっていたので、昼夜を分かたず測定を続けました」

水素や炭素はもちろん、マグネシウムやコバルトなど、900 MHz帯のNMRでははっきり捉えられなかった金属原子も、ピークをしっかり示し、無機材料の構造解析にかかる時間が大幅に短縮されたといいます。

「1,000 MHzを超えて、新たな原子が見えるようになったというわけではありません。しかし、金属の超伝導体では成しえなかった領域に踏み込めたということの意味は、極めて大きい。この装置はまだ一部にしかセラミックの超伝導体を使っていません。さらに電気を伝える導線の超伝導体化など、まだまだすぐにでも取り掛かれる改善点を残しています。1,500 MHzまで到達できれば、酸素などが従来よりも容易に測定できるようになり、地球上の多くの物質の構造が明らかになっていくでしょう。開発はまだこれからが本番です」

まだ見ぬ限界に向けて、挑戦は続きます。

  • PROFILE

    清水 禎(しみず ただし)

    国立研究開発法人物質・材料研究機構
    中核機能部門 強磁場ステーション ステーション長

    1987年東京大学物性研究所助手、1990年 科学技術庁金属材料技術研究所研究員を経て、2001年より現職。極限計測ユニット強磁場NMRグループ グループリーダーも兼任。専門分野は固体物理学、NMR分光学で、研究テーマは核磁気共鳴分光学の新規技術の開発および核磁気共鳴分光学を用いた物性研究。

    清水 禎(しみず ただし)