Pure shift NMRの応用
—19F‒13C HOBS-HSMBCによるnJCFの決定—
NM2500011
1. はじめに
含フッ素化合物は医薬や農薬の分野で重要な役割を果たしています。近年では市販される約20%の医薬品がフッ素医薬品と推定されます1。含フッ素化合物の構造解析にはNMRが強力なツールとなりますが、信号が複雑に分裂するため、その解析は容易ではありません。特に複数のフッ素原子が存在する化合物で問題となります。一般的に、低分子化合物の構造解析には遠距離スピン結合 (nJXH) が重要ですが、これまでのHMBCやHSQMBCではJHHモジュレーションによる位相の歪みが問題となり、正確な値を求めることが困難でした。この問題を解決するために様々な改良が行われており、CPMG‒INEPT2やIPAP‒HSQMBC3が報告されました。近年では、HSQMBCにPSYCHEやHOBSといったPure shift法が適用されています4, 5。特に、HOBSはPSYCHEのような擬三次元的な手法ではなく、デカップリング領域を選択的180°パルスにより反転させており、測定時間が短く、感度が高いという特長があります。そこで、1H‒1Hの多重線を一重線とするPure shift法は19F‒19Fの多重線に対しても有効な手法と考えられますが、これまでのところ、その様な例はありません。ここでは、複数のフッ素原子をもつ化合物に対して19F‒13C HOBS-HSQMBCによりnJCFを決定する方法をご紹介します。
[1] ACS Omega, 5, 10633 (2020), [2] J. Am. Chem. Soc., 123, 11306 (2001), [3] J. Magn. Reson., 207, 312 (2010), [4] Chem. Eur. J., 21, 13939 (2015), [5] J. Magn. Reson., 238, 63 (2014).
2. 試料とNMR装置
フッ素医薬品の半数近くがアリール基にフッ素原子が導入された化合物であることから、2-bromo-1-(difluoromethyl)-4-fluorobenzene (1) を選定しました (Fig. 1A)。20 mgの1をCDCl3に溶かし、試料としました。1には水素原子も含まれることから、1Hデカップリング条件下で19F‒13C相関を得る必要があります。よって、HFチャンネルを2チャンネルに拡張したJNM-ECZL500G分光計 (HFが2チャンネル、LFが1チャンネル) で測定しました (Fig. 1B)。プローブはHFデュアルチューニングモードによる三重共鳴測定が可能なROYALプローブ™ HFXを用いました。
Fig. 1. A) 化合物 1、 B) JNM-ECZL500G分光計と
ROYALプローブ™ HFX。
3. 結果と考察
Fig. 2Aと2Bに1の19Fと19F{1H}スペクトルを示します。19F信号は1Hと19F同士のカップリングにより複雑に分裂していることが分かります。19F{1H}より、JFaFbは3.6 Hzでした。HOBSを適用した19F{1H}をFig. 2Cを示します。13C測定は、1Hと19Fを同時にデカップリングすることで、分裂のない13C信号が観測されました (Fig. 3B)。
19F‒13C HSQMBCはJFFの影響を低減するためにCPMG‒INEPTを選択し、Pure shift法はHOBSを適用しました (Fig. 4)。さらに、1Hとのカップリングで相関信号が分裂するために、1Hデカップリングを行いました。Fig. 5に19F‒13C HOBS-HSQMBCスペクトルを示します。19F‒13C相関信号はアンチフェイズで観測され、容易にnJCFを求めることができました。また、HSQMBCはLow Pass J Filterを使用していないため、1JCF (1JCFa=238.4 Hz、1JCFb=255.9 Hz) も同時に求めることができました。Table. 1に、19F‒13C HOBS-HSQMBCと13C{1H}から実験的に求めた1のnJCFを示します。両者からほぼ同一の値が得られており、19F‒13C HOBS-HSQMBCにより正確なnJCFを求めることが可能といえます。DFT計算を実施すると、B3LYPとPBE0のいずれの汎関数の場合も実測値とほぼ一致しました。
Fig. 4. 19F‒13C HOBS-HSQMBC (1Hデカップリング) のパルスシーケンス。
Fig. 5. 19F-13C HOBS-HSQMBCスペクトル。 X offsetは A) -113.6 and B) -107.2 ppm。積算回数 4回; Pure shift X_resolution 0.65 Hz; CPMG-INEPT period 25 ms。 測定時間 約90分。
Table 1. 1の実測値とDFT計算による nJCF (Hz)
| nJCF | Exp. Value | DFT calculations | ||
|---|---|---|---|---|
| HOBS-HSQMBC | 13C{1H} | B3LYP-D3 /pcJ-2 |
PBE0-D3 /pcJ-2 |
|
| 2JC1Fa | 23.6 | 23.6 | 21.9 | 21.8 |
| 3JC2Fa | 6.3 | 6.2 | 6.0 | 6.4 |
| 5JC4Fa | 2.3 | 2.1 | 2.4 | 22.8 |
| 3JC6Fa | 6.3 | 6.2 | 7.7 | 7.3 |
| 4JC1Fb | 3.5 | 3.6 | 5.4 | 6.6 |
| 3JC2Fb | 10.1 | 9.9 | 7.8 | 6.1 |
| 2JC3Fb | 25.3 | 24.9 | 24.3 | 25.4 |
| 2JC5Fb | 21.5 | 21.6 | 20.3 | 21.5 |
| 3JC6Fb | 9.5 | 9.2 | 8.1 | 6.6 |
DFT計算はNWChem 7.2.(Pacific Northwest National Laboratory))を使用しました.
まとめ
複数のフッ素原子が存在する化合物において、19F‒13C HSQMBCにHOBSを適用することで、容易にnJCFを求めることができました。得られたnJCFは、13C{1H}スペクトルの値とよく一致しており、正確なnJCFを求めることが可能とわかりました。さらに、DFT計算 (B3LYP、PBE0) から求めたnJCFは,実測値とほぼ一致しており、本測定結果の妥当性が裏付けられました。
19F‒13C HOBS-HSQMB (1Hデカップリング) は測定ファイルにないシーケンスです。測定を希望される場合には、総合コールセンターまでご連絡ください。本測定には、ROYALプローブ™ HFXを搭載した3チャンネルのECZまたはECZLシリーズ分光計が必要です。
