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放射光施設がデスクに載った? 一台ですべてが“見える”電子顕微鏡

東北大学多元物質科学研究所 先端計測開発センター 電子回折・分光計測研究分野 寺内正己 教授

INTERVIEW 02

東北大学多元物質科学研究所 先端計測開発センター
電子回折・分光計測研究分野 寺内正己 教授

目の前にあるモノが何なのか。
それを見極めるうえで、化学結合状態の観測は欠かせない過程だ。
電子顕微鏡一台でそこまで見たい。
一人の研究者の思いから始まった装置の開発は、モノづくりの現場に激変をもたらそうとしている。

放射光施設がデスクに載った?

「デスクの上に放射光施設を載せたようなモノかもしれません」
東北大学多元物質科学研究所の寺内正己教授は、そう目を輝かせる。
放射光施設とは軟X線から硬X線、赤外線まで幅広いエネルギー範囲で光を発生させて、試料の元素配列や化学結合状態 (電子状態) を測定する装置。代表的な高輝度放射光施設であるSPring-8 (兵庫県) は、電子を加速させる蓄積リング (円形加速器) の直径が450メートルを超える、一つの丘を丸ごと取り囲むようにして建設された巨大施設である。
それほどの施設を使わなければできなかった大掛かりな観測が、デスク上のマシンでできる—。画期的な成果をもたらしたのは、 (独) 科学技術振興機構の産学共同シーズイノベーション化事業 (育成ステージ) により、日本電子、東北大学、株式会社島津製作所、日本原子力研究開発機構が開発した「電子顕微鏡用高エネルギー分解能軟X線分光器」。電子顕微鏡と組み合わせて、モノの化学結合状態を明らかにする装置だ。

タングステンSEMに装着された軟X線分光器。研究室で日常的に利用される。

タングステンSEMに装着された軟X線分光器。研究室で日常的に利用される。

モノの性質を決定する3つの要素

新素材の開発などの現場では、できあがったモノが何なのか、当然、確かめる必要がある。それが「何なのか」判別するにあたっては、「結晶構造」「組成」「化学結合状態」の3つが特定されなければいけない。結晶構造は、近年急速に分解能を上げた透過型電子顕微鏡 (TEM) や走査透過型電子顕微鏡 (STEM) で、サブナノ単位まで容易に観察できる。組成、すなわち見えているモノの元素が何であるかは、X線発光分光法 (X-ray Emission Spectroscopy:XES) で定性・定量分析ができるだけでなく、電子顕微鏡と組み合わせれば元素の分布像も捉えられる。
最後の「化学結合状態」とは、電子の状態で決まる。たとえば同じ炭素 (C) でできたモノでも、電子が原子核の周囲のどの軌道にどれくらいの密度で存在しているかの違いで、炭になったり、ダイヤモンドになったり、フラーレンやグラフェンとなる。それぞれの物性はまったくといってよいほど違うので、電子状態を見ることができて、ようやくモノの正体にたどり着いたということができる。従来、放射光施設の独壇場とされていたのは、主にこの部分だ。

電子顕微鏡で化学結合状態を見たい

電子顕微鏡の開発に長く取り組んできた寺内教授は、いつの日からか「物足りない」と感じることが多くなったという。 「電子顕微鏡が進歩して、結晶構造は容易に見ることができるようになりましたが、そこから先は、X線分光器にかけたり、放射光施設で測定しなければ、データのセットは揃えられなかったのです。電子顕微鏡だけで3種のデータを揃えるようにできないか、そういう思いが強くなっていきました」

こうした思いから教授は独自に研究開発をスタートした。
化学結合に深く関わっているのは、原子内の最外殻の電子軌道を回っている電子、すなわち価電子である。したがって、価電子のエネルギー分布を測定することが物性の見極めには重要となる。
価電子の状態密度の分布を見るためによく用いられているのは光電子分光法 (Photoemission Spectroscopy:PES) だ。試料に光 (紫外線やX線) を照射したときに試料の表面から放出される光電子を計測する手法で、精度に優れているが、試料の表面を極めてきれいに清浄にして、超高真空下で測定しなければならない。
もうひとつの手法として知られるのが、組成分析にも用いられるXESだ。測定に超高真空環境は必要なく、絶縁体も苦にしない。その簡便さに可能性を見た寺内教授は、顕微鏡に搭載できる高分解能XES装置の試作を繰り返していった。
試料に電子ビームを当てると、電子は、殻を飛び越えて遷移するが、その際にX線を放出する。これを捉えて、そのエネルギーと強度を測定すれば、最外殻にどれくらいの密度で電子があるかがわかる。もっとも、価電子のエネルギー分布幅は、5〜10 eVに過ぎない。そうすると、最低でも1 eV程度のエネルギー分解能を実現する必要がある。
「研究を始めた2000年当時、研究会でこの構想を発表したら、そんな高分解能は不可能だと言われたのをいまでも覚えています」と寺内教授は振り返る。  だが、寺内教授は、ひるむことなく研究を続けた。
鍵となる構成部品は、集光ミラー、回折格子、検出器の3つだ。
そのままでは分散してしまうX線を効率よく集めるために、集光ミラーを自ら設計。また、結像収差を補正するために溝間隔を系統的に変化させた日本独自の回折格子を採用、さらに、X線のごくわずかな信号をキャッチするために、反射防止膜をもたず、センサーの前に広がっていた配線をすべて裏側に作り込んだ特殊な背面照射型CCDを入手し、それぞれの調整を繰り返した。
2006年からは、日本電子もチームに加わり、市販化を目指した開発がスタート。その過程で、エネルギー量の小さいリチウムなども検出できる仕様が考案され、さらに改良が重ねられた。

圧倒的な手軽さがモノづくりを変える

「老眼でも簡単ですよ」。ヘッドルーペをかけてサンプルを手早くセットする。

「老眼でも簡単ですよ」。ヘッドルーペをかけてサンプルを手早くセットする。

かくして、まずTEMに搭載でき、金属AlのAl-Lスペクトル観察において、0.2 eVの高いエネルギー分解能で観測できる軟X線分光器を開発、さらに、2013年には、電子プローブマイクロアナライザ (EPMA) やSEM (走査型電子顕微鏡) に搭載可能なタイプを発表した。検出感度は、鉄鋼の改質に有用な添加物であるボロンで、従来のEPMAと比べて2桁も向上。分解能も従来のWDSに比べて1桁以上向上している。 「リチウム、マグネシウム、ボロン、窒素、カーボンなど、新素材開発で鍵となる元素の多くが、電子ビームを当てると軟X線の信号を出します。その観測が素材開発の現場レベルでできるようになる。高付加価値新素材開発の流れを加速化させることが期待できます」
「最大のポイントは、これが“顕微鏡”であることです。試料を目で見て、結晶構造を確認し、“ここは”と感じた領域をズームして、化学結合状態を分析できる。放射光施設ではまねできないことです」
なによりSEMの操作でデータが取得できることを、自身も高く評価している。
「前処理がまったく必要ないですから、ピンセットでサンプルをつまんで、3分もあれば、試料をセットできます。それから5分もすればデータが出てくる。この手軽さは、モノづくりの現場に大きな変革をもたらすに違いありません」
現在、日本電子では、EBSD (電子線後方散乱方位解析装置) を装着したタイプも供給している。SEMで「結晶構造」「組成」「化学結合状態」のデータ3点セットを一度に得られる装置となる。また、得られたデータが何を示しているかを照合するデータベースづくりも急いでいる。
モノづくりが新たなパラダイムに入る日が、近づいている。

燃料電池用新素材への応用

東北大学の多元物質科学研究所が研究中のカーボンの新素材、例えばゼオライトカーボンは、フラーレン (C60) のように球状を描いているが、丸まりきらさず、ネットワークを構築させている。軟X線分光してみると、部分によって、ダイヤモンド様であったり、グラファイト様だったりと、ランダムでもなく周期的でもない特殊結合状態を有していることが高エネルギー分解能軟X線分光器によって確認された。この新素材は水素を大量に吸蔵する燃料電池素材として活用が期待されている。

寺内 正己 (てらうちまさみ)

寺内 正己 (てらうちまさみ)

東北大学多元物質科学研究所 先端計測開発センター
電子回折・分光計測研究分野 教授

東北大学大学院理学研究科 博士後期課程修了。理学博士。1990年東北大学科学計測研究所助手。講師、助教授、を経て2002年より現職。1995年「収束電子回折法の展開とその4次元結晶学への応用」で日本結晶学会賞、2000年「高分解能電子エネルギー損失分光電子顕微鏡の開発と応用」で日本電子顕微鏡学会賞 (瀬籐賞) 、2004年「A High Energy-resolution Wavelength-dispersive Soft-X-ray Spectrometer for a Transmission Electron Microscope to Investigate Valence Electrons」で Microbeam Analysis SocietyのMacres Award を受賞。

掲載:2014年12月

SXES (Soft X-ray Emission Spectrometer) / 軟X線分光器

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