• 概要

日本電子news Vol.49 No.8 上岡 昌典、谷口 明、高島 徹
日本電子株式会社 IE事業ユニット

電子ビーム蒸着は電子部品の電極膜、カメラ部品の各種光学膜、メガネレンズの反射防止膜など成膜加工に広く利用されている薄膜形成技術の一つである。
日本電子(株)は1960年から主に光学膜市場を主なターゲットとして様々な電子ビーム蒸着装置や電子ビーム蒸着用偏向型電子銃(以下、偏向型電子銃と略)を開発、市場投入し今日に至っている。
近年、電子部品、光学部品に要求される性能・品質は益々高くなってきており、従来の延長線上での電子ビーム蒸着技術では対応が難しく、偏向型電子銃に対して新たな機能追加や性能向上が求められている。当社では、厳しい品質要求に応えるための新型電子銃・電子銃電源を市場供給し、これまでにない新プロセスの開発や歩留まり向上を実現している。また有機デバイス向けをターゲットに電子ビーム間接加熱蒸着源を新たに開発し、金属やフッ化物のコーティング用途への応用が始まっている。

はじめに

日本での電子ビーム蒸着技術は、1964年の東京オリンピックでのカラーテレビ放送がきっかけとなり、従来の抵抗加熱法では対応できない高融点誘電体材料による多層反射防止膜を実現する成膜技術として次第に普及していった。今日では電子ビーム蒸着に利用される蒸着材料が多種多様となり、昇華性材料から高融点材料まで様々な材料を効率良く加熱、蒸発できる技術として広く普及し、スマートフォンを中心とした光学部品や各種電子部品の電極膜のコーティング技術としても欠かせない技術である。当社はその黎明期から蒸着用偏向型電子銃の装置開発を開始し、急拡大した電子ビーム蒸着装置の需要に応えるべく新製品開発を継続してきた。現在では良好な電子ビーム形状と電子ビーム走査技術などの付加機能の確立により国内外の多数の生産現場で稼働実績を有している。
電子ビーム蒸着法は原理がシンプルであり、完成された技術と思われがちであるが、年々厳しくなるコーティング仕様やコストダウン要求に対応するため、偏向型電子銃の供給メーカーに対する要求も日々変化している状況にある。具体例を挙げると、一眼レフカメラやスマートフォンに代表されるカメラの高画素化に伴い光学部品の外観品質は年々その厳しさを増す一方である。外観品質は外観観察での欠陥(異物付着やピンホール等)サイズと欠陥数などから決定され、様々な要求仕様が存在する。現在、欠陥サイズの仕様に5 μm以下の厳しい要求仕様が存在しているが、いずれサブミクロンの要求仕様が出てくるであろうと予想される。このような厳しい外観品質要求に対応するためには、コーティング工程で中心的役割を果たす偏向型電子銃の性能も関わってくる。
また、コーティング対象の基板が高エネルギー荷電粒子の照射に耐えられないものや蒸着材料に高エネルギー電子ビームを照射できない用途もあり、従来の延長線上での偏向型電子銃の改良だけでは対応できないニーズが新たに現れてきている。従来の偏向型電子銃は、電子ビームを180°または270°に偏向し蒸着材料に直接電子ビームを照射する構造であるが、当社では蒸着材料を充填した容器に直接電子ビームを照射し、間接的に蒸着材料を加熱する電子ビーム間接加熱方式を採用したボンバード蒸着源を新たに開発した。
以下に、偏向型電子銃の最新技術と工業向け蒸発源で市場導入が初めてとなるボンバード蒸着源を紹介する。

高機能電子銃電源ICEシリーズの紹介

デジタルカメラの撮像素子前面に配置される赤外線カットフィルターには、TiO2などの高屈折率材料と低屈折率材料であるSiO2を数十層交互に積層した光学多層膜が使用される。画素数増加に伴い、撮像素子も高精細化が進み光学部品の品質も日々要求が厳しくなっている。赤外線カットフィルターは電子ビーム蒸着法で成膜されるが、近年ではミクロンオーダーの膜欠陥も問題となるためコーティングの外観品質向上が課題となっている。膜欠陥の発生要因は多岐にわたるが、蒸着工程における偏向型電子銃に起因する主な要因としては

①蒸着材料またはルツボ周りから落下した付着物の突沸
②反射電子によるルツボ周りの付着物蒸発
③異常放電発生時のルツボ周りの付着物蒸発に起因する異物混入などが挙げられる。

これらの対策として、①や②については蒸着材料の選定や蒸着装置のルツボ周りの構造設計見直しによりルツボ周辺の着膜量を減らすことである程度の改善が可能である。また③については、新型電子銃電源BS-720xxICEシリーズ(Fig. 1)の加速電圧高速復帰性能により、異常放電発生時のルツボ外への電子ビーム照射を無視できるレベルまで抑制し、異物の発生を抑えることが可能である(Fig. 2、Fig. 3、Fig. 4)。また蒸着材料の局所的な溶融や溶け残りは異物飛散の原因となるため、歩留まり向上のためには材料の溶融形状の安定化とパラメーター調整の容易さが重要な要素となる。ICEシリーズ電子銃電源は3種類の電子ビーム走査モードを標準で装備し、蒸着材料に適したモード選定と細かな走査パラメーターの調整により安定した溶融形状を実現可能である(Fig. 5)。

Fig. 1 電子銃電源

電子銃電源

Fig. 2 アーキング発生時の高速復帰性能

アーキング発生時の高速復帰性能

Fig. 3 BS-720xxICEシリーズ電源の加速電圧高速復帰性能

BS-720xxICEシリーズ電源の加速電圧高速復帰性能

Fig. 4 BS-720xxICEシリーズ電源による歩留まり改善事例

BS-720xxICEシリーズ電源による歩留まり改善事例

Fig. 5 BS-720xxICEシリーズ電源のサークルスキャンモード応用事例

BS-720xxICEシリーズ電源のサークルスキャンモード応用事例

高性能偏向型電子銃の紹介

光学部品は性能・品質要求に併せて低コスト要求も非常に厳しい状況にある。この低コスト化に対応するために偏向型電子銃に求められる性能として、消耗品の削減とメンテナンス周期の観点からフィラメントの長寿命化が挙げられる。当社の偏向型電子銃/ BS-600xxシリーズ(Fig. 6)ではイオン衝撃影響のないUの字形状のフィラメントとすることでフィラメントの長寿命化を実現し、高い生産性を実現する(Fig. 7)。
また、偏向型電子銃はバッチ式(プロセス完了時にチャンバーを大気開放して加工品の出し入れを行う方式)の蒸着機に搭載されるケースが多く、大気に晒される時間が比較的長い。その結果、その後の真空中での成膜プロセスでは加熱されたフィラメントが熱源となって電子銃内部に吸着していたガスが放出され、高電圧印加部材とアース電位部材との間で瞬間的圧力増加による異常放電現象が発生し易い。異常放電現象は電子ビーム加速電圧の大きな変動を伴うため、その瞬間電子ビーム軌道半径を変化させ、電子ビーム照射位置も大きく変動する。そのため、不安定な成膜速度や異物飛散によるパーティクル発生の原因となり、生産の歩留り悪化を招く結果となっている。
ICEシリーズ電子銃電源での加速電源高性能化に加え、当社の偏向型電子銃/ BS-60060DEBS と BS-60070DEBSでは、異常放電抑制を図るために電子源付近の高電圧印加部材とアース電位部材の空間距離を適切に確保し、さらに電子源付近で発生した放出ガスが速やかに排気されるよう電子源周囲を開放空間とするよう専用設計されている。Fig. 8に偏向型電子銃のフィラメント付近の圧力を通常動作圧力以上に高めた場合の異常放電発生頻度を調べた結果を示す。従来電子銃では異常放電が多発し、安定動作が不能となる結果となったが、異常放電抑制構造を持つ偏向型電子銃では異常放電が発生しない結果となり、その効果の違いが確認できる。

Fig. 6 電子銃 BS-60060DEBS / BS-60070DEBS

電子銃 BS-60060DEBS / BS-60070DEBS

Fig. 7 長寿命フィラメントの性能比較

長寿命フィラメントの性能比較

Fig. 8 新型電子銃の放電抑止性能

新型電子銃の放電抑止性能

低温成膜対応金属蒸着用偏向型電子銃の紹介

電子部品の電極膜形成にはスパッタリング法や電子ビーム蒸着法などが利用されている。近年、LED製造工程においては高スループットと低コストを実現できるリフトオフ法を採用するケースが増え、蒸着源として偏向型電子銃の採用が顕著に増加傾向にある。リフトオフ法はレジスト塗布後、露光、現像を経て電子ビーム蒸着により金属膜成膜を行った後、レジストを除去してデバイスのパターン形成を行うもので、従来主流であったエッチング法でのイオンエッチング工程が省けるメリットがある。しかしその反面、レジストの耐熱温度を充分に下回る基板温度での低温成膜の実現が不可欠である。
LEDの電極膜形成は基板無加熱の条件で成膜するのが一般的であるが、加熱された蒸着材料からの輻射熱や反射電子による基板の直接加熱、反射電子により加熱された蒸着装置内壁からの二次的な輻射熱により基板に塗布されたレジストの耐熱温度を超えてレジスト変形などの不具合を起こすことがある。当社では磁界を利用して反射電子の基板への直接的・間接的な熱影響を抑制することができる金属蒸着用電子銃/ BS-60210DEMを市場導入し、量産レベルの実績を有する。
この金属蒸着用電子銃の特長はルツボ後方に反射電子トラップを標準搭載したことであり、反射電子に指向性を持たせて低角度に偏向させる磁界をルツボ上方および後方空間に形成している(Fig. 9)。反射電子トラップが形成する磁界は偏向型電子銃の電子ビーム偏向角やビーム収束性に悪影響を及ぼすため、偏向型電子銃の電子ビーム性能と反射電子トラップ性能を両面で引き出すための最適な調整が適用されている。Fig. 10にアルミニウム蒸着時の基板温度低減効果を示す。旧型電子銃と比較して成膜後の基板温度上昇が抑えられていることがわかる。

Fig. 9 金属蒸着用電子銃の反射電子トラップ機構

金属蒸着用電子銃の反射電子トラップ機構

Fig. 10 金属蒸着用電子銃によるアルミニウムの低温成膜

金属蒸着用電子銃の反射電子トラップ機構

電子ビーム間接加熱方式ボンバード蒸着源の紹介

有機ELデバイスの電極膜形成でハイレート(蒸着速度大)蒸着、低温成膜での利点を理由に偏向型電子銃が採用されることがある。しかし偏向型電子銃の動作原理上、蒸着材料に高エネルギー電子線を照射することでX線や反射電子が発生し、それらが有機ELデバイスの有機層に入射すると有機膜がダメージを受け所望の発光性能が得られないという問題がある。
そのため当社では、有機ELデバイス向けに対策技術を付加した偏向型電子銃を提供することで対応している。具体的にはX線影響軽減のために電子ビーム加速電圧を3kV以下に下げる、および基板近傍に設けた磁界により反射電子を基板入射前に偏向させる技術が利用される。
しかし、加速電圧を下げる対策方法は蒸着材料に投入されるパワーが減少し、成膜レートとトレードオフの関係となる。また、反射電子対策のための磁界発生装置は大面積基板対応の場合に装置構成が複雑となり、装置のコストアップが大きな問題となる。そこで電子ビーム加熱によるレート制御性、低温成膜の利点を残しつつ、X線や反射電子対策が不要な蒸着源としてボンバード蒸着源/ BS-60310BDSを開発した(Fig. 11)。
この製品の主な特長は、真空中に保持されたライナーと呼ばれる容器を下方から電子ビームにより加熱し、ライナーからの熱量を熱伝導及び熱輻射によって蒸着材料に伝えて溶融・蒸発させる点である。この構造により電子ビーム発生源と蒸気発生領域を分離し、電子銃から発生する電子およびX線は、カバー等によって物理的に完全に隔離され、基板に到達することがない。また、熱容量の小さいライナーを加熱制御性の高い電子ビームで加熱することで、蒸着レートの制御性を高めている。電子源とライナーが分離構造となるためライナーをリボルバー式にして異種材料の多層成膜や同一材料の厚膜成膜などが一つの蒸着源で対応できることも特長の一つとなる。
これらの特長から、ボンバード蒸着源は有機ELデバイス用途において有機膜へのダメージを抑えつつ蒸着することに成功しているほか、光学薄膜の低欠陥成膜やフッ化物成膜でも特徴的な効果が得られている。以下に代表的なデータを紹介する。
Fig. 12は偏向型電子銃とボンバード蒸着源を使ってMgF2膜を成膜した際の外観を比較した写真である。偏向型電子銃で成膜したMgF2膜は突沸影響により点欠陥が存在し、その大きさは6~22 μmであった。光学薄膜フィルターが必須であるカメラの撮像センサーはコストダウンの影響で一画素あたりの面積が小さくなっており、近年では数μmオーダーの欠陥はNGと判別されるためMgF2によるこのような欠陥発生は歩留まりの悪化を意味し、可能な限りゼロにすることが求められている。それに対しBS-60310BDSで成膜した基板は問題となるレベルの欠陥が発生せず、外観品質の向上を実現している。
Fig. 13は、光学薄膜用途で使用されるYF3を石英基板に蒸着した際の光学特性を評価したグラフである。フッ化物は主に紫外域や赤外域の光学薄膜用途で使用され、光学的なロス(吸収・散乱)の少ない膜形成が求められている。このグラフより、偏向型電子銃による成膜サンプルは600 nm以下の領域で光学特性が劣化しており、短波長になるに従ってロスが増大している様子がわかる。それと比べBS-60310BDSにて成膜したサンプルは300 nm程度まで石英基板とほぼ同等の値をとり、光学的なロスが低く抑えられる結果となった。Fig. 14はそれぞれの蒸発源によってYF3を蒸着した際の溶跡を示す。偏向型電子銃では蒸着中に材料の電離現象が観察され、 蒸着後の溶跡が黒ずんだ色に変色していた。これはYF3が電子ビームのエネルギーにより解離し、フッ素が欠乏することで吸収が著しく増大したことによるものと考えられる。それに対しBS-60310BDSによって同材料を蒸着すると、電離現象が見られず蒸着後の溶跡も白色のままであった。このことから蒸気発生領域にエネルギーを持った電子が存在するか否かによって形成される薄膜の吸収率が異なり、 BS-60310BDSを用いることでフッ素の解離を抑制し光学的なロスの少ない光学薄膜を形成可能であると結論付ける。

Fig. 11 ボンバード蒸着源 BS-60310BDS

ボンバード蒸着源 BS-60310BDS

Fig. 12 ボンバード蒸着源によるMgF2の低欠陥成膜

アーキング発生時の高速復帰性能

Fig. 13 ボンバード蒸着源によるYF3の低吸収成膜

ボンバード蒸着源によるYF3の低吸収成膜

Fig. 14 ボンバード蒸着源と偏向型電子銃によるYF3の溶融状態の比較

ボンバード蒸着源と偏向型電子銃によるYF3の溶融状態の比較

まとめ

電子ビーム蒸着技術はその長い歴史の過程で、かつての職人技からスキルを問わない大量生産のツールとして変貌を遂げてきた。しかし一方でコーティング製品に対する要求仕様は厳しさを増すばかりであり、電子銃やその制御技術に対する要求も多種多様である。日本電子(株)では長年の知見から個別のニーズにも対応し、装置販売のみならずソリューションの提供を行っている。近年ではBS-720xxICEシリーズのラインナップにより電子ビーム制御電源の高性能化を果たすと共に、今回新たにボンバード蒸着源/ BS-60310BDSを市場導入することで基板ダメージの低減・薄膜の吸収低減に配慮した成膜を実現し、蒸着の可能性をさらに広げつつある。これからも電子ビーム蒸発源のリーディングカンパニーとして常に最先端の技術習得に励み、光学薄膜業界を下支えする柱となれるよう製品開発に邁進する所存である。

謝辞

本稿で紹介されたICEシリーズ電源での外観品質向上について、量産レベルでの歩留まり改善データをご提供下さいました光学薄膜加工メーカー様に感謝申し上げます。

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