超高分解能電子顕微鏡が加速させる材料科学

超高分解能電子顕微鏡が加速させる材料科学

東京大学大学院工学系研究科総合研究機構
幾原雄一 教授
INTERVIEW 01

経験と勘に頼るものづくりから、理論とその実証をもとにした合理的なものづくりへ。
日本電子の超高分解能電子顕微鏡が、材料科学に長足の進歩をもたらそうとしている。

粒界を探る

金属やセラミックスなどの工業材料は、小さな結晶の粒が大量に集まった多結晶体の構造をなしている。その結晶と結晶が接しているところは粒界と呼ばれ、材料の性質に決定的な役割を果たしているとして、近年大いに注目を集めている。
「結晶の表面、界面、転位、原子空孔などの格子不整合領域は、通常、周期的な乱れがあって、特異な電子構造を有しており、それが完全結晶には見られない機能発現の起源となっています。粒界の原子・電子構造と、機能発現のメカニズムを解明できれば、新機能を有した材料開発など、産業界へ大きな波及効果が期待できます」
と話すのは、東京大学大学院工学系研究科総合研究機構の幾原雄一教授。大学院時代より粒界の原子レベルでの解明に取り組み、電子顕微鏡による実測を重視した研究を続けてきた。

材料工学のパラダイム変換

その研究の大きなブレイクスルーとなったのが、走査透過電子顕微鏡(STEM)の球面収差補正技術の登場だ。電子顕微鏡はその構造上、電子レンズがつくる画像周辺部のボケ(球面収差)が不可避とされてきた。だが、コイルが発する磁力を用いて電子線を絞り込むことで、これを大幅に減少させ、オングストローム以下の世界を直接観察できる超高分解能を実現させた。理論的には古くから知られていた方法だが、実現は難しいとされていただけに、90年代後半にかけて同技術が相次いで発表されたことは、関係者に衝撃をもって迎えられた。
幾原教授もその一人だ。
「材料がなぜその機能をもつのかを、原子レベルで解明できる。これは、材料工学の歴史で、もっとも重大なパラダイム変換の一つといってもいいでしょう」
たとえば、アルミナ(酸化アルミニウム)に希土類のイットリウムを微量加えると、非常に強度が高くなることはよく知られていたが、なぜそうなるか確かめられたことはなかった。幾原教授は、日本で最初に球面収差補正装置を組み込んだSTEMを導入したが、これを用いてイットリウムを加える前と後のアルミナの界面を観察して比較。すると、イットリウム原子がアルミナの粒界の特異なサイトに周期的に入って、アルミナのイオン結合を共有結合に変えていたことがはっきりと確認できた。この発見は、2006年、サイエンス誌にも掲載。球面収差補正技術に対する威力をまざまざと見せつけるものとなった。
その後も幾原教授は、粒界の原子レベルでの解析結果をサイエンス誌やネイチャー誌を中心に続々と発表し、2010年には、その功績が認められ、独フンボルト賞を、また2013年には文部科学大臣賞を受賞した。
さらに近年は、セラミックスの結晶界面中に形成される原子の並びが歪んだ欠陥構造の研究を進めている。スーパーコンピューターで理論計算し、従来の材料にはなかった欠陥構造をもつセラミックスを設計。その欠陥構造を、球面収差補正STEMで観察することで、理論通りにできているかを確認する。
「勘に頼り、経験を積み重ねる従来の材料開発とは、真逆のアプローチ。計算と観察から得られた合理的な手法に従って、格子欠陥構造を人為的にコントロールしていくことで、材料科学は、今後、加速度的に進化するに違いありません」と幾原教授は目を輝かせる。

水素原子も観察できる超高分解能

幾原教授の研究室では、日本電子の超高分解能電子顕微鏡「GRAND ARM」を世界で最初に導入した。冷陰極電解放出電子銃を標準搭載し、最髙加速電圧は300kV、自社開発の球面収差補正装置を搭載した最新式で、STEM分解能は45pm*を誇る。 「水素やリチウムといった軽元素が近接している様子もつぶさに観察できる。分解能としては十分なところまで来たといえるでしょう」 と、幾原教授も太鼓判を押す。

酸化チタン結晶の[110]方向からの(左)HAADF-STEM像、(右)ABF-STEM像(GRAND ARMで撮影)

酸化チタン結晶の[110]方向からの(左)HAADF-STEM像、(右)ABF-STEM像(GRAND ARMで撮影)。
ABF-STEM像では近接する酸素原子カラムが分離して観察できる。

ケイ素の原子構造

ケイ素の原子構造

また、コントローラーの操作感や試料傾斜角に大きな余裕があることも高く評価している。
「日本電子の電子顕微鏡部門には、材料科学を学んだエンジニアが何人もいます。ユーザー視点で開発が進められていることが、使い勝手の面でもよい成果を生んでいるのでは」と教授は見る。
*メーカー保証値は63pm

産学連携が成し遂げた革新

この進化の背景には、産学連携による効率的な研究開発体制がある。 東京大学と日本電子は、2005年より「日本電子—東京大学産学連携室」を共同運営している。東京大学の施設内にGRAND ARMをはじめ10台を超える日本電子の電子顕微鏡を設置し、東京大学大学院工学系研究科総合研究機構の研究をサポートすることにより、ユーザーである材料科学者の声を吸い上げ、すばやく製品の設計に反映、ここ数年の長足の進化につながっている。
「産学連携室のGRAND ARMには、諸外国からの見学者も多く、そのインパクトに注目が集まっています。ここで生み出された成果や観察手法が世界に広がることで、あらゆるものづくりが劇的に変革するかもしれません」
STEMの進化に対する期待は尽きない。

  • PROFILE

    幾原 雄一(いくはら ゆういち)

    東京大学大学院工学系研究科総合研究機構教授
    ナノ工学研究センター長

    九州大学卒業。財団法人ファインセラミックスセンター、米ケースウエスタンリザーブ大学を経て、1996年東京大学助教授。2003年より現職。2011年、「材料界面の超微細構造と物性に関する研究」で独フンボルト賞を受賞。東北大学原子分子材料科学高等研究機構教授、財団法人ファインセラミックセンターナノ構造研究所主管研究員を兼務。米国セラミック学会フェロー、世界セラミックスアカデミー会員。

    幾原 雄一(いくはら ゆういち)