Close Btn

Select Your Regional site

Close

高分子の姿をイメージできるようにしたい

国立研究開発法人産業技術総合研究所 機能化学研究部門 副研究部門長 佐藤 浩昭 博士

INTERVIEW 11

国立研究開発法人産業技術総合研究所
機能化学研究部門 副研究部門長
佐藤 浩昭 博士

高分子の姿をイメージできるようにしたい

30年にわたって質量分析装置の進化に寄り添い、その性能を最大限に引き出すことで高分子の世界で起こっていることを明らかにしてきた佐藤博士。その知見をつぎ込んだ評価手法が、化学産業に新たな力を与えようとしている。

高分子は何が出るかわからないから面白い

「高分子の分析はいろいろなものが見えてくるからおもしろい。釣りでいえば何が釣れるかわからない五目釣りです」

と笑うのは産業技術総合研究所の佐藤浩昭博士。分析化学が専門だ。

学生時代、ポスドク時代を通じ、理学、工学、農学とフィールドを移りつつ、一貫して質量分析装置に携わってきた。分析対象は難燃性の工業原料、農薬補助剤、農業用のマルチシート素材、タンパク質、微生物と実に多岐にわたる。

「高分子の姿をイメージできるようにしたい。ずっとそう思ってきました。分析対象は変わってもやっていることは同じ。これはどうなっているんだろう、どうやったら調べられるんだろうといつもアイデアをひねり出していました」

とくに力を入れてきたのが分解プロセスだ。プラスチックの熱分解、農薬補助剤の生分解、有機物の環境動態などの研究に次々と携わり、30年にわたってその時代時代における最高性能の質量分析装置と向き合い、装置の限界に挑戦してきた。佐藤博士にとって質量分析装置は手に馴染んだ道具だ。

「いろんな分野を渡り歩いたこともあって、質量が変化するとはこういうことだというセンスを掴むことができたんじゃないかと思います。分子そのものは見えないけど、質量が変化することを見ればそこでどういう反応が起こったのかがわかる。質量分析装置とは、それを教えてくれる魔法の道具です」

世界を変える質量分析装置

2010年、佐藤博士のもとに質量分析装置の試作機が届いた。日本電子製で、試料から脱離させたイオンをらせん状の軌道に飛ばすことで、従来の装置に比べて格段に飛行距離を延ばすことに成功したものだ。単位時間あたりのイオンの飛行距離はイオンの質量によって異なる。したがって飛行距離 (飛行時間) の違いを検出すれば、どんな分子がどんな状態で含まれているのかが一目でわかる。とはいえ、質量の差がごくわずかのイオンは、マススペクトル上ではまとめて一つのピークとして現れてしまうことがあり、質量分析の長年の課題となってきた。

この課題を解決するために各メーカーは、飛行時間を長くすることに取り組んできた。陸上競技のトラックに例えれば、50メートルでは検出不可能なほどわずかな差でも、同じ速さで100メートル、200メートル走れば、その違いは目に見える差となるというわけだ。同じコースでイオンを往復させたり、周回させることで「距離を稼ぐ」手法は、登場時は事実上飛行距離を無限に延ばせるため革新的と言われたが、周回遅れのイオンが先に検出されてしまうという追い越し問題が発生し、根本的な解決には至らなかった。

日本電子が開発したらせん型にイオンを飛ばす手法は、飛行距離は有限となるものの追い越しの問題を解決した。それは桁違いの高分解能、高精度を実現すると期待された。

「例えば、2種類の分子の構造でCOとC2H4の違いがあっても、質量差は0.036 Daしかありません。これまでの質量分析装置なら、マススペクトルでピークが一緒になってしまっていたところです。しかし、(日本電子の試作機)SpiralTOF™では、これが見事に分かれる。使ってすぐ新しい世界が開けたと思いました。それまでポリマーにはそれほど高分解能は必要ないと思っていたのですが、それは純粋なポリマーを計測するならの話。ただでさえポリマーは混ざり物が多いですし、市場に出回る製品になれば、複数のポリマーを混ぜ合わせていたりもしますから、製品の評価など実践的な場面では活用できるはずだと考えました」

高分子化学グループで利用されている日本電子製JMS-S3000 SpiralTOF™

高分子化学グループで利用されている日本電子製JMS-S3000 SpiralTOF™

JMS-T200GC AccuTOF™ GCx-plus

JMS-T200GC AccuTOF™ GCx-plus

ポリマーの品質を分子レベルで"保証"する

ちょうどその頃、佐藤博士は機能化学研究部門に移籍。研究グループ長を任され、新たな取り組みとして材料を多角的に診断・評価するソリューションを構築した。

「化学業界を見渡すと、新しい材料の開発にはとても力が入れられていて、優れた製品が次々と登場してくる。一方、できあがった材料、製品の評価に関する研究はあまり進んでいません。機能化学研究部門は、すでに物性や分光分析など多様な技術の持ち主がそろっていました。そこに私が続けてきた分子を見て評価する知見を加えれば、パッケージで診断・評価ができると提案しました」

もちろん、できあがったものの評価はどの企業でも行われている。しかし、通常、物性の評価にとどまる。たとえば「材料にポリエステルを使い、これくらいの硬さのものをつくる」という仕様があって、硬さが仕様を満たしていれば検品をパスする。だが、実際の材料製造現場では、製造途中に硬さが仕様とずれそうだとなると、混ぜ物をしたり、繰り返し構造の回数が異なるポリエステルを混ぜるなどして、仕様に合わせるように調整していることもあるという。さらにポリエステルを材料に部品を製造するメーカーは、海外を含め複数のポリエステル製造会社から調達している。仕様こそパスしているが、「分子構造の違うものがたくさん混ざり合っている」(佐藤博士)状態となっているのだ。

こうなると検査の一瞬はパスしても、部品の製造工程で著しく歩留まりが悪かったり、市場に出ても、しばらく使っているうちに大きく劣化したりということにもなりかねない。

「高分解能の質量分析装置にかければ、同じポリマーでも、わずかな繰り返し構造の違いや末端基の違いも検出できる。いわば出自が一目でわかるようになるのです。分子構造で評価する仕組みを共通言語として持つことができれば、材料メーカー側は自信をもって製品を送り出すことができるし、製品メーカーは安心して使えるようになる。生産管理、品質管理の精度をサプライチェーン全体で高められようになるはずです」と言葉に力を込める。

KMD法を取り入れたポリマー解析用ソフトウェアmsRepeatFinder

KMD法を取り入れたポリマー解析用ソフトウェアmsRepeatFinder

解析を容易にするために新たな手法も構築した。通常は石油精製の現場などで使われているKendrick mass defect法、通称KMD法をポリマーの解析に用いたのだ。KMD法は、簡単に言えば分子の質量の整数部を横軸に、少数点以下部を縦軸として、対象となる物質の質量を二次元でプロットしていく手法だ。この方法では、繰り返し単位が同じポリマーのデータポイントは一列にプロットされるのが特徴で、別の構造を持つポリマーは違う列を作り、添加物は繰り返し周期を持たないのでグラフ上に浮き上がってくる。マススペクトルでは分布が重なって明瞭に識別できなかった物質も、KMD法を用いれば一目瞭然だ。

「質量分析装置の高性能化で、品質管理にケミストリーの目が加わった。これを他の分析手法とどう組み合わせるかの分析設計を工夫することで、競争力を高めることができる。とんがった製品があって、それを限界まで使いこなすことで生まれたアイデア。ぜひ普及してほしい」

温暖化対策の流れを受けて、石油から新たにプラスチックを作ることは今後難しくなると見られる。となればリサイクル材料に頼る機会が増え、混ざり物のリスクはいまよりさらに高まる。脱炭素時代には必須のソリューションとなるかもしれない。

佐藤博士と高分子化学グループのみなさん

佐藤博士と高分子化学グループのみなさん

佐藤 浩昭(さとう・ひろあき)

佐藤 浩昭(さとう・ひろあき)

国立研究開発法人産業技術総合研究所 機能化学研究部門 副研究部門長

1998年 名古屋大学大学院工学研究科博士後期課程修了博士(工学)取得、 名古屋大学、名城大学でポスドクを経験したのち、2002年、産業技術総合研究所環境管理研究部門へ入職。
2017年より機能化学研究部門 高分子化学グループ長。
2019年より企画本部 企画室長。
2021年より機能化学研究部門 副研究部門長。

掲載:2021年10月

製品情報

お問い合わせ

日本電子では、お客様に安心して製品をお使い頂くために、
様々なサポート体制でお客様をバックアップしております。お気軽にお問い合わせください。