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JMS-S3000 "SpiralTOF™"を用いたアクリル板上の有機化合物分析 [MALDI Application]

MSTips No.251

はじめに

表面分析装置を用いた工業材料評価では、元素・結合状態・官能基などの情報は得られるが、有機化合物の分子量や分子構造情報を分析できる手法は少ない。マトリックス支援レーザー脱離イオン化飛行時間質量分析法(MALDI-TOFMS)は、有機化合物をソフトにイオン化でき、精密質量測定による組成推定や、MS/MSを用いた構造情報の取得、イメージング質量分析によるマッピングが可能である。
しかし、MALDI-TOFMSは、試料を保持するターゲットプレートに高電圧を印加し、接地電位との電位差でイオンを加速する。そのためターゲットプレートには導電性が必要であり、一般的な測定では、ステンレス製のものを用いる。MALDIを用いたイメージング質量分析の技術進歩にともない、凍結組織切片表面の有機物を分析する手法も普及した。この場合、酸化インジウムスズ(ITO)膜で導電性を付与したスライドガラス上に10μm程度の厚みの凍結組織切片をのせる。しかし、工業製品の分析では、mm単位の厚みをもつ樹脂など非導電性基板上の有機物が分析対象となることがある。前処理することなく非導電性基板表面をMALDI-TOFMSで測定すると、チャージアップの影響により質量分解能低下やイオン強度の著しい低下を招く。この問題は、金蒸着法により測定対象が存在する非導電性基板表面に導電性を付与することで解決できる。既報MSTips No.204では、金蒸着法を非導電性の紙上のインクの分析に適用した。本報告では、1mm厚のアクリル板上のについて、金蒸着法で分析した事例を報告する。

実験

非導電性基板には、1mm厚のアクリル板を用いた。Spiralモード TOF-TOFモードの測定には、ポリプロピレングリコール(PPG, MW 1000)を用いた。PPG1000は、1 mg/mL の水溶液とした。マトリックスにはα-CHCA, カチオン化剤にはNaIを用い、それぞれ10 mg/mL, 1 mg/mL の濃度でメタノールに溶解した。PPG 1000溶液、マトリックス溶液、カチオン化剤溶液を等量混合し、アクリル板上に1μLスポットし風乾した。イメージング質量分析の測定では、赤色油性ペンを試料に用い、アクリル板上に、"MS"の文字を記載した。赤色油性ペンの成分であるローダミンはマトリックスを用いずイオン化できるので、マトリックスは用いなかった。アクリル板の各試料載せた面に金をコーティングした。その後、通常のプレートより1mm掘り下げたプレート上にのせ、金蒸着面とプレートを固定し、試料表面に導電性を確保した。試料は、JMS-S3000 "SpiralTOF™"に導入し、測定を行った。

JMS-S3000 SpiralTOF(TM) and the plate used for introducing the acrylic plate.

Fig.1 JMS-S3000 SpiralTOF™ and the plate used for introducing the acrylic plate.

結果

金蒸着法によるアクリル板試料表面のPPGを測定した結果、PPG1000 HO(C3H6O)nHのナトリウム付加イオン[M+Na]+が観測された(Fig. 2)。n=18の同位体ピークを拡大図をあわせて示したが、質量分解能55000が得られた。次に、TOF-TOFオプションを用いて、プロダクトイオンスペクトルを取得した。Fig. 3(a)にn=18のモノアイソトピックイオン選択前後のマススペクトルを示す。また、Fig. 3(b)にプロダクトイオンスペクトルを示す。以上の、SpiralTOF™およびTOF-TOFモードの結果は、通常のステンレス製のターゲットプレートを用いて測定したものと同等の結果である。

Mass spectrum of PPG1000

Fig.2 Mass spectrum of PPG1000

(a)Precursor ion selectivity and (b) product ion mass spectrum of PPG [M+Na]+(n=18).

Fig.3 (a)Precursor ion selectivity and (b) product ion mass spectrum of PPG [M+Na]+(n=18).

次に、赤色油性ペンでアクリル板上に「MS」の文字を記載し、 マスイメージングを行った結果をFig. 4に示す。ピクセルサイズは、50 μmである。マススペクトルには、赤色油性ペンの成分であるローダミン由来のイオン(C28H31N2O3+) を主成分で観測した。その拡大図をあわせて示す。質量分解能48,000が得られており、非導電性基板上でも問題なく測定できていることがわかる。m/z 443のピークでイオンでマスイメージを作成すると、「MS」の文字を測定領域全体で描くことができた。

まとめ

本報告では、MALDI-TOFMSを用いて、1mm厚の非導電性のアクリル基板上の有機化合物の分析について報告した。試料表面に金をコーティングすることで導電性を付与すれば、マススペクトル、プロダクトイオンスペクトル、マスイメージングデータの取得が、導電性ターゲットプレート使用時と同様に行えることがわかった。この方法を用いれば、表面分析手法の1つとしてMALDI-TOFMSの活用の幅が広がることが期待される。

Mass imaging of “MS” literature written with red permanent ink.

Fig.4 Mass imaging of "MS" literature written with red permanent ink.

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