• 概要

日本電子news Vol.49 No.5 佐川 隆亮
日本電子株式会社 EM事業ユニット

走査透過電子顕微鏡(STEM)において、各電子プローブ位置における試料からの回折パターンを二次元画像として高速に記録する検出器をピクセル型STEM検出器と呼ぶ。ピクセル型STEM検出器を用いて取得したデータには従来のSTEM検出器で取得したデータと比較して情報量が多く含まれるため、様々な応用が考えられる。我々は、ピクセル型STEM検出器を電子顕微鏡に組み込むべく製品開発を行った。本稿では、ピクセル型STEM検出器4DCanvasについて、応用データも交えて紹介する。

はじめに

通常のSTEM検出器はシンチレーターと光電子増倍管 (PMT) が用いられており、検出面に形成される回折パターン(STEMの場合、収束電子回折(CBED)パターン)の全部もしくは一部の光信号をPMTで検出し、プローブ位置輝度信号としてSTEM像を形成している(Fig. 1(a))。しかし、回折パターン面の各点の電子線の強度は試料情報を反映して一定ではない。検出器の形状を変えることで環状明視野(ABF)や高角度散乱暗視野(HAADF)のSTEM像を得ることが可能であり、有効なSTEM像の取得法として広く知られている[1]。これらのSTEM法では検出器が1チャンネルのため、試料情報は積分され欠落する。検出器を複数個に増やし、位相差コントラストを得ることも最近盛んにおこなわれるようになってきている[2]。この考えをさらに進めたピクセル型STEM検出器は、CCDやCMOSイメージセンサーにより各STEMの画素に対応したCBEDパターンを2次元画像として記録する(Fig. 1(b))ため、従来のSTEM検出器では失われていた情報を有効利用することが可能となる。試料上を2次元スキャンする電子プローブの各点について2次元の回折パターン画像を取得するため、ピクセル型STEM検出器で得られるデータは4次元となる。ピクセル型STEM検出器で用いられるイメージセンサーは電子プローブのスキャンと同期して動作し、またSTEMの各点ビームの滞留時間中に回折パターンを記録する必要があるため、速いフレームレートが必要となる。

Fig. 1 従来型STEM検出器とピクセル型STEM検出器

従来型STEM検出器とピクセル型STEM検出器
  • 従来型のSTEM検出器。試料を透過、散乱した電子線をシンチレーターにより光に変換し、これを光電子増倍管(PMT)で検出する。得られるSTEM像はシンチレーターの形状に依存する。
  • ピクセル型STEM検出器。試料を透過、散乱した電子線を二次元イメージセンサーで検出する。露光タイミングを電子プローブのスキャンと同期させる必要があるため、高フレームレートのCCDやCMOSイメージセンサーが用いられる。

ピクセル型STEM検出器「4DCanvas」

我々はピクセル型STEM検出器「4DCanvas」を開発した。その外観イメージをFig. 2に示す。4DCanvasは日本電子社製の電子顕微鏡の操作環境と統合されており、顕微鏡操作ソフトウェア上から通常の操作と同様にワンクリックで4次元データを取得することができる。また4DCanvasは像観察室下のチャンバーに格納されるため、ADF検出器とのデータ同時取得も可能となっている(Fig. 3)。さらに光軸からリトラクタブルであるため、対向位置に高精細なTEM像検出用カメラを構成することも可能で、下部にEELS検出器も同時に装着することができる。

Fig. 2 ピクセル型STEM検出器4DCanvasの外観イメージ

ピクセル型STEM検出器4DCanvasの外観イメージ
カメラハウジング内にCCDイメージセンサーが格納されており、エアーシリンダーによりリトラクト可能な機構となっている。カメラの冷却は顕微鏡循環冷却水によって行われる。

Fig. 3 4DCanvasの取り付け位置

4DCanvasの取り付け位置
4DCanvasはADF検出器の下部に位置するため、4次元データとADF-STEM像との同時取得が可能である。またリトラクタブル機構を持つため、対向位置にサードパーティ製のTEM像検出用カメラを取り付けることも可能で、下部にEELS検出器も構成できる。

直接電子検出型イメージセンサー「pnCCD」

4DCanvasのイメージセンサーはpnCCD(PNDetector GmbH社製)が採用されている。pnCCDのスペックをTable 1に示す。 pnCCDはシンチレーターを介さない直接電子検出型のCCDであり、入射電子1個あたりに発生する信号が読み出しノイズに比べて非常に高く、また量子効率もほぼ100%と高いため高S/Nなデータ取得が可能で、1個の入射電子の信号を確実に記録することができる。画素数は264×264 pixelsと多くはないが、STEM検出器として用いるには十分な画素数である。最大の特長はフレームレートが高いことで、全画素読み出しで1,000 fps、ビニングを行えば最大4,000 fpsまで上げることができる。例えば4,000 fpsで使用した場合、STEMプローブの滞留時間は250 μsとなるため、256×256 pixelsのSTEM像取得にかかる時間は約16 sとなる。STEM像の高いフレームレートは、像取得時における試料ドリフト等の影響を最小限に抑えるために必要不可欠である。また電子線のドーズ量に応じて三種類の読み出しモードが選択可能である。イメージセンサーは耐電子線性に優れており、通常のSTEM観察においてセンサー交換の必要は無い。

Table 1 pnCCDのスペック

Detector type Back-illuminated direct electron detection pnCCD
Pixel size 48 × 48 µm2
Number of pixels 264 × 264 pixels
Imade area 12.7 &taimes; 12.7 mm2
Frame rate
(degree of binning)
(number of pixels)
1,000 fps (full frame readout)(264 × 264)
2,000 fps (2-fold binning)(264 × 132)
4,000 fps (4-fold binning)(264 × 66)
SNR typ. 300:1
Quantum efficiency typ. > 99% @20 kV ~ 300 kV
Operation modes Single electron mode (best at very low intensities)
Imaging mode (standard mode for imaging)
Anti-Blooming mode (reduces overflow at high intensities)
Radiation hardness > 4 × 1017 electrons / cm2 @ 200 kV

センサーの画素数は264×264 pixels、フレームレートはビニングにより最大4,000 fpsまで上げることが出来る。読み出しノイズが低く、また量子効率もほぼ100%であるため、検出器に入ってきた電子線の信号をほぼ漏れなく検出することができる。ドーズ量に応じて「単電子検出モード」、「イメージングモード」、「アンチブルーミングモード」の三種類の読み出 しモードの切り替えが可能である。

4次元データから作成した合成STEM像

従来のSTEM像検出では、取得するSTEM像の種類に応じて異なる形状のシンチレーターの検出器を用いていた。例えばBF-STEM像なら円盤状の、環状暗視野(ADF)-STEM像なら円環状のシンチレーターを用いた検出器をそれぞれ使用している。 4DCanvasのようなピクセル型STEM検出器はCBEDパターンを2次元画像として取得するため、記録されたCBEDパターン上に実時間もしくは後処理で積分領域を選択し、検出器の形状に応じた様々なSTEM像を合成することができる。Fig. 4は加速電圧80 kVにて単層グラフェンから得た4次元データを元に合成したSTEM像である。(a)はBF-STEM像、(b)は微分位相コントラスト(DPC)-STEM像である。それぞれの像に対する積分領域を像中に挿入している。このデータは球面収差補正装置が組み込まれたJEM-ARM200Fにおいてジャストフォーカス条件で取得しているため、BF-STEM像の像コントラストは低い。一方DPC-STEM像では、積分領域を反映した像の異方性が確認されるが像コントラストは高くなっている。この時、4DCanvasのフレームレートは2,000 fps、つまりSTEM各画素の滞留時間は500 μsであった。STEMの画素数は256×256 pixelsであったため、データ取得時間は約30秒であった。
4DCanvas操作GUI上ではCBEDパターンのライブ像表示に加え、合成STEM像のライブ表示も行える(Fig. 5)。合成STEM像作成のための積分領域を決定するパラメーターも自由に変更することができ、BF、ABF、DPC-STEM像を表示・保存することが可能である。

Fig. 4 グラフェンの合成STEM像

グラフェンの合成STEM像

(a)グラフェンのBF-STEM像。右下の挿入図は実際に得られたCBEDパターンの例で、STEM像作成のための積分領域(黄色)を重ねて表示している。検出半角は0 ‒ 6.2 madである。(b) グラフェンのDPC-STEM像。右下の挿入図中の青で示した扇形の領域を引き算、黄色で示した領域を足し算することでSTEM像を作成している。検出半角は0 ‒ 31.2 mradである。STEM像中に現れている左下から右上に流れるような異方性は、積分領域の扇形の角度を反映したものとなっている。

Fig. 5 4DCanvasの操作GUIの例

4DCanvasの操作GUIの例

画面中心はCBEDパターンのライブ像である。画面右端には合成STEM像(ここでは円環DPC-STEM像)のライブ像を表示している。他にも、カメラのビニング、ゲイン、撮影モードの切り替えも行うことができる。

Ni薄膜からの磁場マップ取得例

電子が薄膜を通過するとき試料中の磁場によるローレンツ力により偏向され、検出面ではこの偏向角に応じてビーム位置がシフトする。強誘電体でも同様に試料中の電界によって電子が偏向される。ピクセル型STEM検出器ではSTEM像の各画素におけるCBEDパターンを二次元画像として取得しているため、各STEMプローブ位置における電子ビームの位置シフト量と方向を直接検出することができ、各画素における磁化の方向や分極方向の強さ表す磁場や電場のマップを作成することが可能である。Fig. 6は強磁性体金属のNi薄膜から取得した4次元データから作成した磁場マップの例である。顕微鏡はJEM-2800を用い、加速電圧100 kVで取得した。Ni薄膜中には面内に磁化方向を持っている磁区がある。Fig. 6(a)はローレンツモードで取得したTEM像で、試料薄膜のエッジ付近に発生した磁場の磁壁を確認することができる。Fig. 6(b)はFig. 6(a)の破線内領域から取得した4次元データを用いて作成した磁化方向と強さを表すマップであり、各点における磁場ベクトルの方向と大きさが明瞭に可視化されている。

Fig. 6 Ni薄膜から取得した磁場マップ

4DCanvasの操作GUIの例

(a) Ni薄膜のローレンツTEM像。Ni薄膜の裂け目の部分を観察しており、真空部分との境目付近に磁壁を観察することが出来る。
(b) (a)中の破線内領域から取得した4次元データから作成した磁場マップである。矢印は各スキャン点における透過波の位置シフトから計算した磁場ベクトルを表している。左上の挿入図の色相は磁場ベクトルの角度を、色飽和はベクトルの大きさをそれぞれ表している。

タイコグラフィーによる位相物体の再構成

4次元データを利用すると、タイコグラフィーのような処理も可能となる。タイコグラフィーは試料の位相像を高効率で再構成する処理法で、グラフェン等の位相物体のイメージングに対して有用であることが示されている[3-5]。Fig. 7はFig. 4で取得した同じ4次元データからタイコグラフィーによって再構成したグラフェンの位相像(Fig. 7(b))と、同時取得したADF-STEM像(Fig. 7(a))である。タイコグラフィー再構成位相像の方は高S/N、高コントラストである。タイコグラフィー処理では、空間周波数に応じでCBEDパターン上の位相コントラストに寄与する領域(透過波と回折波が重なり合った領域)を抽出している。こうすることで位相コントラストに寄与しない部分(ノイズとなる)は除去できる。また、各分割領域の位相の極性も計算機上で処理できるので位相コントラストを高効率で利用することができる。このように処理空間周波数に応じて検出器の形状をダイナミックに変える必要がある場合は、4DCanvasは最適な検出器といえる。

Fig. 7 タイコグラフィー処理によるグラフェンの位相像

4DCanvasの操作GUIの例

(a) グラフェンのADF像。ADF検出器の取り込み半角は47 ‒ 187 mradである。
(b) (a)と同時取得した4次元データの処理により再構成したグラフェンの位相像。(a)と比較するとS/N、像コントラストが大幅に高くなった像が得られている。

まとめ

我々はピクセル型STEM検出器「4DCanvas」を開発した。高感度で高速なSTEM検出器であり、得られた4次元データを処理することにより様々な種類のSTEM像を得ることが可能である。今後、4次元データの処理法の進展をフィードバックしていくことで、より一層の機能強化も図っていく予定である。

謝辞

本製品の開発にあたり、福田知久、染原一仁、齊藤隆光、番場弘幸、片岡賢紀、山﨑悠司、沢田英敬、山岸亮、山崎和也、吉田俊介、石川勇、有馬秀昭、近藤行人、大藏善博、 Martin Simson、Martin Huth、Henning Ryll、Sebastian Ihle、 Robert Ritz、Hao Yang、Lewys Jones、Gerardo Martinez、 Heike Soltau、Peter D. Nellist教授、およびプロジェクトメンバーの協力、助言に謝意を表する。

参考文献

  • E. Okunishi et al., Microsc. Microanal., 15 (S2)(2009)164.
  • N. Shibata et al., J. Electron Microsc., 59 (6)(2010)473.
  • P. D. Nellist et al., Nature, 374(1995)630.
  • T. J. Pennycook et al., Ultramicroscopy, 151(2015)160.
  • H. Yang et al., Nat. Commun., 7(2016)12532.

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