JMS-S3000 "SpiralTOF™"とTOF-TOFオプションを用いたポリマーの構造解析:"Remainders of KM" プロット法を用いた開裂経路の可視化
MSTips No.270
タンデム質量分析は、ポリマーの末端、繰り返し構造(直鎖、環状、分岐)や共重合などの情報が得られる貴重な手法である。高エネルギー衝突誘起解離(HE-CID)は、タンデム飛行時間質量分析計(TOF-TOF)に特徴的な開裂手法であり、開裂効率は低いものの、低エネルギーCIDには観測されにくい開裂経路が多く豊富な構造情報を得られるという特徴をもつ。本報告では、”Remainders of KM” (RKM) プロット法を用いて、これら豊富な構造情報を可視化し、直感的な解析を可能にする方法を提案する。
実験
サンプルには、ポリプロピレンオキシド(PPO) の標準試薬を使用した。マトリックスにはα-シアノ-4-ヒドロキシケイ皮酸(α-CHCA), カチオン化剤にはトリフルオロ酢酸ナトリウム(NaTFA)を用いた。PPO, α-CHCA, NaTFAは、それぞれ10mg/mL, 10mg/mL, 1mg/mLのメタノール溶液に調整し、1:10:1 v/v/vで混合した。プロダクトイオンスペクトルは、JMS-S3000 SpiralTOF™ とTOF-TOFオプションを用いて正イオンモードで取得した。データ解析は、msRepeatFinder 3.0により行った。
HE-CID によるプロダクトイオンスペクトル
PPOのマススペクトルでは、末端がHとOH基のナトリウム付加イオンが主に観測された。その30量体のモノアイソトピックイオン(m/z 1782.3)を選択し、HE-CIDによるプロダクトイオンを取得した(Fig. 1)。 Fig.1には、高イオン強度のプリカーサイオンm/z1782と低イオン強度で一連のフラグメントイオンが観測されている。フラグメントイオンがわかるようにイオン強度軸を拡大すると最も低質量側にNa+が観測されており、プリカーサイオンまで主に2つの繰り返し単位bxとcx が観測された(bxとcxシリーズの構造は参考文献[1]による)。またそれ以外の微量成分のシリーズも観測されている。プロダクトイオンスペクトルに観測されたピークを1つ1つ確認しながらポリマーのシリーズに帰属していくことは、時間がかかり解析面で律速段階となる。

Fig. 1. HE-CID mass spectrum with two main product ion series noted bx and cx
Kendrick mass defect (KMD) プロット
HE-CIDのプロダクトイオンスペクトルをKMDプロット[2] (繰り返し単位: C3H6Oに指定)で可視化すると、横軸と平行に不明瞭な雲状に分布するだけであった(Fig. 2)。これはTOF-TOFオプションによるフラグメントイオンの質量分解能や質量精度が、構成元素の質量欠損由来の質量差を議論できるほどが高くはないためである。

Fig. 2.“Regular” KMD plot (base unit: propylene oxide C3H6O from the repeat unit list) using msRepeatFinder.
Remainders of KM (RKM) プロット
次に、同じピークリストをRKMプロット[3] (繰り返し単位: C3H6Oに指定) を使用して可視化した(Fig. 3) 。RKMプロットでは、KMDプロットのような不明瞭な雲状の分布ではなく、横軸と平行な複数のシリーズが明瞭に可視化できていることがわかる。これら複数のシリーズがそれぞれに異なる構造情報に由来する。赤色はbx, 緑色はcxシリーズに対応し、そのほかにもいくつかのシリーズが検出されている。このようにHE-CIDでは構造情報豊富なプロダクトイオンスペクトルが得られることがRKMプロットを使うことで容易に理解することができる。

Fig. 3. RKM plot (base unit: propylene oxide C3H6O from the repeat unit list) using msRepeatFinder.
msRepeatFinderのグルーピングモードを利用すると、RKMプロット上に観測されている横軸に平行なシリーズを色付けすることができる。Fig.3のbxとcxは、この機能を用いてそれぞれ赤色と緑色に色付けしたものである(Fig. 3)。 グループ化したピークは、プロダクトイオンスペクトル上の対応するピークにも同時に色付けされる(Fig. 4)。また、注目したいシリーズ(ここではbx)のみを表示し、他を非表示にすることもできる(Fig. 5)。このようにRKMプロットとプロダクトイオンスペクトルの相関も容易に把握しやすいため解析をスムーズに行うことができる。

Fig. 4. Visualization of the two main product ion series (green bars: cx; red bars: bx) by grouping points horizontally aligned in the RKM plot.

Fig. 5. Visualization of one ion series only by hiding the unselected points.
展望
RKMプロットは、 ホモポリマーやコポリマーのHE-CIDによるプロダクトイオンスペクトルにも応用が可能であり、末端の違い、ランダム/ブロック共重合体の識別、ニュートラルロスの解析が進むことが期待できる[4]。
謝辞
本データは、国立研究開発法人 産業技術総合研究所 機能化学研究部門 佐藤浩昭氏、Thierry Fouquet氏との共同研究の成果です。References
[1] C. Wesdemiotis, N. Solak, M. J. Polce, D. E. Dabney, K. Chaicharoen, B. C. Katzenmeyer. Mass Spec. Rev. 2011, 30, 523-559.
[2] H. Sato, S. Nakamura, K. Teramoto, T. Sato. J. Am. Soc. Mass Spectrom. 2014, 25, 1346–1355.
[3] T. Fouquet, T. Satoh, H. Sato. Anal. Chem. 2018, 90, 2404–2408.
[4] T. Fouquet, H. Sato. Rapid Commun. Mass Spectrom. 2016, 30, 1361–1364.
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