ヘッドスペースGC-HRMSによるコーヒー香気成分の統合解析 ‐GC/EI、GC/ソフトイオン化法データを用いた統合解析手法の開発- [GC-TOFMS Application]
MSTips No.280
はじめに
ガスクロマトグラフ質量分析法で使用される電子イオン化 (Electron Ionization, EI) 法は、フラグメントイオンを生成しやすいハードイオン化法の一つであり、取得したマススペクトルとライブラリー登録されたマススペクトルを比較することで化合物の同定を行うことできる。それに対し、電界イオン化 (Field Ionization, FI) 法などのソフトなイオン化法では、フラグメントイオンの生成が最小限に抑えられ、分子イオンの情報を得ることができる。また質量分析部を高分解能飛行時間質量分析計とすることにより、EI法およびソフトイオン化法の双方で得られたすべてのマススペクトルピーク (EI法におけるフラグメントイオンピーク、ソフトイオン化法における分子イオンピーク) に対して精密質量情報を得ることができる。これら各ピークの精密質量情報とEI法のライブラリーサーチの結果を組み合わせてマススペクトルを解釈することにより、EI法のライブラリーサーチのみでは絞り込めなかった化合物候補を一意に確定することができたり、そもそもライブラリーにはヒットしなかった成分に対して組成推定ができるなど、より確度の高い解析が可能となる。
今回、EI法とソフトイオン化法で得られた2種類の測定結果を自動で統合し解析するソフトウェアを開発したので、その詳細と解析例をご紹介する。
結果
Fig.1 Qualitative analysis flow
解析フローについて:
Fig. 1に従来のEI法のライブラリサーチのみでの解析フロー (左側) と、今回開発した統合解析の解析フロー (右側) を示す。本手法では、始めにEI法とソフトイオン化 (SI) 法で得られたデータに対し、クロマトグラム上のピークを検出してマススペクトルを作成する。各イオン化法のマススペクトルは保持時間情報に基づき紐づけられ、同一成分として記録される。次にEI法で得られたマススペクトルを用いてライブラリーサーチが行われる (①)。SI法で得られたマススペクトルを使用し分子イオンの探索を行う (②)。検出された分子イオンに対して精密質量解析を実施するが、この組成式推定には、ライブラリーサーチの結果、有意なスコアで特定された化合物の組成式を考慮した上で解析が実施される (③)。分子イオンに対しては同位体パターン解析を行い、組成式候補を絞り込む (④)。さらに、分子イオンの組成式候補の元素種・個数を条件として、EIマススペクトル上のフラグメントイオンの精密質量解析を実施する。分子イオンの組成式候補が正しくない場合、EIフラグメントイオンの組成式情報を得ることができないケースが生じるため、そのような場合EIフラグメントイオンの解釈率は低くなる。得られた解釈率からさらに分子イオンの組成式候補を絞り込んでいく (⑤)。これらの結果を統合し、総合的な解析結果を得る。
モデル試料として市販のコーヒーを用いた。試料調整は以下の通りである。
①22mL容量のHSバイアル瓶にコーヒー豆1gを入れ、100°Cに沸騰させた水を15mL注いで密封した。
②室温まで冷却後、上澄み液10mLをHSバイアルに取り、内部標準液 (p-Bromofluorobenzene) 2μLを注入した。
③2mL毎にHSバイアルへ封入したものをサンプルとし、測定に供した。
ヘッドスペース/GC/TOFMS測定条件をTable1に示す。
Table 1 Measurement condition
System | MS-62070STRAP (JEOL) |
---|---|
Mode | Trap mode |
Extract | 3 times |
Heating condition | 60°C, 15min |
System | JMS-T200GC (JEOL) |
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Ionization mode | EI+: 70eV, 300μA, FI+: -10kV, 8mA (Carbotec 5μm) |
GC column | ZB-WAX (Phenomenex社製) 30m x 0.18mm, 0.18μm |
Oven temp. | 40°C (3min)→30°C/min→250°C(10min) |
Inlet temp. | 250°C |
Inlet mode | Split30:1 |
Fig.2 TIC chromatograms for coffee flavors by using a HS/GC/TOFMS.
Fig.3 Integrated qualitative analysis result on the msFineAnalysis
msFineAnalysisで自動解析を実施したところ、67成分が検出された (Fig.2)。GC/EI、GC/FIで検出された各成分は、保持時間に基づき紐づけを行い同一成分として記録され、その後の解析処理が自動で実施される。msFineAnalysisではFig.1のフローに従って解析を実施した結果、検出された各成分をその同定の確度に従い3種類に分類し、それぞれを色分けして表示する (Fig.3)。
- 緑色: 有意な分子組成式が一意に決定された (もしくは解析者自身が一意に決定した)
- 橙色: 有意な分子組成式が複数候補得られた
- 白色: 有意な分子組成式が得られなかった
自動解析が終了した後、いくつかの成分を確認・再解析することで67成分中63成分の分子組成式を一意に決めることができた。本手法では、ライブラリーに登録されている成分 (マッチファクタースコア: 高) に対してはライブラリー検索結果と分子組成式を組み合わせた確度の高い定性分析結果を与えることが可能であり、従来方法 (Fig.1左側) では同定することが難しかったライブラリーに登録されていない未知成分 (マッチファクタースコア: 低) に対しても分子組成式を推定することが可能である。本解析手法ではマッチファクタースコアの高低に関わらず、精密質量情報から分子組成式を推定し候補を絞り込むことが可能であり、本手法がGC/MS定性分析に有効であることを確認できた。
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