世界一使いやすい走査電子顕微鏡、日本電子の将来を映すJSM-7900F。その開発は、ある制御論から始まった。

JEOL JSM-7900F 開発秘話

衝撃の制御論

「これは、すごい!」

2011年、日本電子SM事業ユニットグループ長の新澤雄彦は、思わず唸り声を上げた。
手にしているのはペーパー30枚に及ぶ制御論。知らない者が見れば何が書かれているかすら解せない数式の羅列だが、走査電子顕微鏡(SEM)開発一筋の新澤には、その意味する革新がまざまざと目に浮かんでいた。

SEMは電子顕微鏡の一種で、10倍程度〜100万倍以上の倍率で対象を拡大して観察することができる装置だ。虫眼鏡で太陽の光を一点に集めると同じように、電子レンズで電子線を細く一点に集束させて、試料表面上に照射。この電子ビームを探針 として試料の上をなぞり、試料表面の微細な凹凸構造や組成情報をもった二次電子という信号を得る。光学顕微鏡の光源にあたる電子銃としてFE電子銃を搭載しているFE-SEMは、汎用のSEMに比べてビームをより細くでき、高倍率で観察することが可能だ。

日本電子は1977年からこのFE-SEMの市場に参入した。
高い分解能は極小サイズの試料の表面観察に極めて有用で、素材・生物・食品分野の基礎研究から半導体の品質管理まで広く使われている。
このように多様性が要求されるFE-SEMでは、ある時は大きな照射電流を安定して供給することが求められ、またある時は小さな照射電流で最小の電子ビーム径が求められる等、目的によってマラソンランナーからスプリンターになることが要求される。
様々な用途に合わせた電子線照射条件下で、電子ビーム径を最適にするには、装置の各パーツが最適化されなければならない。それには装置の仕組みを熟知していることが要求される。
日本電子は、製品を引き渡すときには操作法のトレーニングの実施はもちろん、定期的に講習会も開催しているが、装置の性能を極限にまで引き出して使用するのは難しいというユーザーからの声も多く聞かれる。
「FE-SEMは、高分解能だけど難しい」これはメーカーの枠を超えて、世界共通の認識となっていたのだ。

「FE-SEMの分解能で、我々は世界のトップレベルにある。しかし、分解能は我々の最後の目的ではありません。次はこれを使いやすくして、ユーザーの皆様が必要な情報を快適に得られるようにしよう。私に限らず社内でだれもが考えていたことでした」

「今の制御方法では、世界一使いやすい走査電子顕微鏡を実現することは難しい。理想を実現するため、装置の機能を一から定義しなおし、ハードウェアとソフトウェア両面を根本的に見直さなければならない。」
そこで新澤は、信頼できる部下で理論計算を得意とする宇野に制御方法の「棚卸し」を依頼。4ヶ月という"短期間"で、宇野がまとめあげてきたのが、この新しい制御論だったというわけだ。

先行開発

「この制御論に先立ち、世界一使いやすい走査電子顕微鏡を実現するためのハードウェア開発が進んでいました。この新しいハードウェアは、機種によって異なるレンズやステージといったパーツを全て同じ操作系で制御できるよう設計されていました。これによりパーツの異なる機種全体が同じ操作感を実現できることになります。更に、ユーザーの負担を軽減するための、SEM自動調整機能を開発してきたチームからも、画期的な成果が報告されました。日本電子の設計・開発陣は、世界一使いやすい顕微鏡を実現すると言う目標に向かって、大きなモメンタムに動かされていました。」

「このハードウェアに自動調整機能を取り込み、更に宇野の制御論を組み合わせれば、間違いなく世界一使いやすい顕微鏡になる。」

心を躍らせたのは、新澤だけではなかった。新澤と常に行動を共にしてきた5人のチームメンバーもまた、その可能性に気づき、一刻も早く開発にかかりたいと鼻息を荒くしていた。
しかし、新澤には懸念があった。「白紙の状態から開発することはリスクを伴う。」この制御論を説明しその有効性を説き開発の許可を貰うまで待っていては開発が遅れる。時代はスピードを要求している。このまま成り行きで開発するのでなく、この制御論を実装し、その実力を披露すれば誰も反対するものはいないだろう。やや独断とも言える先行開発の決断。

だがメンバーはそれぞれの持ち場でベストを尽くした。
もっとも、それが一つにつながった結果どうなるかを正しく把握していたのは誰もいなかったかもしれないと新澤は振り返る。
「開発者はそれぞれが新しいFE-SEMのイメージを持っていますが、実際に担当するのはそれぞれの得意とする一部分となり、なかなか全体像は見えてきません。プロの開発者とは自分の持ち場でベストを尽くす、そういうものだと思っています。しかし、それらの成果を集めて新しいFE-SEMは完成しますが、その時にこんなはずじゃなかったとならないために、しっかりとした開発コンセプトをみんなで共有することが重要です。」

成果とは、どんな電子線照射条件でも最初に有る程度ユーザーが認識できる画像を提供できすることだ。何も観えない真っ暗な画面や、非点収差やフォーカスが大きく外れた状態から、クリアな画像を導くことは容易では無い。様々な用途に合わせた電子線照射条件に対し、最初に有る程度ユーザーが認識できる画像を提供できすることが重要だ。
それぞれの担当者にとっては「(自分が新しく開発した結果、)少し便利になった」と感じる程度だったかもしれないが、それぞれの成果を持ち寄りはじめたとき、中心にいた新澤すら驚きを隠せなかった。

各操作つまみに手を触れなくても、ボタン一つで試料の像が得られる。

大きなパラダイムシフトが起ころうとしていた。