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スパイラルイオン軌道を用いた超高分解能MALDI-TOFMSによるポリマーの精密構造解析 [MALDI Application]

日本電子news Vol.47 No.2 佐藤 浩昭
産業技術総合研究所 環境管理研究部門

はじめに

 ポリマーの特性には分子構造が大きく影響しており、ポリマーの詳細な化学構造解析は、優れたポリマー材料を開発するうえで極めて重要である。ポリマーの分子構造特性の解析項目は多岐にわたり、 NMRやIRなどの分光学的手法、熱分解ガスクロマトグラフィー(Py-GC)、高速液体クロマトグラフィー(HPLC)、サイズ排除クロマトグラフィー(SEC)などのクロマトグラフィーと並んで、質量分析法が利用されている。なかでも、マトリックス支援レーザー脱離イオン化飛行時間型質量分析法(MALDI-TOFMS)は、ポリマー分子をほとんど分解することなくイオン化し、その質量情報を得ることができるため、ポリマー鎖の繰り返し単位や末端基の構造、平均分子量及び分子量分布、共重合体の組成解析などに活用されている。しかし、共重合体や様々なポリマーや添加剤が混合された製品をMALDI-TOFMSで測定した場合、わずかに精密質量が異なる成分を分離して観測することが困難になる。そこで、スパイラルイオン光学系を備えた超高分解能TOFMS(spiral-TOFMS)を用いれば、これらのピークを明確に分離して解析することが可能になる。本稿では、 MALDI spiral-TOFMSを用いたポリマーの微細化学構造解析の例を紹介する。

飛行時間型質量分析装置と分解能

 MALDIと組み合わせる質量分析部には、レーザー光のパルス照射によって間欠的に生じるイオンの質量分析に適したTOFMSが用いられる。MALDI-TOFMS装置は、紫外レーザー、イオン源、フライトチューブ、検出器などから構成されている。レーザー光のパルス照射によって生じたイオンは、試料プレートと引き出し電極の間に加えられた電位差によって加速され、フライトチューブへと引き出される。イオンはフライトチューブ内を等速飛行した後に、検出器に衝突し、検出される。ここで、イオンが長さL(m)のフライトチューブを速度v(m/s)で飛行した時、検出器に到達するまでの時間t(s)は、次式のようになる。

 

 一方、z 価のイオンが加速電圧V0(V)により飛行する荷電粒子に対するエネルギー保存の法則により、式(2)が得られる。

 

すなわち、

 

 ただし、mはイオンの質量(Da)、eは電気素量(1.60×10-19 C)、 uは原子質量単位 (1.66×10-27 kg)である。
 式(3)を式(1)へ代入して、

 

 すなわち、イオンの飛行時間(t)は質量電荷比(m/z)の平方根に比例する。ここで、分解能を向上させるには、飛行時間tを長くすればよい。式(4)において、可変パラメータは飛行長Lと加速電圧V0である。しかし、加速電圧を低下させると初期速度の差異の影響が大きくなり、かつイオンの引き出し効率が低下するため、現実的には飛行長Lを伸ばすしか方法はない。しかし、フライトチューブを直線状に延長しただけでは装置が大型化するうえ、イオン軌道の拡散による損失が大きくなるため現実的ではない。そこで、コンパクトな円筒電場内でイオンをらせん状に周回させることにより、約17mもの飛行長を達成するTOFMS装置(SpiralTOFTM)が日本電子(株)により開発され[1,2]、JMS-S3000として上市された。Fig.1に、このスパイラルイオン光学系の構成を示す。この装置では、1周2.1mの軌道を8周回し、各周回ごとにイオンビームが収束するため、長い飛行距離の際に問題となるイオン軌道の拡散による感度低下が抑制されている。その結果、質量が数千の試料に対して、ピーク半値幅で分解能6万以上が得られ、小数点以下3桁(ミリマス)レベルでの精密な質量分析を容易に行うことができるようになった。

スパイラルイオン軌道の模式図。(日本電子より提供)
【Fig.1 スパイラルイオン軌道の模式図。(日本電子より提供)】

MALDI-TOFMSを用いたポリマーのキャラクタリゼーション

 ポリマーのMALDIマススペクトル上には、一定間隔で現れるピー系列が観測される。MALDIマススペクトル上で観測されるピークのm/z値は、次式で求められる。

 

 ここで、Mmonomerは繰り返し単位の質量、nは重合度、Mendは末端基の質量、Mcationは付加したカチオン(Na+など)の質量である。これらのうち、Mmonomerは周期的なピークの間隔から求めることができ、Mcationは用いたカチオン化剤の種類から推測することができる。そして、一般にはMend < Mmonomerとなるように整数nを代入して末端基の質量を推測する。
 構造が単純なホモポリマーであれば、MALDI-TOFMSで比較的容易に構造を推測することができる。しかしながら、工業的に利用されているポリマーの多くは、複数のモノマー単位からなる共重合ポリマーや、複数のポリマーのブレンドであるうえ、難燃剤、酸化防止剤、安定剤、界面活性剤、顔料など、様々な添加剤が加えられている。このような試料をMALDI-TOFMSで測定すると、非常に多くのピークが観測され、また複数のピークが重複する可能性が高くなり、正確な質量を求めて構造解析を行うことが困難になる。
 整数質量(質量数という)が同じであるが同位体組成の違いによって精密質量が異なるものを同重体という。複雑な構造をもつポリマー試料の同重体のピークを分離して観測するためには、高分解能質量分析が必要になり、超高分解能のフーリエ変換イオンサイクロトロン共鳴質量分析装置(FT-ICRMS)が有力な手段であると考えられる。しかし、FT-ICRMSはきわめて高価な装置であり、高度な測定技術が要求されるうえ、実はMALDIイオン源との組み合わせがあまり得意ではない。FT-ICRMSは、イオンをトラップしてサイクロトロン運動させるためにミリ秒~数十秒の時間が必要であるが、多くの場合MALDIで生じたポリマーのイオンの寿命はそれ以下であることが多いため、特異的に安定なポリマーのイオンしか質量分析を行うことができない。しかも、マトリックス剤もイオン寿命に大きく影響するため、用いることができるマトリックス剤が限定される。また、ICRセルの中にトラップできるイオンの数に制限があるため、1成分当たりの相対存在量が少ない共重合体を質量分析すると感度が不足する。そのため、MALDI FT-ICRMSを用いた共重合体の測定事例はそれほど多くはない。このような試料の解析には、TOFMSの長所を有しながら超高分解能を達成できるMALDI spiral-TOFMSが有効である。ここでは、MALDI spiral-TOFMSを用いた複雑な構造をもつポリマーの構造解析を行った事例を紹介する。

MALDI spiral-TOFMSを用いた共重合ポリマーの構造解析

 共重合ポリマーとは、2種類以上のモノマーから構成されるポリマーである。ポリマー材料の特性や機能を改質するために、工業材料では共重合ポリマーが多く用いられている。共重合ポリマーを設計・改良するためには、共重合組成、連鎖長、末端基、分子量分布などの化学構造特性を把握する必要がある。ここでは、ラジカル重合により合成したメタクリレート系共重合体の構造解析を行った例を紹介する[3]。
 ここで用いた試料は、メタクリル酸メチル(MMA)とメタクリル酸tert -ブチル(tBMA)のランダム共重合体[p(MMA-co-tBMA)]である。このポリマーは、あえて多様な末端基が生じるように、重合溶媒には連鎖移動剤の役割を持つ乳酸エチル(EL)を用い、2、2-アゾビス(2、4-ジメチルバレロニトリル)(AVN)を開始剤としたラジカル重合で合成したモデル化合物である。この条件下では、開始末端はAVN残基かEL残基のいずれかになる。重合反応は、飽和及び不飽和末端を生じる不均化反応か、成長ラジカル鎖どうしの再結合により停止する。そのため、Fig.2(a)に示す7種類の末端基の組み合わせが存在し得るうえ、それぞれに共重合組成が異なる成分が存在することになる。
 Fig.2(b)は、仕込み比MMA/tBMA = 45/55(mol/mol)のp(MMA-co-tBMA)をMALDI spiral-TOFMSで観測した高分解能マススペクトルである。共重合組成と末端基に様々な組み合わせがあり、かつ同位体も存在するため、このマススペクトルでは極めて多くのピークが観測されている。しかし、spiral-TOFMSを用いることによってm/z 3000まで分解能約6万が達成され、同重体イオンをピーク分離することができ、観測された精密質量から、各ピーク成分の共重合組成および末端基を帰属することができた。例えば、m/z 1218付近の拡大図に示すm/z 1218.714のピークは、AVN開始末端と不均化停止による飽和末端をもつtype IIの末端基の組み合わせで、共重合組成がMMA 8単位tBMA 2単位からなる成分[II(M8B2)と表記]であり、m/z 1218.748のピークはEL溶媒開始末端と不飽和末端をもつtype IIIの末端基の組み合わせで、共重合組成がMMA 4単位tBMA 4単位からなる成分[II(M4B4)]である。なお、隣接するm/z 1218.646のピークは、I(M8B2)の同位体ピークである。
 Fig.3は、異なる共重合組成をもつ試料のマススペクトルについて、m/z 1226-1232を拡大して比較したものである。MMA/TBMA=12/88 (mol/mol)で仕込んだ試料[(12/88)と表記]では、m/z 1226.832とm/z 1228.844に不均化停止で生じたI(M1B7)およびII(M1B7)が観測されている。しかし、MMAの組成が増えるにつれて、これらの相対ピーク強度は減少し、III(M7B1)が増加することがわかる。これらの成分の同位体ピークは約0.08 Daしか差がないため、超高分解能装置を用いないと、共重合組成の変化に伴うピーク成分の変化を解析することができない。例えば、Fig.3(e)は、Fig.3(b)と同じ試料について通常のリフレクトロン型TOFMSで得られたマススペクトルであるが、この試料に共存しているI(M1B7)、II(M1B7)、およびIII(M7B2)を識別することは不可能である。このように、MALDI spiral-TOFMSを用いることによって、同重体イオンのピークを分離・識別して正確なピークの帰属を行うことができる。そして、各成分の帰属結果と相対ピーク強度から、共重合組成分布や末端基の組成分布を推測することが可能となる(詳細は参考文献[3]を参照のこと)。これらの解析結果は他の手法で得ることは困難であり、MALDI spiral-TOFMSは共重合ポリマーの化学構造および組成解析に強力な手法である。

【Fig.2 (a)poly(MMA-co-tBMA)の化学構造の候補、(b) MMA/tBMA = 45/55(mol/mol)のpoly(MMA-co-tBMA)試料の高分解能マススペクトル。ピークの帰属において、ローマ数字は(a)で示した化学構造のタイプであり、(MmBn)はMMAおよびtBMA単位の数を示す。(参考文献[3]からの引用)】


【Fig.3 共重合組成が異なるpoly(MMA-co-tBMA)の拡大マススペクトルの比較。カッコ内の数字は、(MMA/tBMA)の仕込み(mol%)を示す。最下段のマススペクトルは、汎用リフレクター型TOFMSで得られたマススペクトル。】

Kendrick mass defectプロット解析による組成分布分析

 MALDI spiral-TOFMSを用いれば、複雑な組成をもつポリマー試料のキャラクタリゼーションを行うことは可能であるが、膨大な数で観測されたすべてのピーク1本1本を解析する必要があり、このままではルーチン分析には適さない。このような試料の解析に対して、マススペクトルデータを一括処理して必要な化学構造情報を抽出するデータ解析法である、Kendrick mass defect(KMD)プロット解析と呼ばれるデータ処理法が有効である。
 KMDプロット解析とは、元素組成の違いによって生じる整数質量からの精密質量のずれ(mass defect)を用いて有機化合物の構造解析を行うために考案されたもので、 1963年にKendrick[4]によって報告された。登場した当初は、磁場型の高分解能質量分析計を用いて炭化水素類の識別に用いられていた。その後、超高分解能のFT-ICRMSの登場により、主として石油化学分野や地球科学における脂質類の分析などに用いられてきた。しかし、上述のようにMALDI-FT-ICRMSはポリマー分析が不得手であるために、KMDプロット解析は新しい技術ではないにもかかわらず、ポリマー分析の分野では用いられてこなかった。一方、MALDI spiral-TOFMSは数ppm以内の誤差で正確に精密質量を決定することができ、ポリマー試料の測定も得意であるため、KMDプロット解析をポリマー試料の構造解析に適用することが可能となった。
 KMDプロット解析は、繰り返し単位の数のみが異なる同族体のシリーズを、精密質量の違いによって他のシリーズと識別する方法である。有機化合物に含まれる様々な元素の質量数と精密質量の差について考えてみる。水素は、質量数1であり、精密質量は1.007825であるので、0.007825だけ質量過大である。一方、酸素は質量数16で、精密質量は15.994915であるので、0.005085だけ質量過小である。有機化合物を構成する代表的な元素の中で、水素および窒素は質量過大であり、酸素、硫黄、リンは質量過小である。大半の元素のIUPAC質量と整数質量のずれは水素が最大であるため、飽和炭化水素に相当するCH2が最大の質量過大を示すことになる。このように、元素組成の違いによって、質量の小数部が異なることがわかる。さて、質量分析で通常用いる質量は、IUPAC(国際純正・応用化学連合)により12Cを正確に12と定義された質量との相対値である。これに対して、注目したい繰り返し単位の質量が整数になるように質量スケールを定義したものがKendrick質量(MK)である。すなわち、MKはIUPAC質量(MIUPAC )を式(6)により変換して求める。

 

 もともとは脂肪族有機化合物の構造解析を行うために、CH2を基準とするKendrick質量スケールが用いられてきた。すなわち、基準単位(CH2)の精密質量は14.01565であるが、Kendrick質量ではこれを14(整数)と定義する。もし有機化合物中にCH2以外の化学構造(他の元素や不飽和結合)が存在すると、その成分のKendrick質量は、飽和炭化水素のKendrick質量からずれることになる(Kendrick mass defect: KMDという)。そこで、x軸に整数Kendrick質量を、y軸にKMD値をプロットすると、鎖長が異なる飽和炭化水素類は14間隔でx軸方向に水平分布し、不飽和結合や他の官能基を有する成分はその水平プロットからy軸方向にずれた位置にプロットされるため、構造異性体の存在を容易に識別することができる。KMDプロットを用いれば、含酸素化合物や不飽和炭化水素成分などの存在を容易に検出できるため、従来は、主に石油化学分野で原油試料の分析などに用いられてきた。
 ここで、Kendrick質量の定義を、ポリマーの繰り返し単位に設定すれば、主鎖以外の化学構造(末端基などの残基)が同一のポリマー系列は、KMDプロットにおいて水平方向に分布するため、末端基などの残基が異なる成分を容易に識別することができる。ポリマーのKMDプロットを作成する手順について、簡単な例を用いて具体的に説明する(Fig.4)。この例で用いる試料は、市販の洗剤であり、ポリオキシエチレンラウリルエーテル(C12-PEO)と直鎖アルキルベンゼンスルホン酸ナトリウム(LAS)の混合物である。 MALDI spiral-TOFMSを用いて得られた洗剤試料のマススペクトルでは、C12-PEOのエチレングリコール鎖の分布を反映して、m/z 900以上まで[M+Na]+イオンが観測されている。また、m/z 400付近には、アルキル鎖の鎖長(C11-C13)が異なるLASのピークが観測されている。観測された各ピークの精密m/z 値を、式(6)に従ってKendrick質量(MK)に変換する。ここでは、エチレンオキシド(EO)単位を基準単位にセットする(すなわち、C2H4O = 44.0261 Daを44とする)。例えば、m/z 429.3181は、EO単位を基準とするKendrick質量では429.0634となる。このMK値は、整数部429(すなわち整数MK)と小数部(すなわちKMD値)0.0634に分けることができる。それぞれのピークについて、同様に整数MKとKMDを求め、二次元プロットしてKMDプロットを作成する。ここでは、EO単位の数が異なるC12-PEO鎖は、水平方向に44間隔でプロットされ、飽和炭化水素鎖の鎖長が異なるLAS成分は、斜め方向にプロットされることによって、これらを明確に識別することができる。
 次に、市販の洗濯洗剤の成分分析に応用した例を紹介する。この試料は、同一の企業から市販されている洗濯洗剤であり、グレードが異なるものである。Fig.5に、各試料のマススペクトルとKMDプロットを比較して示す。なお、マススペクトル上で約44 Da間隔でピーク系列が観測されていたことと、洗剤であるためEO系界面活性剤が主成分であると予想できることから、ここで はEO単位を基準とするKendrick質量を設定した。グレードが異なる2種類の洗濯洗剤試料について得られたKMDプロットを比較すると、大まかにはパターンが一致していた。大まかに3つの水平方向に分布する系列が観測されており、少なくとも3種類のEO系界面活性剤がブレンドされていることを示唆している。2つのプロットを比較すると、激しい汚れ用の洗剤Bのほうが、通常用のグレードAよりもEO鎖長が長く、洗浄力を向上させるために何らかの配合の工夫がなされているものと推測することができる。
 整数MKとKMD値の組み合わせは化合物に特有であるため、もし様々な化合物に対するMK-KMD値をデータベース化してプロット上に重ね書きすれば、プロット上に現れた成分を視覚的に同定することができる。また、ポリマー製品に配合されている化合物の組成分布が二次元的に表現されるため、プロットのパターンから、配合設計に関する情報を推測することも可能になる。ここまでの解析では各ピーク成分の解析は全く行っておらず、ソフトウェアを用いて観測されたm/z 値を包括的にデータ処理しただけである。ピークの帰属に関する質量分析の専門知識がなくても解析を行うことができるため、製品の品質管理や異同分析などのルーチン分析にも適していると考えられる。


【Fig.4 KMDプロットの作成手順。試料は、市販の洗剤であり、ポリオキシエチレンラウリルエーテル(C12-PEO)と直鎖アルキルベンゼンスルホン酸ナトリウム(LAS)の混合物である。】


【Fig.5 2種類のグレードが異なる洗濯洗剤のKMDプロット及びマススペクトルの比較。ドットの大きさ及び色は、ピーク強度を反映している。y軸のKMD値は、製品の特定を避けるため非表示とした。】

KMDプロット解析を用いた共重合ポリマーの組成分布の可視化

 KMDプロットを用いて、共重合体の組成分布を表現することも可能である[5]。Fig.6に、MALDI spiral-TOFMSを用いて観測された非イオン系界面活性剤として様々な用途で利用されているエチレンオキサイド(EO)とプロピレンオキサイド(PO)からなるブロック共重合体[P(EO-b -PO)]試料のマススペクトルを示す。ここでは、m/z 1900付近を極大とし、概ねm/z 800-3000に渡るピーク分布が観測された。EOとPOの共重合体では、EOxPOyとEOx+4POy-3の質量差に相当する約2Da間隔で強弱が入れ替わるピーク群と、その同位体ピークからマススペクトルが構成される。さらに、EOx+4POy-3のモノアイソトープピークには、EOxPOyの同位体ピーク(13C2)が約0.027Daの違いで隣接する。Spiral-TOFMSを用いることによって分解能約5万~ 6万で、これらのピークトップを分離することができた。観測された全てのピークのm/z 値を、PO単位を基準(C3H6O、 58.0419 Da→58)とするKendrick質量に変換し、KMDプロットを作成した(Fig.7)。
 このプロットでは、EO単位の数が同じ共重合体成分は水平方向に分布し、PO単位が増加するにすれてx軸の整数Kendrick質量が58ずつ増加することになる。一方、EO単位が増加するにしたがって、0.0055だけKMD値が増加する。Fig.7では、EO/PO組成分布の補助線を重ねて描いた。この分布を解析することによって、本試料ではEO単位0から35付近まで、PO単位が13から23付近まで分布していることが、プロットから視覚的に読み取ることができる。また、EO=0の線上にプロットが観測されていることから、この試料中にはポリプロピレンオキシドのホモポリマーが存在することが示唆された。以上の結果から、この試料はPPOをコアとして両末端からEO鎖を延長させて合成したPEO-PPO-PEO三元ブロック共重合体であると推測することができる。
 以上のように、MALDI spiral-TOFMSを用いて、ポリマー試料のKMDプロット解析を行うことが可能になった。この方法は、観測された個々のピークの解析やピークピッキングを行わずに組成分布を解析できるため、高分解能質量分析を用いて膨大な数のピークが観測される共重合体などの複雑な試料の構造解析に有効であると考えられる。
 

【Fig.6 P(EO-b-PO)試料のマススペクトル。下図はマススペクトルの全体図であり、中段はm/z 1303-1313の拡大図、上段はm/z 1307.7-1308.2の拡大図。参考文献[5]からの引用(オープンアクセス)。】 【Fig.7 P(EO-b-PO)のKMDプロット。点線は、同じ組成をもつEOおよびPOの分布の計算値。各ドットの大きさは、ピーク強度を反映している。参考文献[5]からの引用(オープンアクセス)。】
 

おわりに

 MALDI-TOFMSは、ポリマーのキャラクタリゼーションの有力なツールとしての地位を築きつつあるように思われる。しかし、複雑な組成をもつ工業材料の分析においては、分解能が不足することにより、解析が不十分である場合が多かった。スパイラルイオン軌道をもつ新しいTOFMS装置(SpiralTOFTM)は、その高分解能を活用して工業材料のキャラクタリゼーションにブレイクスルーをもたらすものとして期待される。
 本稿で述べた1番目の応用事例は、共重合体の詳細な構造解析に関するものであった。ここでは、高分解能測定により同重体イオンをピーク分離し、末端基及び共重合組成の組み合わせが異なる成分のピークをほぼ完全に帰属して、詳細な化学構造を決定することができた。しかし、解析現場ではこのような詳細なデータ解析は煩雑であり、実用分析としては必ずしも適していない。そこで、2番目の応用事例では、膨大な数のピークから必要な情報を抽出するデータ処理法としてKMDプロット解析を紹介した。この方法を用いれば、全くピークの帰属を行わずに、ポリマー混合物や共重合体などの組成分布を二次元展開して視覚的に表現することが可能となる。このプロットのパターンから、ポリマー材料の品質管理や異同識別、あるいは劣化プロセスなどを評価することができる。このように、高分解能MALDI spiral-TOFMSによるポリマーのキャラクタリゼーションは、学術的な分野から工業材料開発の現場へと幅広く展開・発展していくことが期待される。

参考文献

  1. Satoh、T.、 Tsuno、H.、 Iwanaga、M.、 Kammei、Y.: The design and characteristic features of a new time-of-flight mass spectrometer with a spiral ion trajectory. J. Am. Soc. Mass Spectrom .16、1969-1975 (2005).
  2. Satoh、T.、 Sato、T.、 Tamura、J.: Development of a high-performance MALDI-TOF mass spectrometer utilizing a spiral ion trajectory. J. Am. Soc. Mass Spectrom . 18、1318-1323 (2007).
  3. Sato、 H.、 Ishii、Y.、 Momose、H.、 Sato、T.、 Teramoto、K.: Structural characterization of free radical polymerized methacrylate ester copolymers using high-resolution MALDI-TOFMS with a spiral ion trajectory. Mass Spectrometry 2、 A0014 (2013).
  4. Kendrick、E.: A mass scale based on CH2=14.0000 for high resolution mass spectrometry of organic compounds. Anal. Chem . 35、 2146-2154 (1963).
  5. Sato、H.、 Nakamura、S.、 Teramoto、K.、 Sato、T.: Structural characterization of polymers by MALDI spiral-TOF mass spectrometry combined with Kendrick mass defect analysis. J. Am. Soc. Mass Spectrom . 25、 1346-1355 (2014). Open access.

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