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世界最小、高性能分光計 誕生の裏側

JEOL RESONANCEが社運をかけて送り出したNMR spectrometer Z(JNM-ECZSシリーズ)。400 MHz用としては世界最小となる分光計の開発は、2013年春、佳境を迎えようとしていた。

世界一の称号

「できるか、できないかじゃない。やるんだよ」
分光計の開発企画室。プロジェクトリーダーの蜂谷は、各ユニットの担当者を見渡し、語気を強めた。なんとしても世界最小を実現する。蜂谷の信念は揺るがなかった。

分光計のサイズは、使い勝手を大きく左右する。小さければ小さいほど、設置環境は広がり、ユーザーのメリットは大きい。だが、本当に世界最小である必要があるのか。
「前機種の半分まで小さくできたんですから、もういいじゃないですか」
疲労の色が濃いスタッフたちからは反対の意見が相次いだが、蜂谷は首を横に振り続けた。

世界一。その称号こそ、昼夜分たず開発に打ち込んできた若いスタッフに報いる最良の方法だ。
「私が分光計のスペシャリストだったら、もしかしたら言えなかったかもしれません。幸か不幸か、このプロジェクトを任されるまで、ほぼ門外漢だった。だからこそ常識にとらわれない目標を掲げることができたのでしょう」

削れるスペースも許された時間も、ごくわずかしかなかった各ユニットのベンダーも巻き込み、死にものぐるいで見直しを続けた結果、ぎりぎりまで切り詰められた最新試作機が完成した。当初より奥行きが10センチ削られている。シミュレーション通りだ。蜂谷が発する熱が、スタッフたちに限界を超える力を引き出させたのだ。
「すごいな」
試作機を目にしただれもが、感嘆の声を上げた。その声を耳にするたび、蜂谷とスタッフたちの顔に光が戻っていった。

心血には換えられない

蜂谷の熱は、社外の人間をも動かした。
新時代の分光計にふさわしいデザインをと考えた蜂谷は、高級スポーツカーのデザインを手掛けたことで知られる世界的工業デザイナー奥山清行氏が代表を務めるKEN OKUYAMA DESIGNへ筐体のデザインを依頼した。

分光計の筐体は、単なる外箱ではない。高周波の漏れ対策や、放熱対策も十分に施す必要があり、制約は多い。そのうえで、独創性があり、先進的で精緻感のあるデザインをしてほしい。欲張りなオーダーだった。

数日後、KEN OKUYAMA DESIGNの担当デザイナーが持ってきた最初のデザインスケッチを見たとき、蜂谷はためらいを覚えた。美しいカーブが生かされていたり、象徴的な装飾が施されたスケッチは、どれも洗練され魅力的に映った。とはいえ、このスケッチ通りに筐体を作れば、確実にサイズの制約を緩和しなければならなくなる。見る人すべてを驚かせたい。ほんのわずかでいい、ちょっと大きくするだけでいいのだ。誘惑が幾度となく蜂谷を襲った。だが、その思いを「ぎりぎりまで削り込んだスタッフの心血には換えられない」と振り切ると、デザイナーに相対した。
「サイズを大きくすることはできません。でもオリジナリティは出してほしいんです」
サイズを固定するということはデザインにさらなる制約を課すことになる。起伏を付けたり、丸みを帯びたデザインは封じられる。しかも通常ならデザインの検討に与えられるはずの1年の時間が、今回は1か月足らずしかない。デザイナーはしばし言葉を飲み、そしておもむろに口を開いた。
「私たちもプロです。同じ箱でもどうデザイン感を出すかというのは、やらせてもらいますよ。ドラマがあるものを」

KEN OKUYAMA DESIGNからのデザインスケッチ

KEN OKUYAMA DESIGNからのデザインスケッチ

ゼロから再スタート

話は数か月前にさかのぼる。ハードウェアチームが装置の小型化に向けて血のにじむような作業を続けていたとき、ソフトウェアチームも激闘を繰り広げていた。終盤まで進んでいた開発をいったんストップし、根幹から見直す大改修に突入していたのだ。数年〜10年先を見据えたとき、現状のアーキテクチャーで、期待される測定スループットが出せるのか、想定されるより高度な測定へのパターン対応ができるのか、チーム内部から疑問の声が上がったのだ。当初の仕様でも、十分過ぎるほどの高性能化が実現できると現行の仕様での開発を急ぐ声と、あくまで次世代対応を目指すべきだとの意見がぶつかり合った。

そして、チームは未来へ舵を切った。ソフトウェアの根幹設計部はふりだしに戻って新アーキテクチャーを考案。ほぼ無限にあるともいえる複雑なシーケンスのパターンを想定し、それにどんなソフトウェア動作が必要になるのか、その動作にはどれだけ時間がかかるのかを定量的にシミュレーションし、その新アーキテクチャーでいけるのか、チーム総掛かりで徹底的に検証した。

ソフトウェアチームは、まさに修羅場だった。考えられる限りのパターンを想定しては検証し、微修正を繰り返す。いつ終わるともしれない死闘が繰り広げられた。

魂を入れる

夏も終わりかけた頃、ソフトウェアチームは、どうにか答えにたどり着こうとしていた。確信とまではいえないが、これで行けるのではという一筋の光が見えてきていた。

そんなある日、ハードウェアチームの部屋にソフトウェア設計リーダーのIが顔を出した。襟首は汚れ、まくり上げた袖のしわも深い。後に続くスタッフたちも一様にくたびれた姿をしていた。部屋には、KEN OKUYAMA DESIGNの試作機ができあがっていた。奥山の描き上げたスケッチをもとに、蜂谷が急ぎ試作板金を依頼し形にしてみせたものだ。筐体は、蜂谷の服装に引きづられたわけでもないだろうが、黒一色。シャープなエッジが際立ち、シンプルな四角い形状の中にも、高級感、精緻感を漂わせていた。

Iは、目を丸く見開いた。ハハハ。小さな笑い声がもれる。 「かっこよすぎだ、蜂谷さん。これだけかっこいい外見ができたら、魂入れないといけないよね」 Iの目に宿る決意。暑いのは、残暑の日差しのせいだけではなかった。

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