以前は、高カロリーのイメージがある油は敬遠されることが多くありました。しかし油は人間の体に必要かつ重要な栄養素のひとつ。近年では、身体によい油を適切に摂取することで健康になるという考え方も少しずつ浸透してきました。いま健康によい油として注目されているのが、オメガ6やオメガ3などの機能性油脂。専門的には“多価不飽和脂肪酸”と呼ばれます。これらをバランスよく摂ることが、健康につながるとされています。
そんな油ですが酸素に触れると劣化します。古くなった油の匂い、いわゆる酸化臭が感じられなくても、保存中に少しずつ酸化劣化が進んでいます。劣化した油は健康に悪影響を及ぼすこともありますので、なるべく酸化が進んでいないフレッシュな油を摂ることが大切です。
では油の酸化劣化は、どのようなメカニズムで起こるのでしょうか。それは分子の微細な変化から起こります。酸化劣化した油の正体は、油分子と酸素分子が反応してできる“過酸化物”。例えばリノール酸の場合、分子モデルで表すと次のような形で酸素がくっつきます(一例)。
過酸化物ができる過程を、化学でおなじみのシンプルな構造式で見てみましょう。
実は単純に酸素が組み込まれるわけではなく、分子の中では複雑な変化が起こっています。
油の酸化劣化を防ぐためには、油が酸化する要因を知ることが大切です。酸化の要因として挙げられるのは “光が当たること” “不純物(特に金属イオンなど)が含まれること” “温度が高い場所での保存” などです。これらは保管場所を工夫するなどでご家庭でも手軽に対策ができます。一方、食用油メーカーでは、油の酸化劣化を防ぐために “遮光性・酸素バリア性の高い包材の採用” “窒素充填などによる容器内酸素の除去” “原料の厳選と高度な精製” “原料に元々含まれている酸化防止成分や添加剤の活用” “劣化予測評価と品質管理”など色々な角度から品質管理と対策をしています。
では油の品質管理はどのような方法で行われているのでしょうか?それはJAS法(Japanese Agricultural Standards/日本農林規格等に関する法律)で定められています。油の酸化度はPOV法(POV:過酸化物価)という油分子の中の過酸化物を測る方法で評価されます。POV法では、過酸化物が多い油ほど濃い色になる試薬を使って評価。簡単に測定できる試験紙も販売されています。使い方は試験紙に油をつけて反応させ、水で洗ったあとに色見本と比較して酸化劣化状態を測定。一般的に10~30Meq/kgで酸化が進み始めているとされ、30Meq/kgを超えたら酸化劣化品であると判定します。
※Meq (ミリグラム当量)とは、過酸化物の量を表す単位
ESR(電子スピン共鳴装置)は“ラジカル量”を測る装置です。このラジカルとはどんなものでしょうか?メタン(CH4)を例にして、ラジカルが発生する様子を説明します。メタン分子は、C(炭素)1個にH(水素)が4つ繋がってできており、繋がった部分には、2つの電子が必ずペアになって存在します。
外部から刺激があると、この繋がっている部分が離れてしまうことがあり、その際、2つの電子もバラバラとなってラジカルと呼ばれる不安定な分子ができます。ESRはこれを測定するのです。
メタン(CH4)を例にして、
ラジカルが発生する様子を説明します。
①メタン分子は、C(炭素)1個にH(水素)が4つ繋がってできています
②繋がっている部分には、二つの電子(●)と(●)が、必ずペアになって存在します
*二つの電子(●)と(●)は同じものです 見やすくするために色を変えています
③外部から刺激を受けると、繋がっている部分が離れてしまうことがあります
④繋がっている部分が離れると二つの電子(●)(●)がバラバラになった不安定な分子(ラジカル)ができます
⑤ESRは、この不安定になっているラジカルを測定します
酸化劣化した油分子は、CやHを略して「ROOH」と表記します。また、ラジカル化した場合は「ROO・」と表記します。
この後の説明でたくさん出てきますので、参考にしてください。
ESRはどのように過酸化物を測定したのか見てみましょう。酸化劣化で生じた油の過酸化物に外部からの刺激となる光を当てると、分解されてラジカルになります。しかしここでできたラジカルは、先述の通り不安定なので、そのままESRで測定することは大変です。そこで利用するのが食用油に含まれるビタミンE。ビタミンEは過酸化物からできたラジカルと反応して、ビタミンEラジカルを作ります。このビタミンEラジカルは安定しているので、ESRで簡単に測ることができるのです。
次の図は、キャノーラ油のビタミンEラジカルをESRで測った結果です。緑色のライン(図①)は光を当てる前の結果。ビタミンEラジカルが存在しないので、まっすぐなベースラインになりました。黒色のライン(図②)は光を当てたあとの結果です。ビタミンEラジカルのESR信号を示す7本の信号が出ています。過酸化物が多いと、過酸化ラジカルがたくさん作られ、さらにビタミンEラジカルもたくさん生成されます。そのためビタミンEラジカルの量(図③:ピンクの矢印の高さ)を測れば酸化劣化の度合いを判断できるのです。
ESR法以外にも早期の変化を測定する方法があります。GC/MS(ガスクロマトグラフ質量分析)法を使っての測定です。油は酸化劣化すると一部が分解され匂いを持つアルデヒド類を生成します。GC-MS装置はこの匂い成分を測定。とても感度の高い方法ですから、わずかな量のアルデヒド類でも検出できます。
この図は5種類のアルデヒドを2回ずつ測定し、それぞれのアルデヒドの1日目の量を1として、その後の変化を示したものです。2日目からはPentanalや3-Hexenalといったアルデヒドの増加が見られました。また、別のアルデヒドであるNonanalは、28日目までは変わりませんでしたが、それ以降は他のアルデヒド類と同様に日にちが経つほど多くなりました。この結果では魚油は2日目から少しずつ酸化劣化することが分かりました。ほんの少しの間でも、油の保管状態に対する注意が必要ですね。
POV法では区別できない酸化劣化のあまり進んでいない油でも、JEOL製品を使ったESR法とGC/MS法なら、詳細に区別できることが分かりました。企業においては油のフレッシュさが測定できると、より安心な食材を食卓に届けることが可能となります。
また、ご家庭においては、なるべく“酸化対策されたフレッシュな油”を選びましょう。保存中にも少しずつ酸化劣化が進みますので“光・不純物・高温”に気をつけて、保管場所を工夫するなどの対策も心がけたいですね。
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