熱分解GC-MSによる酢酸ビニル樹脂の網羅的解析+未知成分解析 ー多変量解析PCA分析による特徴成分の抽出と高分解能MSによる成分同定ー [GC-TOFMS Application]
MSTips No.243
はじめに
質量分析装置の高性能化に伴い、今まで観測できなかった微量成分や未知成分を分析できる時代がはじまっている。得られる情報量が増える一方で、観測された数多くの成分を簡便に分析する手法を望む声は多く、多変量解析をはじめとする網羅的解析の需要と必要性が高まっている。
本報では高分解能型GC-TOFMSを用いた網羅的解析と、ソフトイオン化法よる未知成分解析を組み合わせた新しいノンターゲット分析のアプローチについて紹介する。
測定方法
モデル試料として市販の酢酸ビニル樹脂 (接着剤) 6種を用いた。測定には、ガスクロマトグラフ-飛行時間型質量分析計 (GC-TOFMS) を用いた。接着剤のようなエマルジョン試料はそのままでは測定が困難なため、試料前処理装置として熱分解装置を使用した。
得られたデータをAnalyzePro (SpectralWorks社製) を用いて解析し、PCA分析による多検体比較を行った。
Table1 Mesurement condition
Py-GC-TOFMS condition
System | JMS-T200GC (JEOL) |
---|---|
Pyrolysis temp. | 600°C |
Ionization mode | EI+: 70eV, 300μA, FI+: -10kV, 6mA (Carbotec 5μm) |
GC column | DB-5msUI (Agilent社製), 15m x 0.25mm, 0.25μm |
Oven temp. | 50°C (1min)→ 30°C/min→ 330°C (1.7min) |
Inlet temp. | 300°C |
Inlet mode | Split100:1 |
He flow | 1.0mL/min (Constant Flow) |
m/z range | m/z 35-650 |
Spectrum recording speed | 0.1 sec |
Software | AnalyzerPro (SpectralWork社製) |
結果
6種類の酢酸ビニル樹脂を熱分解GC-EI-TOFMS法で測定 (n=3) し、得られたデータをAnalyzerProソフトウェアでPCA分析した。PCAスコアプロットを作成したところ (Fig.1)、試料Eを第1主成分で、試料Bを第2主成分で明確に分離することができた。ローディングプロットを作成することで、各主成分に寄与している成分を容易に確認することができた。
第2主成分軸の分離 (正側) に寄与している成分、つまり試料Bに特徴的だった成分のうち、R.T. 4.55min の成分に着目し詳細な解析を実施した (Fig.2の右図)。
R.T. 4.55min の成分はMatch Factor813で2,2,4-Trimethyl-1,3-pentanediol diisobutyrate (分子量286)と推定されたが、この成分のFIマススペクトルでは m/z 217がベースピークとして観測されており、NIST検索から予想される分子量とFIイオン化測定により想定される分子量が大きく異なっていた。NIST検索結果でヒットした 2,2,4-Trimethyl-1,3-pentanediol diisobutyrate の化学構造にはエステル基が含まれているものの、FIイオン化ではそれに相当する m/z を有するイオンは検出されていない。一般的にはエステル基を含む化合物はFIイオン化でプロトン付加分子が生成されることが知られている。よって、R.T. 4.55min 成分はNIST検索として推定された化合物ではなく、EIスペクトルが類似した他の化合物である可能性が高い。Fig.3にR.T. 4.55min 成分の EI 及び FI で得られたマススペクトルを示した。また、Fig.5には 2,2,4-Trimethyl-1,3-pentanediol diisobutyrateの構造式を示した。これらの情報を元に種々検討したところ、R.T. 4.55min 成分は Fig.4に示した構造であると推定した (NISTから提供されている主ライブラリの中には Fig.4に相当する化合物は含まれていなかった)。
このようにGC-TOFMSを用いて、得られたデータを網羅的に解析する場合、PCA分析を適用することにより効率よくデータ解析が行える。特に多検体の比較を行う場合、スコアプロットとローディングプロットを活用することにより検体間の類似性や、検体に特徴的な成分を探しだすことが可能となる。また、検体に特徴的な成分を同定する場合には、NIST検索が強力なツールとなるが、NIST検索のみではなく、FIイオン化などのソフトイオン化法により得られる分子量情報と合わせて検討することにより、より確度の高い化合物同定が可能となり、またNIST検索のみによる誤同定を防ぐことも可能となる。
Fig.1 PCA score plot for Polyvinyl acetate samples.
Fig.2 PCA loading plot for Polyvinyl acetate samples.
Fig.3 EI and FI mass spectra and accurate mass measurement results for the unknown component (R.T. 4.55 min) in the sample B.
Fig.4 Estimated structure formula for the unknown component (R.T. 4.55 min) in the sample B.
Fig.5 Structure formula for 2,2,4-Trimethyl-1,3-pentanediol diisobutyrate
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