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超低加速電圧SEMによる極表面観察

応用研究センター

走査電子顕微鏡(SEM,Scanning Electron Microscope)は表面観察および分析を主な目的にしていることから,比較的低い加速電圧が用いられることが多い。加速電圧を下げるとSEMの解像力が低下するため,ある程度高い加速電圧が使われてきたが,装置の高分解能化に伴ってより低い電圧で観察する機会が多くなり,1kV前後の加速電圧での観察がごく当たり前となっている。 ここでは,数百V以下の加速電圧を得るために用いられる減速法の特徴を中心にして,超低加速電圧SEMとその応用について紹介することとする。

−目 次−

  1. 低加速電圧による試料表面の観察
  2. 低加速電圧による絶縁物の観察
  3. 実際のSEMで得られる最低加速電圧
  4. 減速法による低加速電圧観察
  5. まとめ


1. 低加速電圧による試料表面の観察

試料に入射した電子は,試料を構成する原子との相互作用によりエネルギーを失いながら散乱し,最終的に試料に吸収される。この時,一部の電子は後方に散乱し,反射電子として試料表面から真空中に放出される。これらの散乱過程で二次電子が生成されるが,二次電子のエネルギーは50eV以下と低いため,試料内部で生成されたものは吸収され,真空中に放出されることはない。したがって,入射電子および反射電子によって試料極表面で生成された二次電子だけが真空中に放出されることになる。反射電子は試料内部の情報を持っているため,検出された二次電子信号には試料表面だけでなく,試料内部の情報も混入することになる。内部情報の混入を減らして表面情報のみを得るためには,入射電子の侵入深さが二次電子の飛程と同等になることが必要である。入射電子の侵入深さ(飛程)は,Kanayaら[1]によれば,R=27.6E01.67A/ρZ8/9で与えられる。ここで,Rは侵入深さ(nm),E0は入射電子のエネルギー(keV),Aは原子量,ρは密度(g/cm3),Zは試料の原子番号である。例えば,Al2O3の場合,入射電子エネルギーが500eVになると侵入深さは5nm程度となり,二次電子の飛程とほぼ同じレベルになる。

Fig1は、加速電圧を変えて撮影した窒化硼素の板状結晶の二次電子像である。a)の加速電圧5kVでは上に重なった結晶を電子線が突き抜けるため,下側の結晶の像が重なって観察されている。白い矢印で示した結晶では,結晶の裏側から放出された二次電子も検出されているため,その部分が明るく見えるのに対して,黒い矢印で示した結晶では下に重なった結晶により裏面からの二次電子放出が抑えられているため,暗く見える。b)の加速電圧1kVでは,結晶表面のテラス状のステップが立体的に見え,入射電子が結晶を突き抜けていないため,裏側が明るくなることもない。このように,加速電圧を下げることで試料の表面のみを観察することができる。 Fig.1 加速電圧の違いによる二次電子像の違い

2. 低加速電圧による絶縁物の観察

加速電圧を下げるもう一つの目的は,絶縁物をコーティングすることなく観察することである。Fig. 2 は、入射電子エネルギーを変えた時の二次電子放出率を模式的に現したものである。入射電子エネルギーが低くなると,二次電子放出率は増加していき,E2以下で1を越えるが,入射電子エネルギーがさらに低くなると,二次電子放出率はE1以下で再び1より小さくなる。この現象は入射電子の侵入深さと二次電子の飛程の関係で説明できるが,二次電子放出率が1になるエネルギーE1あるいはE2付近の加速電圧を使えば,試料に流入する電荷と流出する電荷がバランスし,絶縁物を帯電無しに観察できることになる。Fig.3はこの手法の応用例である。a)の加速電圧10kVでは帯電の結果,画像が尾を引いたり表面形態がつぶれたようになっているが,b)の加速電圧1.2kVでは帯電を起こすことなく,結晶表面のステップ状構造も観察される。

Fig.2 入射電子エネルギーと二次電子放出率の関係

Fig.3 低加速電圧観察による帯電の抑制

 

3. 実際のSEMで得られる最低加速電圧

熱電子銃を搭載したSEMでは,加速電圧を下げることに技術的な問題はないが,電界放出電子銃の場合,従来の方法では500V以下の加速電圧を得ることは難しい。電界放出電子銃では,陰極(エミッタ)と引出電極の間に高電圧(引出電圧という)を掛けて電子を放出させた後,陰極と加速電極の間に掛けた高電圧(加速電圧)で所定のエネルギーに加速する。引出電圧に比べて加速電圧が低くなると電子は減速されるが,この時に電極間に起きるレンズ作用のため,加速電圧が引出電圧の1/10程度になるとSEMの光学系の制御が極めて困難になる。引出電圧は通常数kVであるから,加速電圧が500V程度より低くなるとSEM像を得ることが出来ない。これを解決する手法が,最終段の結像レンズである対物レンズ磁場に減速電界を重畳させて,より低エネルギーの電子線を作る方法すなわち減速法(deceleration method)である。

4. 減速法による低加速電圧観察

4-1 減速法の原理

減速法は,試料の直前まではある程度高いエネルギーの電子線として扱い,対物レンズに重畳させた減速電界によって目的のエネルギーの電子線を得る方法である。このような考え方はSEMの黎明期に試されていたが[2],実用化されたのは比較的最近である。Fig.4は市販されているSEMで採用されている2種類の減速法を模式的に示したものである。a)は電子銃から放出された電子線が対物レンズ磁極片を通過する時に減速されるもので界浸レンズ(immersion lens)方式と呼ばれ,b)は電子線が対物レンズ磁極片と試料の間で減速されるもので陰極レンズ(cathode lens)方式と呼ばれる。 界浸レンズ方式では,対物レンズの内側に電子銃陽極と同じ電位に保たれた内筒を置き,この電極と対物レンズ下極の間に出来る静電レンズを対物レンズに重畳して,最終段レンズとする。対物レンズ下極と試料は同じアース電位に保たれている。陰極レンズ方式では,電子銃陽極から対物レンズ下極までをアース電位に置き,試料ステージに負のバイアス電圧を掛けることで減速する。 界浸レンズ方式では試料付近の電界が弱いため試料表面形状がレンズの特性に影響を及ぼしにくいのに対して,陰極レンズ方式では減速電界を大きくすることでより高解像力が得られる,といった特徴がある。詳細は文献[3]にまとめられているので参照されたい。

Fig.4 二種類の減速方の模式図

4-2 減速法によって得られる最低加速電圧

比較的システムの簡単な陰極レンズ方式を例にとって説明すると,電子銃から放出される電子線のエネルギー(加速電圧)をEpとし,試料ステージに掛けるバイアス電圧をEbとすると,試料に入射する電子線のエネルギーE0は単純にE0=Ep-Ebとなる。例えば,加速電圧を1.1kVとし,バイアス電圧を1kVとすると,試料に入射する電子のエネルギーは100Vとなる。加速電圧を3.1kVとし,バイアス電圧を3kVとしても,試料に入射する電子のエネルギーは100Vとなるが,Ep/ E0の比が極端に大きくなると像の歪みが大きくなったり,試料表面の大きな凹凸の影響が大きくなるので,そのような現象の起きにくいEpとEbの組み合わせを使うのが普通である。現状では,減速法を導入している市販のSEMでの最低の加速電圧は100V程度となっている。 Fig.5はITO上の厚さ約50nmの有機導電膜を観察した例である。a)の加速電圧1kVでは有機導電膜を透してITOの結晶が観察されているのに対して,b)の加速電圧100Vでは入射電子線が有機導電膜を透過せずITOの結晶はほとんど観察されない。これは,薄い有機導電膜が視野全体を覆っていることを意味している。また,1kVの像で黒っぽいシミ(矢印)のように見えるものは何らかのコンタミネーションと考えられるが,100Vでは凹凸のコントラストとして観察される。これは粒子状の異物がITOと有機導電膜の界面に存在していることを示しており、このような有機膜の表面形状観察は100Vという超低加速電圧において初めてなしえるものである。試料に入射する電子のエネルギーが1kV付近から下では,入射電子の侵入深さは二次電子の飛程とほぼ同じになり,傾斜面での二次電子発生量は垂直入射の時とほとんど変わらなくなる。したがって試料での凹凸コントラストはほとんど付かないことになり,物質による二次電子放出量の差がコントラストを作ることになるが,この二次電子像では,凹凸感は保たれている。これは,二次電子の放出方向の違いが軌道の違いとしてコントラストを生じさせているためと考えられる。

Fig.5

4-3 減速法による解像力の向上

試料表面の情報を得ようとして入射電子のエネルギーを下げる(加速電圧を下げる)と解像力が低下し,特に数kV以下では急激に解像力が低下する。この原因は電子銃から放出される電子のエネルギーのバラツキによる収差が,低加速電圧では大きくなるためである。代表的な2種類のSEMの加速電圧と解像力の関係をFig.6に示す。一つは熱電子銃を搭載した汎用形SEM,もう一つは電界放出電子銃と高性能の対物レンズを組み合わせた,超高分解能SEMである。超高分解能SEMの場合,電界放出電子銃を用いることで,輝度が高くエネルギーのバラツキが小さい電子線が得られること,高性能の対物レンズにより収差が小さくできることによって,低加速電圧でも高い解像力が得られるわけである。しかしながら,このようなSEMであっても1kVでの解像力は数nmが限界である。解像力をさらに向上するには対物レンズの収差を補正する方法がある[4]が,ここでは触れない。
減速法を用いた場合,単に最低加速電圧が低くできるだけでなく,対物レンズ磁場に重畳された静電レンズの収差が小さくなるため解像力を上げることが可能である。とくに陰極レンズ方式においては,Ep/E0を大きくすることで収差が極めて小さくでき,解像力がかなり向上できる。Fig.7は陰極レンズ方式で得られた加速電圧と解像力の関係を示すもので,3kV以下の加速電圧範囲に対して減速法を適用したものである。通常の方法では,加速電圧1kVで2.2nmの解像力が得られているのに対して減速法では1.5nmに改善されている。Fig.8は,加速電圧100V, 10万倍で撮影されたカーボン板上に蒸着した金粒子である。100Vという超低加速電圧でも極めて高い解像力が得られている。

上:Fig.6 加速電圧と解像力の関係 中:Fig.7 減速方による解像力の向上 下:Fig.8 加速電圧100Vで撮影したカーボン板上の金粒子

 

4-4 二次電子検出に対する減速電界の影響

超高分解能SEMでは,対物レンズの磁場を通して二次電子を検出するTTL(Through The Lens)検出器が用いられる。この方法では,エネルギーの小さな二次電子が効率よく検出されるため,試料の帯電の影響を受けやすい。一方減速法では,一次電子に対する減速電界は,試料を離脱する二次電子に対しては加速電界として作用する。この結果,二次電子は元のエネルギーが小さいにも関わらず,すぐに加速されてEbに相当するエネルギーを持った高速電子となるので,試料の局所的な帯電の影響を受けにくくなる。Fig.9は,同じ入射電子エネルギー1keVで撮影されたコーティング無しの蛍光塗料(ZnS)粒子である。a)はEp=1.0kV,Eb=0で撮影されているが,帯電の影響により微分されたような像となっているのと同時に画像が尾を引いている。これに対して,b)のEp=1.2kV,Eb=0.2kVで撮影されたものでは,帯電の影響が軽減されている。c)はEp=3.0kV,Eb=2.0kV とさらにバイアス電圧が高くなっており,この条件では,帯電の影響は全く認められず,立体感に富んだ像となっている。d),e),f)は,a),b),c)に対応して粒子の表面を高倍率で観察したものであるが,f)では像解釈を誤るような異常コントラストは生じていない。

Fig.9 バイアス電圧の帯電減少への影響

5. まとめ

電界放出電子銃を搭載した超高分解能SEMに減速法を導入することによって,数百V以下の低加速電圧での観察が可能になり,しかも数nmの解像力が得られるようになった。 一方,得られた像を解釈する場合は注意が必要になる。低いエネルギーで観察した二次電子像では従来の像と違ったコントラストを示すことが多いが,1kVを下回る加速電圧領域においては像のコントラストのメカニズムが完全に解明されていない部分がある[5]からである。像コントラスト成因の解明とともに,検出された二次電子のエネルギー選別などを含めて今後の研究が必要である。なお,ITO上の有機導電膜の試料を提供頂いた(財)山形県産業技術振興機構 小田 敦 博士に感謝致します。

6. 参考文献

  1. K. Kanaya and S. Okayama, J. Phys. D. Appl. Phys., 5, pp.43-58 (1972).
  2. I. Mullerova and M.Lenc, Ultramicroscopy, 41, 399-410(1992)
  3. L. Frank and I. Mullerova, J. Electron Microscopy, 48, 205-219(1999)
  4. K.Honda, S.Uno, N.Nakamura, M.Matsuya and J.Zach, Proc. 8th Asia-Pacific Conf. Electron Microscopy,44-45 (2004)
  5. I. Mullerova, Scanning, 13, 7-22 (1999)

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