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極低温プローブ 「UltraCOOL プローブ/SuperCOOL プローブ」

日本電子 news Vol.46 No.8 朝倉 克夫、藤井 直之
株式会社JEOL RESONANCE

はじめに

 あらゆる機器分析のなかで、NMRは最も感度の悪い分析法の一つです。これはNMRが対象とする共鳴現象のエネルギー帯が、電磁波の中で最も低い部類にあたるラジオ波に相当することに起因します。より高エネルギーの電磁波を利用する紫外/可視分光法などは、NMRと比較にならない高感度で微量試料の分析をおこなうことができます。NMRがそれほど低感度で、分析に多量の試料を要求されるにも関わらず、化学領域でなぜこれほど重要かと言えば、それはやはりNMRが与えてくれる情報量の多さに他なりません。未知試料の分子 構造解析をおこなうために、NMRは必要不可欠の分析法と言ってよく、質量分析法や赤外分光法とともに、有機化学の分析における三種の神器の座を揺るぎないものにしています。しかし、やはり感度が低いことは分析化学者にとって大きなデメリットには違いなく、試料量が限られる天然物などの構造解析を現実的な ものにするために、NMRの出現以来様々な高感度化の試みが研究されてきました。古くはパルス/フーリエ変換法による積算効率の向上にともなった実効感度の増強や、高磁場化による感度上昇がおこなわれ、現在ではごく当たり前に利用されています。この他に、NMRの信号検出をより効率よくおこなうためのプローブ開発も長年に渡り進められてきました。プローブの検出感度を向上させるための技術は種々あります。たとえば、Φ10mmプローブなどの大口径プローブは、大口径試料管を用いることにより、検出される試料の量を増やし、信号検出感度を高めることを狙っています。またΦ3mmプローブなどの小口径プローブは、コイルと試料の距離を近づけ、濃縮した試料を効率よく検出することを目的としています。さらには、キャピラリータイプのプローブなどでは、一般的な超伝導FT-NMR装置のプローブで使用されるヘルムホルツコイルの代わりに、より感度の高いソレノイドコイルを使用しています。このように、一般的なΦ5mmの試料管を使用せずに、特殊な試料形態で検出感度を向上させる方法は、それぞれに 異なる特長を有しており、目的に応じて使い分けられます。一方で通常の試料管を使用して検出感度を高めるには、これらの方法は適用できません。例えば試料量の限られた低溶解度の試料では、大口径プローブや小口径プローブを有効に活用することが難しいですが、このような場合に有効なのが、極低温プローブです。

極低温プローブと感度

 極低温プローブは、検出コイルをはじめとする検出回路を冷媒により極低温に冷却します。冷媒としては、ヘリウムまたは窒素が一般的に用いられています。極低温に冷却された検出回路は、コイルの感度を高めると同時に、熱的なノイズを減少させることによって相対的に信号の検出限界を高めます。NMRにおける感度とは、信号(Signal)とノイズ(Noise)の強度比であるSN比で規定されます。従って、信号強度を高め、ノイズ強度を減少させることは、感度を大幅に向上させることに他なりません。(Fig.1)極低温プローブでは、一般に検出コイルと信号増幅回路であるプリアンプをそれぞれ冷却します。これらの回路に使用される金属材料は、冷却されることによって電気抵抗が減少します(Q値の増大)。これと同時に熱的ノイズも減少されるため、極低温プローブの感度は、温度の逆数に比例することになります。(式1)式1からも明らかなように、極低温に冷却された検出回路は、感度を大幅に向上させます。UltraCOOLプローブでは検出コイルが液体ヘリウム温度付近まで冷却され、SuperCOOLプローブでは液体窒素温度付近まで冷却されます。プローブ及び検出回路の冷却方式には、冷凍機で冷却されたヘリウムガスを循環する循環式(Closed)と、液体窒素を直接導入する開放式(Opened)があり、UltraCOOLプローブでは循環式、SuperCOOLプローブでは循環式と開放式のいずれかが用いられています。開放式は液体窒素を定期的に補充する必要がありますが、冷媒の循環機構が不要になるため、プローブの導入コスト及びメンテナンスコストを共に低減します。いずれのプローブでも、検出回路のみが冷却され、試料は室温に保たれていなければなりません。極低温のコイルと室温の試料との温度差はUltraCOOLプローブでは300℃以上に達しますが、それらの間は真空断熱層で熱的に分離されています。(Fig.2)(Fig.3)また、プローブ内部は断熱のために高真空に保たれている必要があります。UltraCOOLプローブでは液体ヘリウム温度付近への冷却によって、室温プローブの4倍から5倍程度の感度向上が達成され、SuperCOOLプローブでは液体窒素温度への冷却により、室温プローブに対して2倍から3倍の感度向上が達成されます。NMRにおける信号の積算は信号の強度増加と同時にノイズの増加もあるため、SN比は積算回数の1/2乗に比例することになります。従って、感度が4倍から5倍に向上されれば、同じSN比のスペクトルを得るために必要な積算回数は1/16から1/25で良いことになります。これまで数日かかっていた測定が数時間で完了するため、装置の運転効率を著しく向上させることが可能となります。(Fig.4)(Fig. 5)下図の測定例では、13Cは、室温プローブでは積算を多数回重ねないと信号が得られていませんが、UltraCOOLプローブでは1回の積算で全ての信号が確認できています。(Fig.6)また 、13C-13Cの結合を明らかにするINADEQUATE測定では、現実的な時間でほぼ全ての結合を検出することができています。(Fig.7)この試料では43時間で結果が得られていますが、同じ測定を室温プローブでおこなった場合、25倍の1075時間に及ぶ積算が必要になります。45日間の積算はまったく現実的ではありません。UltraCOOLプローブ及びSuperCOOLプローブは、150℃までの高温測定を安定して実行することができます。150℃での測定では、近傍にあるコイルと試料の温度差が400℃を越えますが、長時間に渡る測定でも安定して検出が可能です。(Fig.8

Fig.1 電気回路と温度
【Fig.1 電気回路と温度。】

式1 感度(S/N)の式
【式1 感度(S/N)の式。】

Fig.2 極低温プローブの構造
【Fig.2 極低温プローブの構造。】

Fig.3 極低温プローブの周辺機器構成
【Fig.3 極低温プローブの周辺機器構成。】

Fig.4 UltraCOOL プローブ外観
【Fig.4 UltraCOOL プローブ外観。】

Fig.5 <sup>13</sup>Cの感度 800MHz, ASTM, 1 scan
【Fig.5 13Cの感度 800MHz, ASTM, 1 scan。】

Fig.6 <sup>13</sup>C 1次元測定 800MHz, 29 mg codonopilates in CDCl<sub>3</sub>
【Fig.6 13C 1次元測定 800MHz, 29 mg codonopilates in CDCl3。】

Fig.7 <sup>13</sup>C 2D-INADEQUATE 800MHz, 10 mg paeoniflorin in CD<sub>3</sub>OD, 512 scans(約43 h)
【Fig.7 13C 2D-INADEQUATE 800MHz, 10 mg paeoniflorin in CD3OD, 512 scans(約43 h)。】

Fig.8 ポリプロピレンのODCB-d<sub>4</sub>溶液
【Fig.8 ポリプロピレンのODCB-d4溶液 下段:150℃ , 20000 scans(19 h)。上段:750MHz, 室温プローブ , 20,000 scans 測定温度 : 110℃
データご提供:大阪大学(当時)右手 浩一 先生】
 

おわりに

 UltraCOOL及びSuperCOOLプローブは、従来のNMRプローブの感度を飛躍的に向上させ、測定時間を劇的に短縮することができます。従来の室温プローブと同等の使用感 で高温測定まで使用できるため、ポリマー試料をはじめとして様々な領域でハイ スループット分析の一助となることが期待されます。

謝辞

 800MHz UltraCOOLプローブによる測定は、国立医薬品食品衛生研究所 合田博士のご協力のもとで測定いたしました。また、サンプル並びにデータをご提供いただきました。 UltraCOOLプローブ及びSuperCOOLプローブの開発の一部は科学技術振興機構 戦略イノベーション創出推進プログラム(研究開発テーマ「超伝導システムによる先進エネルギー・エレクトロニクス産業の創出」)の支援により進められています。

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