今回のテーマは“だし”。だしは日本の食文化を特徴づける液状の調味料です。ほとんどの日本食で使われているといっても過言ではない“だし”ですが、昆布や煮干、椎茸や鰹節など主原料はさまざま。スーパーの棚を見てみると各社、数多くの商品が並んでいます。今回は、7種類の市販されている「顆粒だし」と、1種類の「うま味調味料」について理科学機器を使って成分分析をしてみました。
主原料 | 各成分の添加有無 | |||
うま味調味料 | 食塩 | 糖類 | ||
だし1 | 昆布 | ○ | ○ | ○ |
---|---|---|---|---|
だし2 | 煮干 | ○ | ○ | ○ |
だし3 | 昆布 | × | × | ○ |
だし4 | 椎茸、昆布、鰹 | × | × | ○ |
だし5 | 鰹 | ○ | ○ | ○ |
だし6 | 鰹 | ○ | ○ | ○ |
だし7 | 煮干 | × | × | × |
うま味調味料 | ー | ー | ー | ー |
○…添加×…無添加
まずは蛍光X線分析装置(XRF)によるミネラル成分の分析。X線というとまず思い浮かぶのは、健康診断で使われるレントゲン撮影ではないでしょうか。この分析装置では、レントゲン撮影のように何も壊すことなく非破壊で元素成分を分析することができます。
この装置で「うま味調味料」と「鰹だし」を比較・分析したところ、「うま味調味料」に比べ「鰹だし」にはCa(カルシウム)・Fe(鉄)・Zn(亜鉛)・S(硫黄)・Cl(塩素)・K(カリウム)といったミネラルが多く含まれていることがわかりました。それに加え、「鰹だし」にはNa(ナトリウム)とCl(塩素)が含まれており、食塩(NaCl)を若干含んでいることも読み取れます。一方、「うま味調味料」にはNa(ナトリウム)やP(リン)が含まれていることが確認できました。少量で体の組織を構成し、体調を整えるといわれているミネラルは、人間の体内ではつくることができません。つまり、“だし”を含んだ食事をすることは健康な体づくりという点で、理にかなっていると言えるでしょう。
元素組成分析結果
成分 | うま味調味料 | 鰹だし |
Na ナトリウム | 12.10 | 2.30 |
---|---|---|
P リン | 0.75 | 0.92 |
S 硫黄 | 0.34 | |
Cl 塩素 | 2.70 | |
K カリウム | 1.20 | |
Ca カルシウム | 0.04 | |
Fe 鉄 | 0.005 | |
Zn 亜鉛 | 0.001 | |
(有機物) | 87.80 | 92.50 |
単位%
※XRFで検出しない有機物由来の軽元素(C、H、O、N)
を残成分に設定し、FP法にて定量。
さらに、7つの“だし”に含まれる主な元素の定量分析を行ったところ、次のような結果が出ました。このレーダーチャートを読み解くと、煮干を主成分とする「だし2」と鰹を主原料とする「だし5・だし6」が似たような形を形成。Ca(カルシウム)が多いチャートとなりました。これは魚が主成分であることから導きだされた結果かもしれません。また、昆布が含まれる「だし1・だし3・だし4」についても類似形状のチャートになりました。こちらはK(カリウム)が多く含まれているというのが特徴です。このように主原料に合った結果が出ますので、逆に分析結果から主原料を推測することも可能です。そういった点から食品の産地判別や品質管理にもこの装置は使われます。
「だし7」については多種類のミネラルがバランスよく含まれていることがわかります。この“だし”は、煮干をそのまま粉にしたもので、うま味調味料や食塩などが添加されていません。そのこともありこのような結果が出たのではないかと推測できます。ご家庭で買い求める際に、主原料を確認して自分や家族に必要なミネラルを意識して選んでみてもいいかもしれません。
各種だしのXRF分析結果
だし1(昆布)
だし2(煮干し)
だし3(昆布)
だし4(椎茸、昆布、鰹)
だし5(鰹)
だし6(鰹)
だし7(煮干)
“だし”の味の話になったときによく耳にする単語が“うま味成分”。うま味物質としては昆布などに多く見られる“アミノ酸系”、動物や魚などに含まれる“核酸系”の2種類がよく知られています。その中でも今回はアミノ酸の分析を行いました。その結果、うま味調味料が添加された“だし”に含まれるアミノ酸の多くがグルタミン酸であることがわかりました。うま味調味料の成分がほぼグルタミン酸であることからもこの結果はうなずけます。これはグルタミン酸のうま味が、より多くの日本人がおいしいと感じるうま味に近いということで、各社、グルタミン酸を使っているのかもしれません。逆に無添加の“だし”については、アミノ酸の含有量自体が少なく、相対的にグルタミン酸以外の成分の割合が大きくなり、グルタミン酸のうま味だけではない、様々なうま味成分が重なり合ったものになっていると言えそうです。
“だし”の中のアミノ酸量(グルタミン酸)
次の図は上記グラフの緑色部分、つまりグルタミン酸以外のアミノ酸成分を詳しく解析したものです。ここで特徴的なのは昆布を主原料に含む「だし1・だし3・だし4」にはアスパラギン酸が多く含まれているということ。このことから、アスパラギン酸が昆布だしの特徴であると言うことができるでしょう。ちなみに昆布以外にも、アスパラギン酸が含まれている食材があります。それは、トマト。確かにドライトマトは欧米で“だし”のように使われています。
同様に煮干をそのまま使った「だし7」は苦味を感じさせるヒスチジンが多く含まれていることがわかります。原料には煮干の内臓も含まれているので、そのために苦味成分が多いのかもしれません。また「だし5」については甘味が特徴のアラニンが多く含まれていることもわかりました。アラニンは単独の食材ではあまり含まれていないものなので、“だし”の甘さを強調するため、人工的に添加していることが推測できます。
“だし”の中のアミノ酸量(グルタミン酸以外)
アミノ酸以外の“だし”全体の成分を調べる際には、核磁気共鳴(NMR)装置による分析を行います。この装置は、液体でも固体でも、見たい状態で分析可能。成分分離などの前処理をすることなく、非破壊的に分析ができるので、分析の最初のスクリーニングに使われることも多いです。測定時間が数分間と短いのも特長です。
今回は鰹だしを主原料とした「だし5」について料理に使う時と同じ水溶液にして分析してみました。その結果、今まで確認してきたグルタミン酸ナトリウムやアラニンに加え、果実や蜂蜜に含まれているグルコースや砂糖の主成分であるサッカロースなどの糖類も確認できました。また、鰹節に含まれるイノシン酸と椎茸に含まれるグアニル酸など、核酸系のうま味成分を検出。先ほどのアミノ酸系うま味成分グルタミン酸に加えて、鰹節に含まれている核酸系の成分が含まれていることで、複層的な味を出していると考えられます。これらのことから、日本人がほっとする“だし”特有の味は、甘味やうま味が複雑に絡み合ったものであることが想像できます。
だし水溶液の1H-NMR
“だし”の特徴といえば味だけではありません。温めたときに出る湯気から発せられる心あたたまるあの香り。今回は香りについても分析してみました。ここではチーズの分析でも使用したヘッドスペースオートサンプラ(HS)GC/MSシステムを用いて、においの分析を行います。サンプルとしたのは鰹を主原料とした「だし6」、椎茸・昆布・鰹の「だし4」、煮干のみを原料としている「だし7」の3つ。この3種を比べてみると、「だし7」は他の2つの“だし”に比べ多くのにおい成分が含まれていることがわかりました。中でも燻した時に生成されるにおい成分のCresol(クレゾール)が多く含まれることがわかります。また、鰹だしが主原料の「だし6」はGuaiacol(グアイアコール)が多く含まれていることが判明。それぞれ特徴があることがわかりました。
朝起きると鼻をくすぐる味噌汁の香り。そのにおいをかぎわけることで、今日のだしが何のだしなのか?どんな味わいなのか?を想像してみるのも面白いかもしれませんね。
“だし”3品のにおい分析結果
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