有機太陽電池の劣化機構の解明~電池の高効率化をめざして~

  • 概要

日本電子 news Vol.46 No.1 丸本 一弘
筑波大学 数理物質系

 素子動作時における高分子太陽電池中の電荷蓄積を微視的な観点から解明するために行った電子スピン共鳴(ESR)研究について報告する。光誘起ESR(LESR)信号とデバイス特性を疑似太陽光照射下で同一素子を用いて同時に測定した。ESR解析により、光生成された正孔キャリアが蓄積された分子種はポリ(3-ヘキシルチオフェン)(P3HT)であることが明瞭に同定された。更に、ESRと素子特性の同時測定により、LESR強度の増加と素子特性の劣化との間の明瞭な相関が立証された。光生成された正孔キャリアの深いトラップ箇所は、ホールバッファー層のポリ(3,4-エチレンジオキシチオフェン):ポリ(4-スチレンスルホン酸)(PEDOT:PSS)と光活性層のP3HT:[6,6]-フェニルC61酪酸メチルエステル(PCBM)との間の界面に存在することがESR研究より明らかにされた。この電荷蓄積が高分子太陽電池の素子特性の可逆的な劣化機構の主要な原因である。

はじめに

 有機薄膜太陽電池は印刷可能で柔軟な素子構造を持ち、軽量かつ低コストで生産可能であるため、次世代の有望な太陽電池として盛んに研究されている[1-3]。これまでその素子性能を向上させるため、様々な手法を用いて研究が行われている[4-10]。最近、10%を超える高い電力変換効率(PCE)が得られ、実用化の可能性が高まり、非常に多くの注目を集めている[11,12]。これらの素子性能の向上に加えて、太陽電池の耐久性の向上は実用化にとって重要な課題である。これまでの耐久性の研究として、酸素や水分などの外因的な要因による素子性能の劣化が報告され、その場合、材料や素子構造は不可逆的に劣化していることが分かっている[13-15]。更に、この不可逆な劣化に加え、材料劣化を伴わない素子性能の可逆的な初期劣化が、高分子太陽電池の熱刺激電流(TSC)や電流密度(J )-電圧(V)特性の研究により報告されている[16,17]。その高分子太陽電池は導電性高分子である立体規則性ポリ(3-ヘキシルチオフェン)(P3HT)と可溶性フラーレン誘導体である[6,6]-フェニルC61酪酸メチルエステル(PCBM)の混合膜を用いたバルクヘテロ接合型の薄膜太陽電池であり、典型的な高分子太陽電池として幅広く研究されている[1- 10,16,17]。その素子構造は酸化インジウムスズ(ITO)/ポリ(3,4-エチレンジオキシチオフェン):ポリ(4-スチレンスルホン酸)(PEDOT:PSS)/P3HT:PCBM/アルミである。PEDOT:PSSは典型的な正孔バッファー層であり、素子性能を向上させるために幅広く用いられている[1-13,16,17]。これまでの研究で素子動作時に素子性能が徐々に劣化すること、そしてその劣化が熱アニール処理により回復することが報告されている[16,17]。つまり、その劣化は有機材料や素子構造の劣化ではなくて、素子動作時に生じる光生成された電荷キャリアの蓄積に起因すると解釈されている[16,17]。TSC研究により、その電荷の蓄積される箇所が様々なトラップ準位を持って光活性層と電極との界面に存在していることが示されている[16]。しかし、電荷キャリアの蓄積やトラップが生じる分子種やその個所については、これまで詳細な研究は行われていない。その解明は素子性能や耐久性の更なる向上にとって非常に重要な課題である。
 電子スピン共鳴(ESR)法は有機材料を分子レベルで研究できる高感度で強力な手法であるため、電荷が蓄積される箇所を微視的に解析するために有用である[18-21]。この手法は蓄積された電荷キャリアを直接観測できる利点を持ち、TSC法で不可欠な熱刺激による電荷の脱トラップが不要である。このESR法は、ペンタセン[18]、フラーレン(C60)[19]、 P3HT[19,21]を用いた有機デバイス中の電荷キャリア状態の微視的な性質、例えば素子界面におけるスピン状態やその波動関数の広がりを解明することに成功している。更に、この手法はペンタセン/C60積層膜を用いたヘテロ接合型の有機薄膜太陽電池やその積層試料にも適用され、素子作製時のペンタセン層における電荷形成を暗状態において直接観測することにも成功している[22,23]。しかし、ESR法を用いて素子動作時に高分子太陽電池中に生じる光生成された電荷キャリアの蓄積についての研究は行われていない。この微視的な観点からの研究は電荷が蓄積された箇所を解明するのに極めて有効であり、その解析結果は素子の耐久性や性能の向上に役立つと考えられる。
 本稿では、P3HT:PCBM混合膜を用いた高分子太陽電池を対象にし、ESR法を用いて素子動作時に素子中に蓄積された電荷キャリア状態を微視的な観点から研究した結果について紹介する[24]。我々は、疑似太陽光照射下の条件で、光誘起ESR(LESR)信号と素子特性(短絡電流および開放電圧)を、同一素子を用いて同時に計測した。ESR信号の解析により、光生成された正孔キャリアが蓄積している分子がP3HTであることを解明できた。そして、ESRと素子特性の同時計測により、 LESR強度の増加が素子性能の劣化と明瞭に相関することを証明できた。更に、PEDOT:PSS/P3HT:PCBM有機積層膜も用いることで、光生成された正孔キャリアの深いトラップ準位を持つ個所がPEDOT:PSS/P3HT:PCBM界面に存在することが分かった。これが高分子太陽電池の素子性能の可逆的な初期劣化の主要な原因であることが明らかになった。

実験

 市販品のP3HT(Sigma-Aldrich、Plexcore OS 1100、立体規則性:98.5%)、PCBM(Frontier Carbon、nanom spectraE100、純度:99.2%)、PEDOT:PSS(Clevios PAI4083)を素子作製に用いた。P3HT、PCBM、PEDOT、PSSの化学構造式をFig.1に示す。用いた素子構造はITO/PEDOT:PSS(~40nm)/P3HT:PCBM(~160nm)/Pd(1.2 nm)/LiF(0.6nm)/Al(100nm)である。PEDOT:PSS水溶液をITOが成膜された石英基板上にスピンコートし、PEDOT:PSS薄膜を作製した。その後、アルゴン雰囲気下で140°C、10分間熱処理を行った。P3HTとPCBM(重量比1:0.8)のo -ジクロロベンゼン水溶液(3.4重量%)を作製し、磁気撹拌機で30分、70°Cで撹拌後、PEDOT:PSS膜上に回転数1000rpm、回転時間75sでスピンコートし、P3HT:PCBM混合膜を成膜した。 P3HT:PCBMとPEDOT:PSSの界面の面積は3mm×~14mmである。その後、真空蒸着法により2×10-4Pa以下の真空下でPd、LiF、Al層をP3HT:PCBM混合膜上に負極として作製した。最後に、完成した素子をアルゴン雰囲気下で140℃、30分間熱処理を行い、配線後、ESR試料管に真空封止した。負極側にPdを用いることで素子特性が向上することを確認している。なお、PdやLiFが無い素子を用いた場合でも、以下の結果と本質的に同様な結果が得られている。
 J-V特性はAgilent Technology B1500A半導体デバイスアナライザーを用いて、疑似太陽光照射下(AM 1.5G、100mW cm-2)、温度290K、アルゴン雰囲気下で評価した。ESR測定はJEOL RESONANCE JES-FA200 X-バンド分光計を用いて、真空下、温度290Kで行った。ESR信号のスピン数、g因子、線幅は標準Mn2+マーカー試料を用いて校正した。スピン数の絶対値は4-hydroxy-2,2,6,6-tetramethylpiperidin-1-oxyl(TEMPOL)の溶液(220μl)を標準として計算した。g因子の校正はJEOL RESONANCE社製のプログラムを用いて有効共鳴磁場に対する高次補正を考慮して行った。その正確性は別の標準試料2,2-diphenyl-1-picrylhydrazyl(DPPH)を用いても確認した。LESRと素子特性の同時測定はKeithley 2612Aソースメータを用いて、Bunkoukeiki OTENTOSUN- 150BXM による疑似太陽光照射下(AM 1.5G、100mW cm-2)、温度290Kで行った。開放状態での同時測定は短絡状態での同時測定を行った直後に同一素子を用いて行った。

fig.1画像
【Fig.1 本研究で使用された有機材料の化学構造式:a)立体規則性ポリ(3-ヘキシルチオフェン)(P3HT)、b)[6,6]-フェニルC61酪酸メチルエステル(PCBM)、c)ポリ(3,4-エチレンジオキシチオフェン)(PEDOT)、d)ポリ(4-スチレンスルホン酸)(PSS)。】
 

結果と考察

 初めに太陽電池の素子特性について説明する。通常の20mm×20mmのサイズのITO基板を用いて2mm×2mmの活性面積を持つ素子を作製した場合、次の典型的な素子パラメータが得られた:短絡電流密度(Jsc)は~7.1 mA cm-2、開放電圧(Voc)は~0.66V、曲線因子(FF)は~0.60、PCEは~2.8%。これらの値は他のグループから報告されている値と同等である[3-9,16,17]。従って、我々の素子作製法により標準的な素子動作が確認された。しかし、ESR実験用に作製した太陽電池の素子パラメータは、以下に示す困難な点により、上記の値よりも低い値となった。1番目の問題点は、我々のESR実験では素子を内径3.5mmのESR試料管中に挿入するため、3mm×20mmのサイズの細長いITO基板を用いる点が挙げられる(文献22のFig.1cを参照)。2番目の問題点は、素子動作に起因したLESR信号の信号対雑音比(SN比)を向上させるため、大きな活性面積を持つ素子を作製する点が挙げられる。本研究では2mm×10mmのサイズの活性面積を採用した。従って、細長いITO基板を用いたスピンコーティング法の難しさのため、非対称な活性面積を持つ薄膜の膜厚に揺らぎが生じ、膜質は低下する。その結果、素子性能であるJscVocはそれぞれ約2.2mA cm-2と0.35Vに減少した。この低い素子性能にも関わらず、ESR実験用の素子は他のグループから報告されている場合と同様な素子動作時の性能劣化を示した[16,17]。従って、以下に示すESR研究により得られた微視的な解析結果は、素子動作時の性能劣化の本質的な問題を解明するのに有用であると考えられる。
 次に、素子動作時の太陽電池の光誘起ESR(LESR)信号について述べる。測定は、真空下、室温で行った。Fig.2は、それぞれ(a)短絡状態と(b)開放状態における同一素子のLESR信号の疑似太陽光照射時間依存性を示す。ここでLESR信号は、疑似太陽光照射時のESR信号から、暗状態のESR信号を差し引くことで求めている。図の縦軸は標準Mn2+マーカー試料のピーク間ESR強度IMnを単位として表示している。その標準試料はJEOL RESONANCE社製のESR空洞共振器の内壁に取り付けられている。このESR実験では、外部磁場を100kHzの変調周波数で変調した定常波法を用いている。つまり、本手法では10μs以下の短い寿命を持つ光生成された電荷キャリアは観測できない。電極に向けて自由に拡散する電荷キャリアは素子の標準的な動作に寄与する。従って、観測されたLESR信号は10μs以上の寿命を持つ光生成された電荷キャリアの蓄積(またはトラップ)に起因する。Fig.2aとFig.2bに示されるように、両方の動作条件下で、LESR強度が徐々に増加することが明瞭に観測されている。短絡状態におけるLESR信号の増加速度は、開放状態での増加速度より大きい。g 値とピーク間ESR線幅ΔHppは、それぞれ(a)g=2.0022、ΔHpp=0.25mTと、(b)g=2.0023、ΔH pp=0.24 mTと求められた。これらの値は、有機電界効果デバイスのP3HT膜中の正孔キャリア(正ポーラロン)の値と一致している[19,21]。従って、このLESR観測により、観測されたスピン種がP3HTの分子中に蓄積されている光生成された正孔キャリアであることが直接証明された。
 正孔の蓄積箇所をさらに解析するために、有機積層薄膜試料のITO/P3HT:PCBM、ITO/PEDOT:PSS、ITO/PEDOT:PSS/P3HT:PCBMに対してLESR測定を行った。 ITO/P3HT:PCBMとITO/PEDOT:PSS/P3HT:PCBMの試料については、Fig.2aとFig.2bで観測されたのと同じLESR信号が観測された。しかし、ITO/PEDOT:PSSの試料についてはそのようなLESR信号を観測出来なかった。また、PCBMのESR信号は1.9982-2.00058のgテンソル値を持つことが報告されており[25-27]、 その値はFig.2aとFig.2bで観測されたg値と全く異なっている。更に、PEDOT:PSSとPEDOTのESR信号はFig.2aとFig.2bで観測されたESR線幅よりも広いESR線幅を示すことが報告されている[28,29]。従って、Fig.2aとFig.2bで観測されたLESR信号はP3HT中に蓄積された正孔キャリアに由来すると断定できる。ここで、PCBM上のラジカルアニオン(電子)によるLESR信号が観測されない理由を補足すると、室温ではフラーレンの電子のスピン緩和は早いので、ESR信号の線幅が極めて広くなり、ESR信号の強度が検出感度以下になってしまう点が挙げられる[19,27]。
 次に、LESRと素子特性の同一素子を用いた同時計測の結果について述べる。ESR測定の結果を議論するために、P3HT中で光生成後に蓄積した正孔キャリアに由来するスピン数Nspinを用いる。これは光照射前に素子に存在していたスピン数から光照射によって増加したスピン数の変化分であり、約320.5-322mTの磁場範囲のLESR信号の2回積分値を標準Mn2+マーカー試料の積分値と比較して算出している。Fig.2cとFig.2dは、それぞれNspinと素子パラメータJscおよびVocの疑似太陽光照射時間依存性を示す。これらの結果はNspinの増加が素子性能の劣化と明瞭に相関することを示す。つまり、疑似太陽光の照射時間が増加するにつれてNspinは単調に増加し、JscおよびVocはそれに付随して減少している。この明瞭な相関はP3HT中の光生成された正孔キャリアの蓄積が素子パラメータJscおよびVocを劣化させていることを証明している。この様な微視的なESR特性と巨視的な素子パラメータとの間の明瞭な相関が観測されたのは、我々の知る範囲において初めての例である。後で議論するように、この蓄積された電荷が素子内の内部電界に影響し、それが電流の流れを妨げ、素子内に余分なポテンシャルを生成している。
 これまで他のグループにより、増加した電荷の蓄積(またはキャリア濃度)がJscVocに影響を与えることが詳細に研究されている[16,17]。これらの研究は素子動作時におけるJscVocの減少を示し、我々の素子の結果と一致している。また、注目すべき点として、電荷の蓄積や素子パラメータJscおよびVocの可逆性が、光照射を止めた後のESRとJ-V特性の測定から確認されたことが挙げられる。これはこれまでの報告と一致している[16,17]。一方、他のグループにより、高分子薄膜中において、低温[30]や光照射下での酸素等の外因的な要因[27]によって生じた深い電荷トラップに由来する長寿命の電荷キャリアが存在することが報告され、そのような外因的な要因に由来する電荷トラップのJscVocに対する影響も研究されている[13,14]。我々の素子は真空下でESR試料管中に封止されているため、これらの外因的な要因による影響については検討出来ていないが、これらが本研究の結果に対して与える影響は興味深い問題であり、今後の課題となる。
 次に、光生成された正孔キャリアの蓄積箇所について詳細に議論する。Fig.2cとFig.2dに示されるように、短絡状態での光生成された正孔キャリアの蓄積速度は、開放状態での蓄積速度より大きい。短絡状態では素子内の光活性層に内部電界が存在している。この内部電界により光生成された正孔キャリアはPEDOT:PSS層とP3HT:PCBM層の界面を通ってITO電極へ移動する。従って、短絡状態と開放状態との間の電荷蓄積速度の差は、PEDOT:PSS/P3HT:PCBM界面の効果に由来すると考えられる。この正孔蓄積に対する界面の効果を明らかにするために、有機積層薄膜試料のITO/P3HT:PCBMとITO/PEDOT:PSS/P3HT:PCBMを用いて、疑似太陽光照射におけるLESRの過渡応答特性を調べた。Fig.3aとFig.3bは(a)ITO/P3HT:PCBMと(b)ITO/PEDOT:PSS/P3HT:PCBMの試料に対するNspinの過渡応答特性を示す。ITO/P3HT:PCBMの場合、疑似太陽光照射下でNspinは単調に増加する。光照射を止めるとNspinは急速に小さい値まで減少し、その後、小さい残留成分は徐々に減少する(Fig.3a参照)。しかし、ITO/PEDOT:PSS/P3HT:PCBMの場合には異なる振る舞いが観測された。つまり、光照射を止めた後、大きな残留成分が明瞭に観測された(Fig.3b参照)。残留成分の寿命は極めて長く、室温では40時間以上ある。従って、この結果はITOとP3HT:PCBMとの間にPEDOT:PSS層を挿入することにより、PEDOT:PSS/P3HT:PCBM界面のP3HTに深いトラップ準位を持つ正孔の蓄積箇所が形成されることを示している。この正孔蓄積を用いるとFig.2で観測されているNspinの異なる増加速度が合理的に説明できる。つまり、短絡電流の流れのためPEDOT:PSS/P3HT:PCBM界面に正孔キャリアが容易に蓄積されるためである。ここで補足であるが、Fig.2c、Fig.2d、Fig.3a、Fig.3bに示されている光照射のオンオフ時に観測されるNspinの急速な変化成分は、光生成後にP3HT中に浅くトラップされた正孔に由来し、この蓄積箇所はP3HT:PCBM混合膜中に存在すると考えられる。
 ESR研究から得られた結果をFig.3cにまとめる。これは界面における疑似太陽光照射下の正孔蓄積を説明している。初めに、PEDOT:PSS 層上にP3HT:PCBM 膜を成膜すると、深いトラップ準位を持つ正孔の蓄積箇所が形成される(Fig.3cの左図参照)。次に、光生成された正孔キャリアが、PEDOT:PSS/P3HT:PCBM界面のP3HT分子にある深いトラップ準位を持つ箇所に蓄積される(Fig.3cの右図参照)。この正孔蓄積は、短絡状態での内部電界による界面での電流の流れにより増強される。ここで、Fig.3cで示された界面におけるP3HTの最高被占有分子軌道(HOMO)のエネルギー準位シフトについて説明する。このエネルギー準位シフトは界面電気双極子に関係し、P3HTのHOMO(4.7-5.1eV)[31,32]とPEDOT:PSSの仕事関数(5.3eV)[8,22]のエネルギー差に由来するP3HTからPEDOTへの電子移動によって引き起こされる。この電子移動は暗状態でP3HT中に正孔を形成する。この現象はPEDOT:PSS正孔バッファー層を持つヘテロ接合型ペンタセン/C60太陽電池のESR研究でも観測されている[22]。本研究ではこの暗状態での正孔形成を、有機積層薄膜試料のquartz/P3HT:PCBMとquartz/PEDOT:PSS/P3HT:PCBMのESR信号を測定することで確認した。つまり、quartz/PEDOT:PSS/P3HT:PCBMの試料の場合、暗状態でのP3HT由来のスピン数は3.2×1012と得られ、これはquartz/P3HT:PCBMの試料の場合に得られたスピン数4.6×1011よりも大きい。この結果は暗状態におけるP3HTからPEDOT:PSSへの電子移動に由来したP3HT中の正孔形成を示している。なお、Fig.3cでは、疑似太陽光照射下でのP3HT中の正孔蓄積を明瞭に示すために、この暗状態での正孔形成は示していない。
 以下、Fig.2c、Fig.2dに示された相関について詳しく議論する。初めに、PEDOT:PSS/P3HT:PCBM界面での蓄積正孔に起因した界面電気双極子層を用いて、Vocの減少を説明する。蓄積された正孔のため界面電気双極子層が形成されると、界面で真空準位シフトが生じる[33]。その様な真空準位シフトは、界面の分子のエネルギー準位をシフトさせ、太陽電池のVocを減少させる[34]。ここで、電気容量の式Q=CVを用いて、PEDOT:PSS/P3HT:PCBM界面での正孔蓄積に起因した界面電気双極子長(d)を評価する。Sを界面の面積、ΔNspinとΔVocをそれぞれ界面での正孔蓄積によるNspinの増加分とVocの減少分、eを電気素量、ε0を真空の誘電率、εrをP3HT:PCBM材料の誘電定数[35]とすると、dは以下の様に表せる:



実験値S=0.4cm2、ΔNspin=1.2×1012、ΔVoc=0.11Vを用いると、dは約1nmと評価できる。この長さはP3HTのアルキル側鎖の長さに対応している可能性がある[36];アルキル側鎖はπ電子を持たない絶縁体である。ΔVocがΔNspinに比例することは注目すべき点であり、これはFig.2dに示された実験結果を良く説明する。
 続いて、正孔蓄積に起因した電荷キャリア散乱を用いてJscの減少を説明する。その様な散乱は太陽電池における他の電荷キャリア散乱とは独立であると考えられ、その場合、以下に示す様に素子中の移動度μに対してマティーセン則が使える[37]:



ここでμSCμHAはそれぞれ正孔蓄積が無い場合と有る場合の太陽電池中の電荷キャリア散乱に関係する2つの移動度成分を示す。後者は比例定数cを用いてNspinに依存する。式(2)と素子中の電荷密度nと内部電場Eを用いると、太陽電池における電流密度jは以下の様に表わせる:



式(3)はNspinが増加するにつれてjが減少することを示す。この振る舞いはFig.2cで示された実験結果を良く説明する。従って、素子中の蓄積正孔により誘起された電荷キャリア散乱が疑似太陽光照射下の素子動作時にJscの減少を引き起こしていると考えられる。
 最後に、正孔蓄積箇所における乱れた分子配向について説明する。Fig.4は有機積層膜ITO/PEDOT:PSS/P3HT:PCBMにおける暗状態と疑似太陽光照射下でのP3HTのESR信号とLESR信号を示す。これらの信号は、P3HTのESR信号を明瞭に示すために、ITO/PEDOT:PSS/P3HT:PCBMのESR信号からPEDOT:PSSのESR信号を差し引くことにより求めている。暗状態ではP3HTのESR信号が観測され、これは上で述べたようにP3HTとPEDOT:PSSとの間の電荷移動に由来した正孔形成に起因している[22]。得られたg値(2.0018)は、報告されているP3HT分子のg値の異方性[21]を考慮すると、正孔が形成された箇所が秩序だったラメラ構造であることを示している。一方、疑似太陽光照射後のP3HTのLESR信号は、秩序だったP3HT分子のg値とは異なる値(2.0022)を示している。この結果は正孔蓄積箇所の分子配向は乱れており、秩序だったラメラ構造とは異なることを明瞭
に示している。この乱れた分子配向はLESR信号の詳細な異方性測定からも更に確認されていることを補足しておく。


【Fig. 2 a)、b)磁場範囲320.4-322 mT におけるITO/PEDOT:PSS/P3HT:PCBM/Pd/LiF/AlのLESR信号。様々な光照射時間における疑似太陽光(AM 1.5 G、光強度100 mW cm-2)の照射下で得られた。それぞれa)短絡状態とb)開放状態の信号を示す。測定温度は290 Kで、外部磁場H は基板に平行である。縦軸は標準Mn2+マーカー試料のESR信号のピーク間ESR強度IMnを単位として表示している。データは1時間の光照射下で測定されたLESR信号を平均化して求めている。c)、d)Nspinと素子パラメータc)Jscおよびd)Vocの疑似太陽光照射時間依存性。測定温度は290 K。Nspinは1時間の光照射下でのP3HTのLESR信号を平均化して求めており、1時間の光照射時間の平均時刻で表示している。】


【Fig. 3 a)ITO/P3HT:PCBMとb)ITO/PEDOT:PSS/P3HT:PCBMのNspinの疑似太陽光照射における過渡応答特性。測定温度は290 K。Nspinは1時間の光照射下で測定されたP3HTのLESR信号を平均化して求めており、1時間の光照射時間の平均時刻で表示している。 c)PEDOT:PSS/P3HT界面におけるエネルギー準位図。疑似太陽光照射後のP3HT分子における光生成された正孔キャリアの蓄積を模式的に説明している。】


【Fig.4 ITO/PEDOT:PSS/P3HT:PCBMにおける暗状態と疑似太陽光照射下でのP3HTのESR信号とLESR信号。測定温度は290 K。外部磁場は基板に平行である。波線は暗状態でのESR信号を示す。波点線は疑似太陽光照射20時間後のESR信号を示す。実線はLESR信号を示し、これは疑似太陽光照射下のESR信号から暗状態でのESR信号を差し引くことにより求めている。】
 

結論

 我々はITO/PEDOT:PSS/P3HT:PCBM/Pd/LiF/Al構造の高分子太陽電池素子を作製し、疑似太陽光照射下でLESRと素子特性の同時計測を行い、素子動作時の性能劣化機構を分子レベルで解明した。疑似太陽光照射下でLESR信号は単調に増加すること観測し、それが素子動作時に素子のP3HT中に蓄積されている光生成された正孔キャリアに由来することを微視的な観点から初めて立証した。また、正孔蓄積に由来するNspinの増加が素子パラメータJscおよびVocの劣化と明瞭に相関することを明らかにした。この相関はP3HT中の正孔蓄積が素子性能の可逆的な初期劣化を引き起こしていることを証明している。有機積層膜の研究から、深いトラップ準位を持つ正孔蓄積の箇所は、PEDOT:PSS/P3HT:PCBM界面におけるP3HT中に形成されていることが分かった。これにより素子の短絡状態でのLESRの増加速度が開放状態の場合よりも大きいことが説明される。従って、PEDOT:PSS/P3HT:PCBM界面の改善が、素子動作時の正孔蓄積を抑制し、素子の耐久性を向上するために有用であると考えられる。また、他の太陽電池に対しても、ESR研究より得られた微視的な情報に基づいて素子動作時の素子中の電荷蓄積を低減することにより、素子の耐久性の更なる向上が可能であると考えられる。

謝辞

 本研究は、永森達矢氏と八武崎正樹氏との共同研究であり、日本学術振興会科学研究費助成事業(24560004、22340080)とJST戦略的創造研究推進事業さきがけの一環として行われたものである。

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