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モノづくりの守り神 固体NMRが見せる材料工学の未来

モノづくりの守り神 固体NMRが見せる材料工学の未来

INTERVIEW 03

株式会社東レリサーチセンター
構造化学研究部 構造化学第 2 研究室
崎山 庸子 室長

LED、燃料電池、ダイヤモンドライクカーボン…。
今日もなお日本は世界トップレベルのモノづくり技術で、優れた製品を生み出し続けている。
日本電子の固体NMR技術と、TRCの分析化学者たちの応用技術が新しい地平を拓く。

分析を重視する日本企業

「日本の企業は、本当に分析を大事にされていると思います」
と語るのは、株式会社東レリサーチセンター (TRC) の崎山庸子氏。核磁気共鳴装置 (NMR) を担当するグループを含む研究室のリーダーを務めている。
TRCは企業、大学などから依頼を受けて、研究開発や生産における分析・物性評価、調査を行う受託分析企業。1978年に、東レ株式会社の研究部門から独立。研究部門から独立した受託分析企業としては、もっとも長い歴史を持つ。 その経緯から、得意としているのはポリマーや高分子の分析で、半導体やディスプレイ、プリンター、電池、エネルギー、自動車、工業材料、環境、医薬、バイオなど幅広い分野をカバーする。 トラブルが発生したときなど、その原因を究明するために、分析依頼が寄せられるケースも多いが、TRCの真価が発揮されるのは、研究開発段階でパートナーとして機能するときだ。
「良いものができたときに、それで良しとせず、私たちのところに、なぜ良いものができたのか、構造はどうなっているのか確かめてほしいと相談に来られます。研究開発の初期から長期的にお手伝いしていることも多いです」

溶けない物質を測定する固体NMR

構造化学第 2 研究室で利用されている日本電子製 固体NMR

構造化学第 2 研究室で利用されている日本電子製 固体NMR

NMRには溶液試料用 (溶液NMR) と固体試料用 (固体NMR) がある。TRCでよく使われる固体NMRは、物質全体の分子レベルでの構造情報を得られる装置だ。およそどんな物質も、溶けるものなら溶かしたほうが分析しやすい。液体であるほうが分析手法の幅が広がり、情報が得られやすいからだ。だが、ポリマーのなかには溶媒に溶けにくいものも多い。また、医薬品などは溶けてしまったら性質が変わってしまうものや、構造情報が平均化されてしまうものも少なくない。そこで固体NMRの出番となる。
たとえば、リチウムイオン電池の分析は、崎山氏が引き受けることの多い分析対象の一つだ。「思っていたよりも早く劣化して、充放電ができなくなった」「新材料ができた。良い性能が出ているが、その理由は何か」といった相談が多く寄せられる。
リチウムイオン電池の電極内においては、リチウムは通常リチウムイオンや化合物として存在している。だが、劣化すると電子を受け取り一部が金属リチウムとなり、極めて反応性が高く危険なリチウムになってしまう。分析対象がリチウム化合物であるか、金属リチウムであるかを見極めることができるのは固体NMRだけだ。さらに、劣化した成分が何パーセントくらいあるのかという定量的な分析も、固体NMRの得意分野だ。

横串の組織連携で最適な分析メニューを提案

もっとも、リチウムイオン電池の劣化原因の特定はNMRだけでできるものでもない。さまざまな分析手法を組み合わせ、負極、正極、セパレーターのどこで劣化が進んでいるかを特定する。そのために、TRCでは通常は手法ごとに分かれている複数のグループが横串で連携し、最善の分析メニューを提案している。
また、リチウムは、電池を大気中に晒すと激しく発火する恐れもあるため、溶かすことはおろか、大気に触れない状態で解体も測定も行う必要がある。TRCへは、通常電池パックの状態で持ち込まれるが、その解体や対象物の取り出しもTRCのなかに専門のチームがあって安全な分析を実現しているのだ。
ただ分析するだけではなく、故障の原因を突き止めて、開発の段階で、劣化しないものにするにはどうすれば良いかまで提案する。TRCが日本のモノづくりの発展に果たしてきた役割は小さくない。

先進のモノづくりをサポート

近年TRCで手掛けることが多いものの一つが、ダイヤモンドライクカーボン。半導体素材や工具、エンジンのピストンなどの表面に、ダイヤモンドのように硬く、滑らかな膜を成膜し、部品の特性を飛躍的に高めるもので、応用範囲が加速度的に広がっている。
その特性を決めるのは、構造の異なる2種類のカーボンの配合比率だ。固体中の炭素には、導電性のsp2炭素、絶縁体のsp3炭素がある。sp2が多ければグラファイト寄りの、sp3が多くなるとダイヤモンド寄りの性質となり、求められる用途によって、望ましい配分が決まる。
炭素の構造の違いを見分けられ、しかも、それぞれがどれくらい含まれているかを量で確認できるのは固体NMRだけ。崎山氏のもとには、「とても良さそうだが、実際の配合比率はどれくらいか」といった製品の選定にかかわる依頼が増えているという。
それにも増して引き合いが増えているのが燃料電池だ。2014年11月に燃料電池自動車がいよいよ市販となり、市場の大幅な拡大を見越し、素材メーカー、電池メーカー、そして自動車メーカーが、先を争って分析の相談を寄せているという。燃料電池の重要なデバイスである電解質ポリマーは、溶媒に溶けにくく、固体NMRの特長が生きる。
「車に搭載される電池なら、10年はもってほしいところですが、初期のポリマーは本当に劣化が激しく、とても実用化を目指せるものではありませんでした。ここに来て燃料電池車が市販されるのに至った背景にも、ポリマーや触媒の耐久性向上や、触媒を均一に塗布する技術の確立があります。10年以上前から評価を続けてきた者からすれば、とても感慨深いです」

1mmプローブが切り拓いた新しい地平

崎山氏のチームで主力として稼働しているのが日本電子製の固体NMRだ。
「装置の性能ももちろんですが、こんな計測をしたいと日本電子に相談すると、改良案をすぐに用意してもらえる。相談に乗ってくれることがなによりありがたいです。装置ですから調子が悪くなることもありますが、そのときは素早いサービス対応をしてくれます」
2012年には、かねてよりNMRの課題だった多量の試料量を必要とするという点を克服する直径1 mmの極細試料管を用いたプローブ (検出器) も追加され、分析対象の幅は大きく広がった。
たとえばLEDの輝度が低下したので、その原因を究明したいという依頼はこれまでも何度もあったが、LEDに使われる部材はどれも量が少なく、NMRで測定するのは困難だった。しかし、1 mmプローブが登場したことで、LEDの劣化も業務に加えることができるようになったという。
「材料によっては表面だけ、局所だけ劣化しているサンプルも多いんです。1 mmプローブのおかげで、見たいところだけを削り取って分析にかけることができるようになりました。私たちにとって極めて大きな前進です」
今後、TRCでは、人工透析に用いるポリマーをはじめとする医療系材料や、植物に含まれるセルロースやリグニンなどを原料とするグリーンケミストリーに注力していきたいと語る。
「新しい分野は、分析手法もまだ確立していませんから、大学などと連携して、評価メニューを共同で開発していきたいと考えています」
NMRと分析化学者の奮闘が、また新しい世界を見せてくれそうだ。

崎山 庸子 (さきやま ようこ)

崎山 庸子 (さきやま ようこ)

株式会社東レリサーチセンター
構造化学研究部 構造化学第2研究室 室長

1999年 大阪大学基礎工学研究科合成化学専攻。修士課程修了。同年株式会社東レリサーチセンター入社。構造化学研究部に配属後、現在に至る。
現在の研究テーマは、固体NMRを用いた分析全般。燃料電池,リチウムイオン電池,キャパシタ,高分子,医薬品,無機触媒等に携わる。

掲載:2015年2月

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