超高精度のイメージング、高空間分解能・高エネルギー分解能の分光法および「その場」電子顕微鏡法
-持続可能な未来へ向けた物質の研究

持続可能な未来へ向けた物質の研究

チャルマース工科大学 物理学科 教授、研究部門長
スウェーデン王立科学アカデミー 委員
国際顕微鏡学会連合 (IFSM) 事務局長
Eva Olsson
INTERVIEW 09

はじめに

スウェーデンは世界で最もサステナブル(持続可能)な社会を形成している国である。この地で持続可能な社会の発展に寄与するため、日々材料研究を行っているのがチャルマース工科大学のEva Olsson教授だ。彼女の研究は基礎科学から応用科学まで、そしてハードマターからソフトマターまでと多岐にわたる。彼女は最先端の電子顕微鏡法を駆使して材料の局所構造や性質を明らかにし、より良い社会を実現するための未来の材料開発やデバイス設計を目指している。

未来の材料探索

Olsson教授の研究グループは、様々な材料の専門知識と電子顕微鏡によるイメージング・回折法・分光法といった実験手法を組み合わせて研究を行っている。学術界や産業界のパートナーと協力しながら、材料物性と局所構造の相関性を解明し、未来の材料をどのように設計するか、そしてどのように求められた特性を持つデバイスを作製するかを明らかにすることが研究の終着地点である。「研究で最も重要で魅力的なことは、研究がより持続可能で環境に優しい社会を作ることに貢献できるということです。どのように材料を改良して、インテリジェントでマルチタスク機能を有した物質を造り出すか、という課題に答える研究をしています。」とOlsson教授は語った。実際の研究はまるで探偵の捜査のようなものだとOlsson教授は言う。緻密に観察し、手掛かりを探す。そして現象を理解して、知識基盤を構築する。このようなプロセスが、さらなるアイデアやコンセプト引き出す。「こういった積み重ねがまさにエキサイティングで、研究の原動力になります。」

仲間と共に前へ

我々は何が教授を突き動かしているのかを尋ねた。「議論を交わし、協力することです。それと太陽の光と美味しいコーヒーでしょうか。」Olsson教授は笑顔で語った。彼女にとって様々な人々と議論を交わし、互いに協力しあうことは何よりも重要である。議論を通じて物事を経験することが、より大きな価値となると彼女は信じている。「友人や同僚との議論を通じて異なる観点から物事を精査し、前進する方法を見つけます。これは大きな喜びです。様々な分野の知識を使って多面的な現象に取り組む機会を持ち、そして研究チームの枠組みを超えてお互いを尊重し、アイデアや意見を積極的に交換することが、非常に大切で価値があると考えています。」とOlsson教授は強調した。

Olsson教授はこのように互いが相補的に補い合うことができる研究環境を作ろうとしている。高いスキルや専門性を有する博士学生やポスト・ドクターを世界中から集め、足りない部分は互いに補い合う。こうして若手研究者を支援・刺激し、研究ネットワークに参加させることができる。そしてさらにこのネットワークは単一グループ内にとどまるものではない。国際的な共同研究プラットフォームに拡大していく。国際ワークショップを開催したり、世界トップクラスの研究者を招待するだけでなく、世界中の研究グループを訪問することで、これを実現している。「一つの考え方や同じアイデア、同じ手法に固執していると進歩はありません。私達は常に発展をし続け、研究におけるダイナミックな環境を創造しなければならないのです。こうして、全ての研究者にとって刺激的で有益な研究環境を造り上げることができるのです。」

ここで、このような研究環境から生み出された持続可能な未来へ向けた研究を紹介する。

触媒- 精度の重要性

チャルマース工科大学のCompetence Centre for Catalysisでは、最先端の高分解能電子顕微鏡法と新たなコンピューターシミュレーションを組み合わせて触媒研究を行っている。触媒とは化学反応を引き起こしたり、促進させたりする物質のことである。触媒は様々な場面で利用されており、化学薬品や燃料の90%以上が触媒を用いて製造されている。そしてどのような触媒であれ、触媒作用には原子スケールの複雑な機構が潜んでいる。

日常生活における非常に重要な触媒として自動車の排気ガス浄化触媒がある。これらの触媒は白金(Pt)のような貴金属のナノ粒子で構成されており、排気ガスに含まれる有毒な窒素酸化物(NOx)や炭化水素(HC)、一酸化炭素(CO)などを無害化する役割を担っている。Olsson教授のグループでは最先端の電子顕微鏡を利用し、1ピコメートル以下(1ピコメートルは10億分の1ミリメートル)という超高精度で白金ナノ粒子触媒の原子を観察に成功した。さらに新たなコンピューターシミュレーション技術と組み合わせることで、ピコメートルレベルの極微小な原子位置の変化が触媒活性に影響することを突き止めた。超高精度な電子顕微鏡法が、ご触媒活性に対するわずかな原子変位の影響の正確なシミュレーションを可能にした。Olsson教授によれば、この成果は多岐にわたる意義を持っているという。「今回開発した手法は特定の物質に限ったものではなく、様々な触媒に応用可能です。このようにして得られた知見を基により良い触媒が設計できれば、よりエネルギー効率が高く触媒を得ることができ、よりクリーンな環境を実現することができるでしょう。」

金原子の「その場」研究 -新発見に向けて-

電子顕微鏡その場観察法は材料の微細構造と物性の相関を直接可視化することができる。空間分解能は今や原子スケールに到達しており、その場観察法を用いることで電荷や熱、液体や粒子が移動する様子を直接観察することができる。また、光や機械的なひずみ、温度変化などにより誘発される動的現象を高い空間分解能で可視化することも可能となる。こうして得られた情報を使うことで、材料中の個々の界面や欠陥、原子といった微細構造がどのようにマクロ・マイクロ・ナノ・原子スケールでの物性を支配しているかを知ることができるのだ。マクロスケールの計測ではわからない新たな物性や現象も高い空間分解能を持つ電子顕微鏡を用いるからこそ明らかになる。こうして得られた知見は優れた特性を持つ新たな材料やデバイスの設計に必要不可欠なものである。

Olsson教授のグループでは、透過電子顕微鏡の内部でその場観察実験を行うための特殊試料ホルダーを独自に製作している。これにより電荷移動・物質輸送現象に関する研究や電場印加や温度変化、光照射が材料や物性に与える影響に関する研究が可能となる。その場観察法を用いた一例に、高い電場が金の結晶表面に与える影響を解明した研究がある。金の結晶表面を原子スケールで観察しながら、電場を徐々に印加していく。すると非常に大きな電場下において、突如金表面の原子同士の結合が乱れ、表面の規則的な構造から融解したような不規則な構造に変化した。1000度以上の融点を持つ金が、室温において不規則構造を発現することは新たな発見である。また、さらなる実験によってこのような規則-不規則転移は可逆的であることも明らかとなった。この発見は単に目を見張るというだけでなく、科学的にも画期的なものであるといえる。さらに詳細に解析するためコンピューターシミュレーションを用いた理論計算を行うと、金表面に欠陥を形成するのに必要なエネルギーが電場によって低下することが示唆された。おそらく今回の表面融解は、いわゆる「低次元での相転移」であるとみなすことができるだろう。このような電場による表面層の融解は、将来的に斬新なアプリケーションの実現につながるものである。Olsson教授は笑顔で語った。「私達は表面原子の性質をコントロールして、変えることができます。これは様々な分野への応用が期待され、センサーや触媒、トランジスターなどに使うことができるでしょう。さらに、新たなコンセプトの非接触型デバイス応用にも可能かもしれません。」

先にある最も「エキサイティングな」挑戦とは?

現在、Eva Olsson教授の研究分野で最も刺激的なものはSoft Microscopyだ。Soft Microscopyとは、電子線による試料損傷を受けやすいナノマテリアルや二次元物質、有機物質などに対しても、高分解能解析を可能にする電子顕微鏡法のことであり、材料科学の新たな可能性を切り開いている。Olsson教授のグループでは、Soft Microscopyを利用して有機物太陽電池などの環境発電の研究や、次世代ネットワーク技術に必要不可欠な超高速光スイッチや量子光源、量子コンピューター技術などの量子テクノロジーの基礎・基盤となる研究を行っている。新たに立ち上がったプロジェクトでは光と物質の量子カップリングに関する研究に取り組む。光(電磁波)は物質に入ると原子の集団振動(フォノン)や電子の集団振動(プラズモン)と強く相互作用し、その結果新たな「ポラリトン」と呼ばれる量子力学的な準粒子が生まれる。ポラリトンは光と物質(波)の両方の性質をもち、大変興味深い光学・電気特性を有しているという。

このような量子現象に対しても電子顕微鏡法は強力な解析手段となる。JEOLのモノクロメーター搭載のJEM-ARM200Fを利用し、高エネルギー分解能の「電子エネルギー損失分光(EELS)」測定を行うことで、電子エネルギー損失が非常に小さい現象の観察が可能となる。Olsson教授のグループではこれを利用し、フォノンやプラズモン、そしてポラリトンの可視化を行っている。「JEOLのパートナーシップにより、ユニークな最先端の解析手法を組み合わせて、光と物質の相互作用に関する新しい知見を得るプラットフォームが構築できることを楽しみにしています。私達は材料の本質に近づき、未来の可能性を広げることができるでしょう。」とOlsson教授は期待をのぞかせた。

超高精度な電子顕微鏡法やその場観察法はさらなる発展を遂げるであろう。また、高エネルギー分解能EELSや物質中の電場の直接観察を可能にするSTEM分割型検出器は科学の新たな扉をひらいている。「電子顕微鏡法には、まるで別次元、別空間に入っていくような魅力があります。電子顕微鏡を使って最先端の物質の構造を観察し、構造と物性の相関関係を探索する。これは永遠・神秘的な宇宙を探究しているようです。」とEva Olsson教授は笑顔で語った。

超高電場下における金のナノコーン結晶の模式図

図1 超高電場下における金のナノコーン結晶の模式図
先端付近の表面原子が電場によって結晶性を失い、不規則な構造へと変化する。電場強度は虹色で示しており、黄色は水色よりも高い電場強度を表す。
(像提供: Alexander Ericson)

金の両錐ナノ結晶のSTEM環状暗視野像

図2 金の両錐ナノ結晶のSTEM環状暗視野像
ナノ結晶の形態や大きさは、液中粒成長で用いる表面活性剤により制御することができる。形態制御により物性を変化させ、目的に合わせた様々な応用が可能となる。
(像提供: Andrew B. Yankovich)

  • PROFILE

    Eva Olsson

    チャルマース工科大学 物理学科 教授 (スウェーデン)
    (Department of Physics, Chalmers University of Technology, Gothenburg, Sweden)

    外部団体の職としては、現在、スウェーデン王立科学アカデミー 物理学クラスの委員および、国際顕微鏡学会連合(IFSM)の事務局長。
    チャルマース工科大学 実験物理学科を卒業後、1989-1991年、IBM トーマス・J・ワトソン研究所の物理科学部門(Yorktown Heights, USA)にポスト・ドクターとして在籍。
    その後、チャルマース工科大学 実験物理学科の助教授、引き続き准教授を歴任。1997年には、ウプサラ大学(Uppsala University)のオングストローム・ラボ(The Ångström Laboratory)の正教授に任命される。2001年には、チャルマース工科大学の正教授に任命され、研究学部長を務めている。2017年には、東京大学 日本学術振興会フェローに着任。

    Eva Olsson

掲載:2020年1月