MALDI Application: 紙表面のボールペンインクの分析 ~JMS-S3000によるマスイメージングとSEM/EDSによる元素分析~

  • 概要

MSTips No.204

近年、生体組織における種々の化合物の分布を評価する手法として、マトリックス支援レーザー脱離イオン化(MALDI)を用いた、マスイメージングが進歩してきている。特にこの手法は特定の有機化合物のサンプル表面での分布を可視化できる点で、他の表面分析手法に比べると有用な情報を与える。本報告では、科学捜査などに適用できるボールペンでの筆跡について、マトリックス化合物と呼ばれるイオン化促進剤を使用しない、レーザー脱離イオン化(LDI)によるマスイメージングの検討を行った。これらの測定は、飛行距離17mをもち、低質量領域においても高い質量分解能を発揮できるJMS-S3000 "SpiralTOF™"を用いて実施した。また加えて、走査型電子顕微鏡JSM-6510LV による観察およびEDSによる元素分析を行った。
実験には、黒ボールペンと黒油性マーカーペンを用いた。測定はSpiralTOF™のポジティブイオンモードで行った。各ピクセルでは1kHzで照射を行い、5,000回分のマススペクトルを積算した。解析は、rawdataをimzMLに変換し、biomap 3.8を用いて行った。

JMS-S3000によるマスイメージングとSEM/EDSによる元素分析~
Fig.1 Crystal violet (m/z 372.2) LDI imaging of the handwriting letter "J" on a no-pretreatment paper.

はじめに、紙に書いた"J"という文字を、前処理することなく LDI のマスイメージングによる直接分析を行った。ボールペンのインクはクリスタルバイオレットを主成分としており、容易に検出することができ、100μm の空間分解能のマスイメージを描くことができた。しかしながら文字"J"の一部からはピークを検出することができず、マスイメージ上で文字が欠けてしまった (Fig. 1)。これは、紙の表面の非導電性やチャージアップなどが原因でないかと考えられる。そこで、導電性を高めるために紙表面に金蒸着を行い、検証を行った。その結果、クリスタルバイオレットが筆跡全体で観測された(Fig. 2)。このことから、非導電性のサンプル表面の分析を行う場合、金蒸着を行うことで分析対象物のイオン化量を増加させられることが分かった。

JMS-S3000によるマスイメージングとSEM/EDSによる元素分析~
Fig.2 Crystal violet (m/z 372.2) LDI imaging of the handwriting letters "JEOL" with a gold vapor deposition.

次に、黒ボールペンで描いた"Spiral"を黒油性ボールペンで塗りつぶした。その上から金蒸着を行い、LDI によるマスイメージングを行った。その結果を Fig. 3 に示す。黒ボールペンの文字は、黒油性マーカーで塗りつぶされているにもかかわらず、クリスタルバイオレットを観測することができ、"Spiral" の文字も 50μm の空間分解能で描けることが分かった。また、黒ボールペン、黒油性マジック由来のピークがそれぞれマススペクトルに観測されており、両者に特徴的なマスイメージを描くことができた。
さらに、"Spiral"の"ral"の部分について、JSM-6510LA 走査電子顕微鏡を用いて観察及び EDS による元素分析を行った(Fig. 4, Fig. 5)。SEM/EDS では、ボールペンの文字の部分はカーボンの量が多く、反対にボールペンの文字がない部分は酸素が多く観測された。高空間分解能での形態観察や、イオン化という不確定要素がないために高い定量性が期待できる結果であった。 一方、LDI でのマッピング結果と EDS の元素マッピングの結果を比較すると、LDI でのマッピングの方がより鮮明なマスイメージングを得ることができた。これは、LDI が有機化合物の形での局在情報を可視化できるためである。
以上の結果から、黒ボールペンで描いた筆跡を黒油性マーカーで塗りつぶしたサンプルに対して、LDIによるマスイメージングおよびSEM/EDSによる観察・分析が可能であることが分かった。LDIのマスイメージングでは、サンプル表面の有機化合物の情報を得ることができ、インクの分布を観測することができる。また走査型電子顕微鏡を用いることで表面の形態観察(凹凸や粗さ)や、元素構成の違いを定量的に得ることができる。
JMS-S3000やJSM‐6510LAのそれぞれの装置からは相補的な情報を得ることができるため、上手く組み合わせて分析をおこなうことで多角的な検証が可能となる。

JMS-S3000によるマスイメージングとSEM/EDSによる元素分析~
Fig.3 Crystal violet (m/z 372.2) LDI imaging of the handwriting letters "Spiral" covered up with a permanent marker ink.
JMS-S3000によるマスイメージングとSEM/EDSによる元素分析~
Fig.4 SEM image of the "ral" in "Spiral" handwriting on the paper (x25) and EDS spectrum.
JMS-S3000によるマスイメージングとSEM/EDSによる元素分析~
Fig.5 EDS images of the "ral" in "Spiral" handwriting on the paper and EDS spectrum, (a) Carbon, (b) Nitrogen and (c) Oxygen.
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