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原子分解能のエネルギー分散型X線分光法の準結晶の構造研究への応用

日本電子news Vol.47 No.5 平賀 賢二1、安原 聡2

1東北大学 金属材料研究所、2日本電子(株)EM事業ユニット

 特殊な方法でとられた原子分解能のエネルギー分散型X線分光(EDS)元素マッピングと球面収差補正走査型透過電子顕微鏡(Cs補正STEM)観察によってなされた2次元準結晶研究の成果を報告したい。電界放射型電子顕微鏡の強い電子ビームと高い分解能のEDS元素マッピングを得るための長い照射時間によって受ける損傷を避けるために、一回の観察時間を短くして、観察毎に試料を移動して常にフレッシュな領域からとった多数のEDSデータを積分することによって、元素マッピングを得た。そうして得た原子分解能のEDS元素マッピングから、Al-Co-Ni2次元準結晶に関連した2種類の近似結晶中のCoとNi原子の規則配列を、Al-Mn-Pd2次元準結晶のMnとPd原子位置を、明らかにすることができた。

序論

 新しいあるいは性能が大幅に向上した実験手法の出現が、従来の手法から提案されてきた考えやモデルを根底から覆す場合がある。2次元準結晶の周期軸に沿って投影された原子を分離した輝点あるいは暗点として写し出すに充分な分解能を有する近年のCs補正走査型透過電子顕微鏡(STEM)の出現は、我々にそれを用いた2次元準結晶の構造の再検討を促した。そしてCs補正STEMによる高角度円環暗視野(HAADF)および円環明視野(ABF)法によるAl-TM(遷移金属)2次元準結晶あるいはその近似結晶の再研究は、これまでの電子顕微鏡観察から提唱され、長く準結晶研究者に受け入れられてきたcluster-based model(クラスターモデルと呼ぶ)を根底から覆す新しい展開をもたらした[1-8]。ある大きなクラスター(正10角形の断面をとる柱状クラスター)が2次元的にbond-orientational order(BOO)で配列しているとする従来のクラスターモデル[9-11]に代わり、2次元準結晶の構造の本質はTM原子がBOO配列した構造である事が明らかになった[1-8]。また、最近のX線検出器の性能向上と電界放射銃の強いビームによって、EDS元素マッピング上に原子種を区別した像の観察が可能となった[12]。しかし、その応用は、強いビームとEDS観察に要する長い測定時間に耐える特殊な物質に限られ、電子ビームによって容易に損傷を受ける一般の物質には応用が困難であると考えられてきた。我々は、長い測定時間による損傷を避けるために、試料を移動しながらとられた短い測定時間の多数のEDSデータを積分する事を行った。それは、一回とる毎に、結晶の単位胞あるいは同じ構造単位を電子顕微鏡のモニター上の決まった位置に移動する事によって、常にフレッシュな領域からのEDSデータをとることが行われた。この手法は、一般の物質に応用が可能な方法である。この方法でとられた原子分解能のEDS元素マッピングとCs補正STEM観察の併用は、未知の構造の解析に有力な手法である事は間違いないと言える。本論では、この方法を応用して、2種類のAl-Co-Ni近似結晶のCoとNi原子の規則配列と[13,14]、Al-Mn-Pd準結晶のMnとPd原子位置を決定[15]した成果をまとめてみたい。

実験方法

 本論に記載されているすべての観察像は、Cs補正電子顕微鏡(JEM-ARM200F)を用いて、近似結晶は擬10回回転軸、準結晶は周期軸(10回回転軸)に入射して撮られた像で、なんの処理もしていないオリジナルの像である。EDS元素マッピング像は、その電子顕微鏡に装備されているsilicon drift detector(SDD)を用いてとられた、Al-Co-Ni近似結晶では60個のデータ[13,14]、Al3(Mn,Pd)結晶では31個のデータ[15]、Al-Mn-Pd準結晶では34個のデータ[15]、を積分することによって得たものである。個々のデータは、結晶では単位胞、準結晶では同じ構造単位がSTEMモニターの決まった位置にくるように移動しながら、常にフレッシュな領域からとられた。

Al-Co-Ni 2次元準結晶に関連した2種類の近似結晶[13,14]

 ほぼ一定(70-72at%)のAl組成に、8から25.5at%のCoと20から5at%のNiを含む広い組成の合金に、6種類の2次元準結晶と幾つかの近似結晶が見いだされている[16-20]。その広いCo/Ni組成比に存在する準結晶の安定性には、CoとNi原子の規則配列が重要な役割を担っていると考えられてきたが、周期律表の隣同士のCoとNi原子の区別は難しく、長年の課題として残っていた。Al-Co-Ni 2次元準結晶は、周期軸に沿って4枚の積層の構造と2層の構造に大別され、4層構造の準結晶の近似結晶としてAl72.5Co20Ni7.5合金に存在するW-(AlCoNi)相[21]、2層構造の準結晶の近似結晶としてAl71.5Co16Ni12.5合金のPD3c相[19,20]が知られている。我々は、この2種類の近似結晶に注目して、原子分解能のEDS元素マッピングの観察からCoとNi原子の規則配列を明らかにすることを行った。
 Fig.1には、900℃で280時間熱処理を施したAl72.5Co20Ni7.5合金中のW-(AlCoNi)結晶相のb軸(擬10回回転対称軸)入射で撮られたHAADF-STEM像(a)とA(A’) 面(b)とB面 上(c)のTM原子とAlとTM原子のmixed sites(MSs)の配列を示した。この構造は、単結晶を用いてX線回折法で決定された構造[21]を基本としてHAADF-STEM像から導かれたものである。原子番号Zの二乗に比例するコントラストのHAADF-STEM像[22]に見られる輝点はTM原子とMSsの投影位置に対応する。その他に、わずかであるがAl原子位置がかすかな明るい点として見ることができる。この構造は、b軸に沿ってABA’Bの積層の構造として記述できる。しかし、A面とA’面の原子配列は、Fig.1(b)の赤と緑の丸で示した原子の配列の違いのみで、多くのTM原子の配列は同じである。そのため、本論では今後ABの2層の積層として議論することにする。Fig.1(a)のHAADF像の強い輝点を結ぶと、像の左領域に描いたように、0.47nmのボンド長の5角形タイリングと0.76nmのボンド長の5角形タイリングができる。それらは、Fig.1(b)と(c)に描いたTM原子を結んだタイリングに対応する。また、HAADF像の右半分に示したように、輝点の5角形配列を10個の輝点が囲んだクラスター(大きな丸で示した)が辺の長さが2nmの薄い菱形の周期配列のコーナーの位置に配列している。このクラスターは多くの2次元準結晶および近似結晶の構造に共通の構造単位で、直径が1.2nmであるので”1.2nmクラスター”と呼んでいる。この近似結晶では、1.2nmクラスター内の輝点の5角形配列の方向がすべて同じである特徴をとっている。また、HAADF像には2種類の5角形タイリングで配列した輝点の他に、比較的コントラストの弱い輝点が存在する。それらは、Fig.1(c)の0.76nmボンド長のタイリングの上向きの5角形タイル内に存在する5角形配列のMSsに対応する。それらのMSsの5角形配列には、破線と実線の丸で囲ったように、中心の輝点のコントラストが強いもの(矢印で示した)と弱いものに分けられる。その内、実線の丸で示した中心の輝点が弱い5角形配列MSs(Fig.1(a))のTM原子がNi原子であることが、次に示す原子分解能のEDS元素マッピングから明らかとなった。
 Fig.2にHAADF像(a)とCoおよびNiの元素マッピング(b, c)さらに(b)と(c)の重ね合わせたマッピング(d)を示した。(a)と(d)に1.2nmクラスターを大きな丸で中心の弱い5角形配列MSsを小さな丸で囲んであるが、Ni原子が小さな丸で示した5角形配列MSsに存在することがわかる。すなわち、Fig.2(e)に示したように、5角形タイリングを作っているTM原子位置と中心が強い輝点の5角形配列MSsにCo原子が、中心が弱い5角形配列MSsにNi原子が位置した、規則配列していることが明らかになった。
 900℃で120時間熱処理したAl71.5Co16Ni12.5合金に見られるPD3c結晶相は、2層2次元準結晶の近似結晶である。Fig.3にその近似結晶のHAADF-STEM像(a)とそれから導かれたA面(b)とB面(c)のTM原子とMSsの配列を示した。Fig.3(a)の左部分に示したように、比較的強いコントラストの輝点が、実線と破線で示した2種類の0.76nmボンド長の5角形タイリングで配列している。それらは、Fig.3(b)と(c)に示したように、A面とB面のTM原子配列に対応している。さらに比較的コントラストの弱い輝点の5角形配列が、実線の上向き5角形タイリング内と破線の下向きのタイルに見られ、それらはFig.3(b)と(c)に示したように、A面の上向き5角形タイルとB面の下向きタイル内の5角形配列MSsに対応している。一方、Fig.3(b)の下向き5角形タイルと(c)の上向きタイルの半分にTM原子の5角形配列が存在しており、それらがHAADF像に見られる1.2nmクラスター(丸で示した)を作っている。その1.2 nmクラスターが2nmの辺の長さのやせた菱形と太った菱形の周期格子の格子点に位置している。そして、この近似結晶では、1.2nmクラスター内の輝点の5角形配列に上向きと下向きの2種類が存在し、2nmのボンドで結ばれた1.2nmクラスターは常に異なる向きのクラスターである規則を持って配列している。この近似結晶に関連した2次元準結晶もこの規則を有し、回折パターンに規則格子反射が現れている。この規則格子反射には、クラスターの配列に5角形および菱形準周期配列の2種類が存在し、高次元の周期格子のCsCl型およびNaCl型規則構造で理解されている[10]。
 Fig.4にPD3c近似結晶のHAADF像(a)とCoおよびNiの元素マッピング像(b, c)、さらに(b)と(c)の重ね合わせた像(d)を示した。Fig.4(a)と(d)には1.2nmクラスターを大きな丸で示しているが、その隙間にある5角形配列MSsにNi原子が存在することがわかる。すなわち、Fig.4(e)と(f)に示したように、5角形タイリングを作っているTM原子位置にCo原子が、5角形配列MSsにNi原子が位置した規則配列をしていることが明らかになった。
 以上の結果から、Ni組成が少ないAl-Co-Ni合金領域に形成される4層2次元準結晶ではNi原子が2種類の5角形配列MSsの内の一方に存在し、よりNi濃度が増したほぼCoとNi組成が同等な合金に見られる2層2次元準結晶では5角形配列MSsの全てにNi原子が位置していると考えられる。

【Fig.1 b軸入射で撮られたW-(AlCoNi)結晶相のHAADF-STEM像(a)とA(A’)面とB面上のTM原子とMSsの配列(b,c)。HAADF-STEM像(a)の左領域に実線と破線で示したように、輝点の配列は0.47nmと0.76nmボンド長の5角形タイリングを作っており、それらは、A(A’)面(b)とB面上(c)のTM原子の5角形タイリングに対応する。(b)の緑の丸で示したA面上のTM原子と、赤丸で示したA’面上のTM原子の配列がこの近似結晶の4層構造を作っている。HAADF-STEM像(a)の右領域に1.2nmクラスターを大きな丸で示した。1.2nmクラスターの配列の間に存在する弱い輝点の5角形配列((c)のB面上のMSに対応する)に、中心の輝点が強いコントラスト(矢印で示した)を持つものと弱いものに分けられ、それらは実線と破線の小さな丸で示した。】

【Fig.2 W-(AlCoNi)結晶相のHAADF-STEM像(a)と原子分解能のEDSマッピング像(b, c)、それらの重ね合わせ像(d)。(a)と(d)に1.2nmクラスターを大きな丸で中心の輝点が弱い5角形配列MSを小さな丸で示した。】

【Fig.3 PD3c近似結晶のHAADF-STEM像 (a)とA面とB面上のTM原子とMSsの配列(b,c)。(a)の左領域に実線と破線で示したように、輝点は0.76nmボンド長の2種類の5角形タイリングの配列をしており、それらは、A面(b)とB面上(c)のTM原子の5角形タイリングに対応する。また、実線の5角形タイリングの中の上向きの5角形タイルに、破線の5角形タイリングの中の下向きの5角形タイルに、MSに対応する比較的コントラストの弱い輝点の5角形配列が見られる。(a)の右領域には、実線および破線の丸で示したように、中央の輝点の5角形配列が上向きおよび下向きの2種類の1.2nmクラスター存在し、2nm長のボンドで結ばれたクラスターは常に異なる種類のクラスターである規則で配列している。】

【Fig.4 PD3c近似結晶のHAADF-STEM像(a)と原子分解能のEDSマッピング像(b, c)、それらの重ね合わせ像(d)。(a)と(d)に1.2nmクラスターを大きな丸で示した。(e)と(f)に示したように、5角形タイリングを作っているTM原子がCoで、Ni原子は5角形配列のMSにenrichしているがわかる。】

Al3(Mn, Pd)近似結晶とAl-Mn-Pd 2次元準結晶[15]

 1.2 nm周期をとるAl-Mn-Pd 2次元準結晶がAl70Mn10Pd20組成近傍の広い組成領域に安定相として形成される[23,24]。この準結晶の構造は、高分解能電子顕微鏡観察から2nm直径の10角形断面をもつ柱状クラスター(2nmクラスターと呼ぶ)の2次元準周期配列として記述されている[23-25]。さらに、Al70Mn17Pd13合金を800℃で熱処理すると、Al3Mn結晶マトリックス中に2nmクラスターが形成され、さらに、それらの再配列が起きクラスターの準周期配列が作られていくことが見出されている[26]。そのため、Al3Mn結晶相はAl-Mn-Pd 2次元準結晶の近似結晶として注目され、その構造から準結晶の構造が推測されてきた[27]。さらに、Al-Mn-Pd 2次元準結晶の安定性に強い役割を担っていると考えられてきたPdの原子位置が、Al70Mn20Pd10合金に形成されるAl75Mn20Pd5組成のAl3MnタイプのAl3(Mn,Pd)結晶相のX線回折実験から決定されている[28,29]。本論では、溶解Al70Mn20Pd10合金中のAl3(Mn,Pd)結晶相とその合金を800℃で3時間熱処理してできた2次元準結晶について述べる。
 Fig.5に、単結晶を用いてX線回折法で決定されたAl3(Mn,Pd)結晶相の構造を示した。空間群Pnmaでa =1.3727nm, b =1.2509nm, c =1.2600nmの格子定数の構造は、b軸に沿ってABCC’B’A’ B’C’CBの10層の積層によって記述される。AとA’、BとB’、CとC’ はお互い2回回転対称の関係にある。この構造には、AlとMn、AlとPdの混合サイト(MS)があるが、Al-rich, Pd-rich MSはそれぞれAl, Pd/Alと示されている。この構造は、0.65nmの辺の2方向のつぶれた6角形(点線で示した)の構造単位で構成されている。その6角形のコーナーのところに、丸で示したように、AlとMn原子の5角形配列と中心原子の積み重ねによる5角形カラムが存在し、実線と点線の丸で示した2種類のカラムが、それぞれ、A面とA’面上のMn原子を結んでできる0.47nmのボンド長の5角形タイリング(実線で示してある)のA面では上向き5角形タイル内にA’面では下向きタイル内に位置している。
 Fig.6にb軸入射で撮られたAl3(Mn,Pd)結晶のHAADF-STEM像と輝点のコントラストの模式図を示した。コントラストの異なる1, 2, 3の輝点は、それぞれ、単位胞内の2個のAlと1個のMn原子、3個のAlと2個のMn原子、1個のMn原子と2個の(Pd/Al)MSの投影として理解できる。
 Fig.7にb軸入射で撮られたHAADF-STEM像(a)とMn(b)、Pd(c)、Al(d)元素のマッピングを示した。Fig.6との対応からわかるように、2個のMn原子の投影に対応する2の輝点(6角形のコーナー位置)は強いコントラストして、1個のMn原子の投影に対応する3の輝点の位置に弱いコントラストが、Mnのマッピング(Fig.7(b))に見ることができる。しかし、1個のMn原子の投影に対応する1の位置の2つの輝点の位置は、その間隔が狭いためか、はっきりと写っていない。一方、Pdのマッピング(Fig.7(c))では、2個の(Pd/Al)MS投影の3の位置に、Pdの存在を示すコントラストを見ることができる。
 以上の、Al3(Mn,Pd)結晶の構造とHAADF-STEM像および原子分解能のEDSマッピングとの対応に関する知識を元に、Al-Mn-Pd 2次元準結晶のHAADF-STEM像およびEDSマッピングから構造を導いていきたい。
 Fig.8に周期軸入射で撮られたAl-Mn-Pd 2次元準結晶のHAADF-STEM像を示した。Fig.6の6角形を作っている0.65nm長さの線で輝点を結ぶと、6角形(H-unit)、星形5角形(P-unit)、正10角形(D-unit)の3つの構造単位でできているのがわかる。D-unitは辺を接しながら準周期配列をとり、その配列の隙間をH-unitとP-unitで埋めている様子が分かる。このため、この2次元準結晶の構造は、H-unit、P-unit、D-unitの構造がわかればよいことになる。この特徴は、すでに高分解能電子顕微鏡観察から見いだされており、それらの構造がAl3(Mn,Pd)結晶の構造から推測されている[29]。
 Fig.9にFig.8の一部の拡大像と輝点を結んで作られる2種類の5角形タイリング(Fig.5のA面とA’面の0.47nmボンド長のタイリングに対応する)を示した。Fig.9(a)からは、H-unit内の輝点の配列がFig.6(a)のそれらと一致しており、また、破線で示したP-unitを作っている菱形内のコントラスト分布とH-unitのそれとは一致しているのがわかる。そのため、H-unitとP-unitの構造はAl3(Mn,Pd)構造から導くことができる。そして、D-unit内の輝点も、 H-unitおよびP-unit内の0.47nmボンド長のタイリングの延長したタイリングで配列しているのがわかる。
 Fig.10にHAADF-STEM像(a)とMn、Pd、Al元素のマッピング(b,c,d)を示した。そこから、D-unitの中心付近は、Pd-richでMn-poorとなっているのがわかる。すなわち、HAADF像に見られたD-unitの中心付近のコントラストの強い輝点は主にPd原子の投影によるものであり、中心に向かうにつれてPd濃度が増加しているのがわかる。MnのコントラストはD-unitの最外郭から中心に向かうと共に弱くなっているのがわかる。また、P-unit内に大きな丸で囲った中に、弱いが、5角形配列したコントラストを見ることができる。さらに、 Alのマッピング(Fig.10(d)では、丸で囲ったように、中心と円環上にコントラストが見られるが、これは先に述べた5角形カラムのカラム軸に沿った投影によるものと考えられる。
 Fig.11は、Fig.9のHAADF-STEM像とFig.10のEDS元素マッピングから導かれた、H-unit、P-unit、D-unit内のAとA’面およびCとC’面内のMnとPd原子の配列を示した。CとC’面内にMnとPdのMSsが存在するが、Mn-rich MSsとPd-rich MSsはそれぞれMn/PdとPd/Mnで表記してある。H-unitとP-unitの構造は、Al3(Mn,Pd)構造を元に、HAADF-STEM像とEDS元素マッピングからほぼダイレクトに導かれた。一方、D-unit内の配列も、観察されたHAADF-STEM像とEDS元素マッピングからほぼユニークに決定された。

【Fig.5 ABCC’B’A’B’C’CB積層をとるAl3(Mn, Pd)構造のA,B,C,C’B’A’面上のAl, Mn, Pd原子の配列。AlとMn、AlとPdの混合サイト(MS)があるが、Al-rich,とPd-rich MSはそれぞれAlとPd/Alで示されている。破線で示した辺の長さ0.65nmの2方向のつぶれた6角形のタイルで構成しており、また、AとA’面のMn原子は0.47nmのボンド長の5角形タイリングの格子点に位置している。実線と点線の丸で示したように、AlとMn原子の5角形配列とその中心の原子による原子カラム(5角形カラム)に2種類が存在し、それらはつぶれた6角形タイルのコーナーに、また、Mn原子の0.47nmのボンド長の5角形タイリングの、A面では上向きの5角形タイル内に、A’面では下向きの5角形タイル内に位置している。
【Fig.6 Al(Mn,Pd)結晶相のHAADF-STEM像(a)とその模式像(b)。1, 2, 3で示した輝度の異なる輝点は、それぞれ、単位胞内の2個のAlと1個のMn原子、3個のAlと2個のMn原子、1個のMn原子と2個の(Pd/Al) MS、の投影で理解できる。】
【Fig.7 Al3(Mn,Pd)結晶相のHAADF-STEM像(a)と原子分解能のEDS元素マッピング像(b,c,d)。Fig.6の2と3の輝点に対応するMn原子の投影位置がMn元素のマッピング像(b)に明るい点として観察されている。また、2個の(Pd/Al)MSの投影位置がPd元素のマッピング像(c)に明るい点として観察されている。1のMn原子位置は観察されていない。】
【Fig.8 Al-Co-Pd2次元準結晶のHAADF-STEM像。D-unitの辺を接する配列の隙間をP-unitとH-unitで埋めているのがわかる。】

【Fig.9 Fig.8の一部の拡大像。HAADF-STEM像の輝点は、Fig.5のAとA’面のMn原子の5角形タイリングを拡張したタイリング(b,c)の格子点に位置している。】

【Fig.10 Al-Co-Pd2次元準結晶のHAADF-STEM像 (a)と原子分解能のEDS元素マッピング像(b,c,d)。D-unitの中央は、Pd-richでMn-poorの領域であるのがわかる。Pd濃度はD-unitの外側から中央に向かうにつれて増加し、Mn濃度は中央から外側に向かって増加している。(c)のP-unit内の大きな丸で示した中に、5角形配列のPd濃化位置が見られる。(d)のAlのマッピングの中央と円環上のコントラスト(丸で示した)は、Fig.5の構造モデルの5角形カラムをカラム軸にそった投影した構造から理解できる。】

【Fig.11 Fig.10の原子分解能のEDSマッピング像から導かれた、D-unit、P-unit、H-unit内のA、A’、C、C’面上のMn原子、Pd原子およびMn-rich MS(Mn/Pd)とPd-rich Ms(Pd/Mn)の配列。】

まとめ

 フレッシュな領域から短時間でとられた多数のEDSデータを積分することによって、高い分解能のEDS マッピング像を得ることに成功した。その結果、Al-Co-Ni 2次元準結晶に関係した2種類の近似結晶内のCoとNi原子位置をマッピング像に映し出すことができた。また、X線回折法から決定されているAl3(Mn,Pd)結晶相の構造とHAADF-STEM像およびEDS元素マッピング像の対応関係の知見をもとに、Al-Mn-Pd 2次元準結晶のHAADF-STEM像とEDS元素マッピング像から、Mn、Pd原子配列を導いた。Pdは2次元準結晶のD-unitの中心付近にenrichしており、そのPdのenrichがD-unitの安定を形成し、さらに、D-unitの準周期配列でできているAl-Mn-Pd 2次元準結晶の安定性をもたらしていると言える。Al-Mn-Pd 2次元準結晶の構造は、単準結晶を用いて、X線回折法から提出されているが[31,32]、その構造モデルにはD-unit内のPdのenrichを見いだしていない。このことは、原子分解能のEDSマッピングとCs補正STEM観察の併用による未知の構造の解析は、従来の手法では得ることのできない貴重な情報を与えてくれると結論される。

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  32. S. Weber and A. Yamamoto, Philo. Mag . A 76 (1998) p.85.

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