PROFESSIONALINTERVIEW

01

電子光学機器―クライオ電子顕微鏡
「CRYO ARM™」

EM事業ユニット
EMアプリケーション部
Biologyチーム 主事

N. H.

EM事業ユニット
EM技術開発部
第1グループ 主事

T. K.

タンパク質に代表される
生体分子の構造を解き明かす
クライオ電子顕微鏡の開発

2017年にノーベル賞を受賞したのは「クライオ電子顕微鏡の開発」。サンプルを極低温で凍らせることで、タンパク質など生体分子を「生きた状態」すなわち、瞬間凍結固定した状態で観察できる、かつてない解析手法だ。日本電子は、この手法を可能にしたクライオ電子顕微鏡「CRYO ARM™」を2017年に開発し、市場に送り出した。この顕微鏡では、最大12個のサンプルを冷却保管し、1個または複数個の取り外しや交換ができ、スループットが要求されるこの手法に対応している。

タンパク質の「生きた」状態を観察

人体には30万種類のものタンパク質があり、さまざまな機能を発揮して生命を維持している。各タンパク質は固有の立体構造を持ち、同じ分子式を持っていても形(構造)が違うだけで全く異なった性質を持つ。タンパク質など生体高分子の解析には、この立体構造を観察することが大切だが、従来のX線結晶構造解析では、タンパク質を結晶化することが必要だ。タンパク質はそもそも結晶化が難しい上に、最も安定的な構造で結晶化してしまうため、外的な刺激が与えられたときの構造を観察することが不可能だった。
この問題を解決したのが、クライオ電子顕微鏡だ。サンプルは液体窒素によって急速凍結され、その瞬間の「生きた」状態を氷の中に閉じ込めることができる。このことによって、さまざまな方向を向いている分子の投影像を観察できる。また、サンプルに照射される電子線は、エネルギー幅が狭く可干渉性が高いので高いコントラストの像が得られる。
ノーベル化学賞を受賞したクライオ電子顕微鏡法を生み出した3人の科学者の1人であるリチャード・ヘンダーソン博士が日本電子を訪問し、当社の製造・開発陣を励ました。

世界初の自動化マルチサンプルの
パーキング装置の開発

CRYO ARM™を開発したメンバーの1人である、EM技術開発部主事のT. K.はこう語る。
「12個のサンプルを4個ずつ3回に分けて出し入れし、保管もできるマルチサンプルの自動化は当社が初めて実現しました。冷却下で凍結サンプルを保管できるため、サンプルを確認した後に、不必要なサンプルを取り出したり、新たに別のサンプルを導入したり、また、一つの同じサンプルを再度観察するということが可能になったのです。」
クライオ電子顕微鏡ではサンプルが凍結しているため、いったん試料ステージから出してしまうと、溶けて同じ状態を再現するのが難しくなる。このパーキング装置を使うと、取り出す必要がないので、良いサンプルを有効に活用することが可能になった。
CRYO ARM™販促のため、顧客先でデモンストレーションを行ったり、資料やデータ、論文などで対外的なPRを行ったりしている、EMアプリケーション部主事のN. H.は、サンプルの重要性をこう語る。
「タンパク質などの生体サンプルの中には、一滴しか集められないほど貴重なものもあり、解凍してしまったら大変なことになります。研究者の血のにじむような努力があるので、決してサンプルをおろそかにできないのです。」

製薬業界も強い興味

生体分子の構造解析は創薬につながるので、製薬業界ではクライオ電子顕微鏡に強い興味を持っている。N. H.はCRYO ARM™で得たデータや知見を世界中の学会で発表し、学会に参加している企業や研究機関の研究者と交流することで、装置に対する要望やデータに対する反応を集めている。
「多いときは月に1回は海外に行っています。日本電子の装置に対する関心は強く、これまでは1社独占だったものが、日本電子という競争相手が出てきたので、装置の性能も上がるし、価格も下がると期待されています。」とN. H.。今まで見ることができなかったタンパク質の構造を、自然のままで解析できるため、タンパク質に刺激を与える化合物を加えると、タンパク質がどのように反応するか、が初めてわかるなど、その成果は大きい。
「液体窒素で凍らせたサンプルを送ってもらって、お客様が期待している画像が撮れると、すごく喜んでくれるのがうれしいですね。」とN. H.は語る。T. K.も「デモに参加して、お客様が喜ぶ姿を見るのが楽しい。」と言う。だが、これまでは顧客のさまざまな要望に応えながら改良する日々で、実用化までの道のりは遠かった。「サンプルを真空下で冷却保管するのですが、高温多湿の日本ではそれでも水の分子は存在し、冷えると霜のようになってサンプルに付着するのです。長時間保管しても霜がつかないように、水分子が入り込まない工夫をするなど、細かい改良の連続でした。」

装置の出荷後も改良を続ける

プロトタイプをあるユーザ企業に納めて使ってもらったとき、想定しない使い方をされてトラブルが起きたり、サンプルの凍結の仕方に慣れておらず、観察中に溶けてしまったり、薄い氷の膜が破れてしまったりなど、思わぬアクシデントがT. K.を困らせた。N. H.もデモをしたときに、全くサンプルが見えなかったり、海外の顧客からサンプルを送ってもらった際に、税関で開封されてしまって、ご破算になったりするなどの苦労があった。「これまで数台納入しましたが、顧客先でいかに精度の高いデータをコンスタントに出していけるかが勝負です。マーケットの信頼を勝ち取るには地道に実績を積むしかありません。」とN. H.は言う。
T. K.も初出荷後が本番だという。「製品を出した後も改良を加え続け、いかにお客様に喜んでもらえる装置に育てていくかがカギを握ります。喜んでもらえれば開発者冥利に尽きます。」N. H.は、顧客と自社両方のメリットを追究するのが自分の仕事だと言う。「私の業務は、片足を技術開発側に突っ込みながら、いかにしてお客様側に立った仕事ができるか、が重要です。使う側にとっていい装置とは何か、を開発側に伝えるのが私の仕事です。」クライオ電子顕微鏡の普及はこれからだ。
T. K.は「本格的な普及までには10年はかかるかもしれませんが、ヘンダーソン博士が期待しているように、もっと手ごろな価格で、簡単に使える装置に改良していきたい。」と語る。N. H.は「やっとスタートラインに立ったばかり。より多くの人たちに使ってもらい、アカデミアの世界でも寄与していきたい。」と語る。クライオ電子顕微鏡のもたらす成果によるインパクトは、社会を変えるほどになるだろう。

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