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熱脱着・熱分解DART-TOFMSによるポリスチレンの末端基構造の解析 [DART Application]

MSTips No.318

熱分解ガスクロマトグラフィー質量分析法 (Py-GC-MS) やマトリックス支援レーザー脱離イオン化質量分析法(MALDI-MS)は、ポリマーの分析において強力なツールである。Py-GC-MSは、ポリマー試料を瞬間的に加熱し、熱分解で生じるガス成分をGC-MSで分析する手法である。様々な状態のポリマーに適用可能であり化学情報が得られるものの、ポリマーがモノマーレベルまで分解されるため試料の平均的な情報となり末端基構造解析までは難しい。MALDI-MSは、ポリマーをソフトにイオン化可能であり、適切なマトリックスを選択することで分子量数100Da~数100 kDaのポリマーをイオン化可能である。高分解能飛行時間質量分析計と組み合わせることで分子量10 kDa程度までであれば、末端基の異なるホモポリマーの混合物、異種ポリマーの混合物、共重合ポリマーであっても質量分離し、分子量分布を求めることも可能である。しかし、精密質量による末端基の元素組成解析は、おおよそ数kDa程度までの範囲に限られる。このようにPy-GC-MS、MALDI-MSによるポリマー分析に一長一短があるなかで、熱脱着・熱分解 (TDP)-DART-MSによるポリマーの末端基解析が提案されている[1]。この手法は昇温加熱デバイスによりポリマーを昇温加熱する際に発生するガスをDART-MSで質量分析する手法である。昇温加熱することでPy-GC-MSとはことなり、適度に断片化されたオリゴマー成分をDART-MSで分析することができる。発生するオリゴマー成分には、末端基構造を含むものもあり、ポリマーの構造解析の一助となる。本報告では、参考文献[1]で検討されたTDP-DART-MSによるポリスチレンの末端基解析が、昇温加熱デバイスionRocket (バイオクロマト社製)とAccuTOF™LC-plusを接続して可能か検証を行ったので報告する。

実験方法

試料は、サイズ排除クロマトグラフィー用の標準ポリスチレン (東ソー社製) のうち、分子量が5 kDa, 10 kDa, 100 kDa, 400 kDaのものを使用した。構造をFigure 1に示す。昇温加熱デバイスには ionRocket を用いた。昇温加熱デバイスからの発生ガスは、AccuTOF™ LC-plusにDART™イオン源を装着し測定を行った。 ポリスチレンは、10 mg/mLのテトラヒドロフラン溶液としionRocket用の銅製試料台に合計30µL滴下乾燥した。ionRocketの昇温は、最初の1分間を室温で保持しそれ以降100度/分で600度まで加熱を行った。DART™イオン源のヘリウムガス温度は450度とした。測定質量範囲はm/z 250~1,500とし、正イオンモードで測定を行った。

熱脱着・熱分解DART-TOFMSによるポリスチレンの末端基構造の解析
Figure 1 Chemical structure of polystyrene standards

結果

Figure 2aに昇温加熱にともなう全イオン電流 (TICC) の変化を示した。200度付近から熱分解によるガスが発生し始め、400度付近で極大となり、その後急激にガス量が低下した。Figure 2b、Cには、200度~300度、300度~400度のマススペクトルを示す。両スペクトルのパターンは大きく異なり、加熱温度が低いFigure 2bでは、末端基を含む熱分解オリゴマーが主に観測されており、加熱温度が高いFigure 2cでは主鎖内部から生じた熱分解オリゴマーが主に観測されている。

熱脱着・熱分解DART-TOFMSによるポリスチレンの末端基構造の解析
Figure 2 (a) Evolution profiles of polystyrene 5kDa in the TIC mode during the heating process.
Mass spectra of heating temperature (b) 200-300 deg and (c) 300-400 deg.

Figure 3aはFigure 2bのマススペクトルのm/z 475~715を部分拡大をしたものである。またFigure 3bにそのKMDプロット (base unit C8H8) をあわせて示す。ポリスチレンのモノマー質量である104u間隔のシリーズが2つ観測された。観測された2つのシリーズの精密質量から推定される構造をFigure 3c, dに示す。これら2つのオリゴマーシリーズは熱分解過程でポリマー主鎖が1か所切断され、その際に酸素が取り込まれた構造の分子が[M+H]+でイオン化したと考えられる。1か所切断により生成したオリゴマーのため、末端基構造を残した形となっている。このように昇温加熱により発生するガスの初期段階のマススペクトルを選択し、解析することでポリマーの末端基の組成について考察できる。また参考文献[1]では、熱分解により生成したオリゴマーのシリーズは[M+H]+と[M+NH4]+の両方が観測されているが、今回の結果では[M+H]+が優勢に観測されておりシンプルなマススペクトルが得られた。これは、AccuTOF™シリーズの大気圧インターフェイスが排気能力に優れ、DART™イオン源でイオン化に利用するヘリウムガスの排気を補助するVAPURを使用せずに測定可能なためであると考えられる。VAPURを装着した際のマススペクトルの変化については既報MSTips 221[2] を参照されたい。

熱脱着・熱分解DART-TOFMSによるポリスチレンの末端基構造の解析
Figure 3 (a) Expanded mass spectrum of Figure 2b. (b) KMD plots of Figure 2b(base unit C8H8).
The estimated chemical structures and calculated masses of (c) series1 and (d) series 2.

最後にポリスチレンの分子量の違いによる末端基を含む熱分解オリゴマー (前ページSeries 1) のイオン量の変化を調べた。分子量が大きくなるにしたがい、1か所切断による末端基情報を含む熱分解オリゴマーの割合は徐々に減っていくことがわかる。分子量100 kDa程度までは観測できているが、400 kDa以上では観測が難しくなっている。ちなみにMALDI-TOFMSでは10 kDa以上では分子量分布を確認できるものの末端基の情報を得ることは難しくなるため[3]、両者を組み合わせることで相補的な情報が得られる可能性を示唆している。

熱脱着・熱分解DART-TOFMSによるポリスチレンの末端基構造の解析
Figure 4 The mass spectra of polystyrene (a) 5kDa, (b) 10kDa, (c) 100kDa and (d) 400kDa using TDP-DART-MS.

まとめ

TDP-DART-MSを用いて昇温加熱時に1回切断したオリゴマーを検出し、組成解析することで末端基の情報が得られることを確認した。従来のPy-GC-MSやMALDI-MSと相補的に利用することでポリマーの構造解析がより進むことが期待される。

謝辞

本資料は国立研究開発法人産業技術総合研究所 機能化学研究部門 佐藤浩昭氏、山根祥吾氏、中村清香氏のご協力により作成したものです。
DART™用熱脱着・熱分解デバイスionRocketを実験のためにご貸与いただいた株式会社バイオクロマトに感謝いたします。

参考文献

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