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光を操るという挑戦 電子ビーム描画装置が未来を描く

京都大学大学院工学研究科 野田進 教授

INTERVIEW 05

京都大学大学院工学研究科
野田進 教授

光チップ、半導体レーザの革新、熱輻射制御、高効率太陽電池…。
フォトニック結晶は未来を引き寄せる新材料だ。
研究を黎明期から主導した京都大学の野田進教授は、大いなる夢に向けて走り続ける。

夢の材料フォトニック結晶

光を分け、曲げ、留め、強める。「フォトニック結晶」は、光を自在に操る力を秘めた新材料で、電気・電子製品の可能性が一気に広がるかもしれない。光は電子に比べ、伝わる速度が何倍も早く、長距離を伝えてもほとんど弱まることがないという利点がある。そのため、これまでもエレクトロニクスとの融合が様々に試みられてきた。しかし、電子の流れは半導体で自由に制御できるのに対し、光にはそれに相当するものが存在しなかった。フォトニック結晶は“光の半導体”とも言うべきもので、電子と同じように光を扱えるようにするものだ。
例えば、内部の基板をフォトニック結晶にした光配線型のコンピューター。従来の基板では電子がCPUやメモリーといった部品の間で情報を伝えていた。だが電子には、伝わる早さに限界があるとともに、発熱の問題があり、それらがコンピューターの処理速度向上を阻む要因の一つとなってきた。その基板にフォトニック結晶を使うことで、部品間の情報を光に載せてやりとりできるようになる。また、現在、フォトニック結晶により、光を一点に強く、長く留めることもできるようになっており、これらが、さらに発展すれば、現状のパソコンのサイズでスーパーコンピューター並の性能を実現できるという。
また、フォトニック結晶は、半導体レーザに革命を起こす技術としても期待されている。
半導体レーザは、これまで波長軸、時間軸上で著しい発展がなされてきたが、パワー軸では、他の固体レーザや気体レーザに後塵を拝し、このパワー軸での発展が待ち望まれてた。フォトニック結晶レーザにより、大面積コヒーレント動作が真に可能となれば、高ビーム品質を保ったままで、高出力動作が可能になると期待できるため、半導体レーザ分野に新たな革命をもたらすものと考えられる。その応用範囲は、加工、車応用、センシング応用、究極的には、核融合の点火用レーザなど様々に広がり、その市場規模も極めて大きいと言われている。
さらに、フォトニック結晶は、熱輻射のリノベーションを起こすとも期待されている。熱輻射とは物体を加熱することにより、光(電磁波)を発生する現象だ。この現象は、古くから、ランプや分析用光源の根本原理として活用されてきた。また、太陽も熱輻射体であり、紫外から赤外に渡る極めて広い帯域の光を発する。一般に、熱輻射は、必要とされる帯域以外の極めて広帯域の光を発するために、その利用効率が極めて低いのが欠点だ。ここで、もし、物体からの熱輻射を、エネルギーの損失なく、望む波長に、望む線幅で集約することが出来、さらに、熱輻射を動的かつ超高速に制御することが出来れば、各種分析用高効率・高速赤外光源の実現や、太陽光や地熱等を利用した熱光発電の高効率化などが期待される。

光を自在に操る構造

そもそも光は波の性質を持っており、波長の違いは可視光域では色の違いとして現れる。普段目にする太陽光や蛍光灯の光などが白く見えるのは、様々な波長の光が合成されているためだ。赤いポストがそう見えるのは、反射する光が赤で、それ以外の光は吸収するか、透過していることによる。この違いは、物体が持つ分子や表面の構造によって決まっている。フォトニック結晶は、この微細な構造を設計して作りだすことで、光の方向を変える反射や光を強める共振などを自由に制御しようというものなのだ。
その作り方は意外にも単純だ。材料となるのは半導体と同じく主にシリコンウェハー(あるいは、III-V族半導体ウェハーなど)で、そこに電子ビームを使って規則的に穴を開けていく。すると穴に空気が入り、半導体部分との間に屈折率の差をもつ繰り返しパターンが無数にでき、境界で反射が起きるようになる。それぞれの境界で反射された光が強め合うと、光を通さなくなるブラッグ反射という現象が起きるため、光の”絶縁体”が完成するのだ。
さらに重要なのが「人為欠陥」と呼ばれる構造だ。規則正しく描いた穴のパターンの中に所々大きさや形を変えた穴や穴のない箇所を作ると、その部分だけは光の存在が許されるようになるため、その部分を通して光を伝えたり、蓄えたりすることが出来るようになる。この「欠陥」が光の通り道となるため、欠陥の配置の仕方によって自由に伝わり方を決められるのだ(Fig.1 は、3次元フォトニック結晶に形成した3次元光回路の例)。またごく小さな欠陥(欠陥部分の寸法を微小変化させることも含めて)を作れば、光はそこに集中し、穴の大きさに応じた波長の光だけが強め合う。これが、光回路における光を貯めるメモリーや、極小レーザをつくる構造となる(Fig.2 は、2 次元フォトニック結晶に形成した光導波路とナノ共振器の電子顕微鏡写真)。
とはいえ、開ける穴の大きさは直径約200nm。作製精度~nm以下とウィルスの大きさよりもさらに小さな精度が求められる。必要な機能を持たせるためには、サブナノ単位で穴を開ける場所を制御しなければならず、製作には精緻な機械が必要だ。

Fig.1

Fig.1

3次元フォトニック結晶の光の通り道のイメージ図

Fig.2

Fig.2

2次元的に規則正しく描かれた極小の「穴」パターンと、そこに導入された「人為欠陥」。「ナノ共振器」と書かれた部分(=破線で囲まれた、回りよりも孔間隔が10nm広い部分)に光を長く閉じ込めることが出来るようになっている。導波路と書かれた部分は、(その上下方向の幅が、ナノ共振器部分の上下方向の幅よりも広く設計されており)、光を外部からナノ共振器まで導く役目をもっている。なお、穴の直径と間隔をナノメートルサイズで制御するため、電子ビーム描画装置を用いた精密な描画が必要である。

フォトニック結晶を実用化させた立役者

現在、研究室では最新鋭の日本電子製電子ビーム描画装置 が稼働。光を自在に操れる未来への道程を描き出している

現在、研究室では最新鋭の日本電子製電子ビーム描画装置 が稼働。光を自在に操れる未来への道程を描き出している

そんなフォトニック結晶の開発に黎明期の80年代から携わってきたのが、京都大学の野田進教授だ。
大学院修了後、若き日の野田教授は三菱電機中央研究所に入所し、レーザの研究を続けていた。研究が一段落した頃、次世代の光学材料の研究を模索し始め、フォトニック結晶に着目。そんな折、大学時代の恩師から声がかかり、基礎研究の場を求めて京都大学へ戻った。
「当時はバブル景気のまっただ中で、研究環境は企業の方がはるかに上。大学はといえば年間数百万円も研究費用がとれれば御の字で、1カップサイズの日本酒の空容器をビーカーがわりに使う研究室もあったほどです。」
そんな苦しい状況でも研究を続けたいと思えるほど、フォトニック結晶には夢があったという。
「研究を始めた当初は実現性に疑問を持つ声も多く、フォトニック結晶など夢物語だと思われていました。それでも、実現できれば未来のキーデバイスとなるだろうという確信がありました。」
資金もさることながら、ナノ加工技術自体も未成熟。研究は長らく理論の域を出ることができなかった。
フォトニック結晶の研究が一気に進み始めたのは、電子ビーム描画装置という装置の発達によるところも大きい。これはいわば「ナノプリ ンター」といったところで、CADなどで起こした設計データをナノサイズで材料へ描画する。描画には、電子をビームとして放出する電子銃を使用。電子顕微鏡の電子放出源として以前から使われてきた技術で、電子顕微鏡で長く技術を蓄積してきた日本電子も1967年から参入。研究者らの声も踏まえ、一歩一歩性能を高めてきた。
「日本電子製の描画装置は位置を正確に把握して、高精度に描画してくれる。研究が加速化できたのも、装置が高性能化したおかげです。」

未来の標準デバイスを目指して

10年以上にわたり、野田教授は地道な基礎研究に打ち込んできたが、2000年に発表した論文で一躍注目を集めるようになる。論文はフォトニック結晶の実現性を示すもので、あまたの研究者をうならせるだけの成果がそこに示されていた。現在、その応用が世界中で研究されるようになり、様々な成果が現れ始めている。
実用化がもっとも期待されているものの一つが、冒頭にも上げた大面積コヒーレント半導体レーザだ。現在、単一チップで、ワットクラスの高ビーム品質・高出力動作に成功している。10Wが実現すれば、世界が変わると期待されている。また、再生可能エネルギーとして話題の太陽電池への応用も極めて興味深い。現在の太陽電池は主に可視光の一部のみを吸収、電気へと変換しているため、それ以外の大半の光を有効利用できていない。その解決のために考えられているのが、冒頭で、すでに述べたように、フォトニック結晶による熱輻射制御により、太陽電池がもっとも効率よく吸収するバンドの光を放射するように設計して、太陽光に含まれるほとんどの光を太陽電池が吸収できるようにできると、発電効率を向上させられるのだ。
こうした新技術への可能性を切り開いたとして、野田教授を次のノーベル賞にと推す声も多い。
「フォトニック結晶の実用化はまだ始まったばかりです。世に出ようとしている芽をしっかりと育て上げること。私の使命はそこにあります。」

野田進 (のだすすむ)

野田進 (のだすすむ)

京都大学大学院工学研究科教授

京都大学大学院工学研究科修士課程修了後、三菱電機株式会社に入社。88年、京都大学工学部助手。92年、助教授を経て、2000年より現職。同年、「半導体フォトニック結晶とその応用に関する研究」で第14回日本IBM科学賞を受賞。その後、2009年、平成21年度文部科学大臣表彰科学技術賞、同年、第6回江崎玲於奈賞、2014年紫綬褒章、2015年応用物理学会業績賞と受賞多数。

掲載:2016年1月

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