みなさんはブルーチーズを食べたことはありますか?独特のクセがあるブルーチーズは、好き嫌いが大きく分かれる食材のひとつです。しかしワインに合う食材としてワイン好きの中ではとても人気なこのブルーチーズ。
今回の実験では世界三大ブルーチーズとして有名なゴルゴンゾーラ、スティルトン、ロックフォールの3種類の成分を分析してみました。
チーズ
原産国
原料
青カビ
製法
味
(JEOL内の試食)
ゴルゴンゾーラ(ピッカンテ)
イタリア
牛
P.galaucum
生乳に青カビを混ぜて作ります。
苦みがあり、アルコールに合いそうです。
スティルトン
イギリス
牛(低脂肪乳)
P.roqueforti
固めたミルクから乳清を取り除き、スティルトンシンクという台で細かくし、 塩を加え、固めます。
アルコールに合いそう、塩味が強く、最も濃厚な感じます。
ロックフォール
フランス
羊
P.roqueforti
羊のミルクを温め、乳酸菌や酵素を加えて固め、乳清を除き、型に詰めて熟成させます。
チーズの中に加えられた青カビが繁殖します。
他のブルーチーズよりもマイルドです。
ちなみにブルーチーズと一口に言っても先ほどの3種類を食べ比べた印象は大きく違います。
牛乳か羊乳か?どんな青カビをどのように繁殖させるのか?といったように材料や製法で大きく変わります。しかしアミノ酸という観点で分析したところ、これら3種類のチーズ、実はそれほど成分要素が違わないことが判明。各成分の量についてスティルトンが他の2つのチーズより全体的にアミノ酸が多く含まれており、より個性が強いという違いがありますが、含まれている成分配合はほぼ同じ。なのに、食べた印象が違うという現象が起きるのはなぜでしょう?それは、人間は味覚だけではなく、視覚、嗅覚など五感全体を使って食材を認識しているからです。もしかしたら、目を閉じ、鼻をつまんでチーズを食べたなら、普段なら明らかに違いがわかるチーズ同士でも、何のチーズか判断することはできないかもしれません。人間の味覚というものは結構あいまいなものと言えそうです。
P.galaucumという
青カビを用いる
ゴルゴンゾーラの表面
P.roquefortiという
青カビを用いる
スティルトンの表面
P.roquefortiという
青カビを用いる
ロックフォールの表面
今回のアミノ酸分析では、チーズには“うま味”を感じるグルタミン酸が多く含まれていることがわかりました。しかし、うま味だけで言うならば、ダシとして重宝される昆布や鰹節と変わらないとも言えます。とはいえ昆布とチーズは明らかに別の味。それでは、なぜ味が違って感じられるのでしょう。今回のアミノ酸の測定でわかったことは、ブルーチーズには、うま味のアミノ酸であるグルタミン酸以外にも、苦みを感じるアミノ酸のバリンやロイシン、甘苦さを感じるアミノ酸のリシンやプロリンが人間の感知できるレベルの量で入っているということがわかりました。昆布はグルタミン酸やアスパラギン酸などうまみ成分だけが強いので、混じりけがなくうま味に特化しています。つまりアミノ酸という観点においては、昆布に“苦さ”と“甘苦さ”が加わったものがブルーチーズであると言えそうです。チーズには、苦さや甘苦さが強く入っているわけですから、例えチーズでダシが取れたしても、おそらく美味しいものではないでしょうね。
アミノ酸を分析する
全自動アミノ酸分析装置
ゴルゴンゾーラの
アミノ酸分析分布
スティルトンの
アミノ酸分析分布
ロックフォールの
アミノ酸分析分布
単位:mg/100g
赤線:分析値
青線:しきい値(味として感じられる最低量)
今回の分析では、先述の装置でアミノ酸を調べる前に、ブルーチーズにはどんな成分が含まれているのかを包括的に測定するNMR 分析を行っています。チーズの水抽出液(水溶液)を分析してみると、出てきたデータのほとんどがアミノ酸に偏っているという結果に。もともとこのNMR分析装置は、化学物質を合成したときに間違いなく合成されているかどうかといったことを確かめる際に用いられることが多い装置なのですが、近年では食品がどこの産地かを見分けたり、その食品が本物であるか偽物であるかを見分けるための研究にも使われ始めています。例えば日本や中国、アメリカなど、それぞれの産地の食品をNMR分析し、数多くのデータを取ります。そして産地を知りたい食品を同様に分析し、その結果出てきたデータが国産のデータと近ければ、その食品は国産の可能性が高いといった判断に使われます。偽装食品の真偽についても同様な方法で判断していきます。
スティルトン水溶液の¹H-NMR スペクトル
ブルーチーズのパンチのあるカビの匂いは火山などで感じられる匂いと同じく硫化物が原因。その他にも発酵に由来する香りの成分であるジアセチルも深く関連しています。ちなみにブルーチーズのカビが多いところと少ないところでアミノ酸の量を比べてみたところ、その値について特に違いはありませんでした。しかし、香りについて調べてみたところ、牛乳を原料とするゴルゴンゾーラとスティルトンでは、カビが多いところを調べると強い香りが感じられました。一方、羊の乳を原料とするロックフォールの場合、カビが多いところよりも少ないところの方が強い香りを感じられるという結果が今回に関しては導き出されました。一度の検証ですので今回測定したブルーチーズだけそうであった可能性もありますが、もしこの結果が正しいとすれば、もともと臭みの強い羊乳が原料のロックフォールでは、羊乳の持つ強い匂いをカビがマイルドに中和している可能性も考えられます。
TICCとスニッフィング結果
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日本酒、ビール、蒸留酒。お酒の種類は数多くありますが、「ブルーチーズと言えばワイン」というイメージは根強いです。それではなぜ、ブルーチーズとワインは合うのか?一つの可能性として、ワインが持つ成分とチーズの持つ成分があまりかぶっていないからではないかという考え方があります。ワイン、特に赤ワインなどはとても酸味が強いです。しかしチーズにはその酸味成分が見当たりません。だから、人間は足りない味わいを補い合うことで美味しさを感じているのでは?という発想から生まれた考え方です。一般的に塩味の強いブルーチーズには酸味のあるフルーティなワインがマッチすると言われています。香りについても白ワインは香水的な香り、赤ワインはアルコール的な香りが強いので、アルコール的な香りが少ないブルーチーズに赤ワインが合うのかもしれません。
今回の検査で、人間が食品を特定するために必要な要素は、各成分の含有バランスにあることがわかりました。さらに、舌で感じられる味覚成分と鼻で感じる嗅覚成分など五感のバランスでも違ってくると言えるようです。以前プリンに醤油をかけるとウニの味がするという話が話題になりましたが、実際にプリンに醤油をかけたものを成分分析すると、ウニに近い成分バランスを持っていたという研究結果もあります。逆に納豆やキムチなどが、チーズと同じ発酵食品であるからといって、成分バランスが近いかと言ったらそういうわけでもありません。先述したアミノ酸のグラフが証明するように、ここまで“うま味”や“苦味”の成分が含まれている食材は他にないと思われます。この全体的な成分の強さが、食べるひとをやみつきにさせる、ブルーチーズのクセの強さと言えるでしょう。
今回使用した機器
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