歯を用いたESR線量計測

ER090003

骨や歯は、無機質微結晶のヒドロキシアパタイトCa₁₀(PO₄)₆(OH)₂と有機蛋白質のコラーゲンからできている。歯の表面を覆っているエナメル質は、主にヒドロキシアパタイトによって構成され、新陳代謝がほとんどない。そのためエナメル質は、非常に感度の良い線量計素子として、被曝線量の計測に使用されている。一般的に被曝線量は、エナメルに微量に不純物として含まれる炭酸イオン（不純物CO₃^2-）が、放射線照射によりCO₂^-ラジカルを生じることを利用して、その信号強度から求められる。最低で約30mGy程度までの計測ができると言われている⁽¹⁾。しかし、5Gy以下の線量では、同時に観測される有機物(g=2.0046)の信号が妨害となるため、この寄与を差し引く工夫が必要になる^(2)、(3)。コラーゲン蛋白の分解反応によって生じる有機物のESR信号は、試料を加熱すると、その強度は増大する⁽⁴⁾。ESR法でエナメル質のみを試料とする場合が多いのは、有機物のESR信号がCO₂^-ラジカルのg値とほぼ同じであるため、その影響を軽減させるためである。そのため、特に低線量の被曝線量評価を行う場合、スペクトルの分離等を行い、有機物の信号を考慮した後、被曝線量を算出しなければ、過大評価する恐れがある。また歯科X線による被曝の寄与がないかをチェックする必要がある。歯のエナメル質を用いたESR線量計測は、多くの研究が行われており、それらの機関での比較検討が実施されている^{(5)、(6)、(7)}。被曝線量の算出法は「Application Note ER-080001」をご参照下さい。

図1.歯のESR信号のマイクロ波出力による変化
図1. 歯のESR信号のマイクロ波出力による変化 (高崎原子力研究所の⁶⁰Co線源を用い、γ線を約2.5kGy照射した)
試料は奈良教育大学下岡先生からご提供いただいた。

参考文献

池谷元司 (1987)：ESR（電子スピン共鳴）年代測定. アイオニクス株式会社, p210.
Ikeya M. (1993)：“New Applications of Electron Spin Resonance. Dating, Dosimetry and Microscopy.”, World Scientific , p.500.
(1) Romanyukha A. A. et al (2005) : Parameters affecting EPR dose reconstruction in teeth. Applied Radiation and Isotopes, Vol.62, 147-154.
(2) Ivannikov A. et al (2000) : EPR tooth enamel dosimetry: Optimization of the automated spectra deconvolution routine. Health Physics, 81, 1245-137.
(3) Toyoda S. et al (2003) : Gamma-ray dose response of ESR signals in tooth enamel of cows and mice in comparison with human teeth. Radiation Measurements, 37, 341-346.
(4) Caddie D. A . et al (1985) : ESR considerations in the dating of Holocene and late Pleistocene bone material. ESR Dating and Dosimetry, 353-361.
(5) Chumaka V. et al (1996) : The first international intercomparison of EPR-dosimetry with teeth: First results. Applied Radiation and Isotopes, 47, 1281-1286.
(6) Wieser A. et al (2000) : The second international intercomparison on EPR tooth dosimetry. Radiation Measurements, 32, 549-557.
(7) Wieser. A　et al (2005) : The 3rd international intercomparison on EPR tooth dosimetry: Part 1, general analysis. Applied Radiation and Isotopes, 62, 163-171.