極微世界の状態を覗く

X線光電子分光法(以下XPS : X-ray Photoelectron Spectroscopy)は材料の研究開発、また品質管理の現場において汎用性の高い分析手法として利用されています。光電子分光装置は研究用の装置であるとともに、ルーチン分析を可能とする操作性を備え大学から工場まで幅広く稼動しています

JPS-9030 光電子分光装置(XPS)

歴史と原理

光を物質に照射すると、その物質から電子が放出されることが1887年にヘルツにより発見されました。この現象は光電効果と呼ばれていて、放出された電子は光によって励起された電子であるため光電子と名前がつけられています。また、アインシュタインはこの光電効果を解釈するために光量子仮説を立てました。後に、この光量子仮説から量子力学が発展していくこととなります。

1950年代にはスウェーデンのジーグバーンが物質から放出された光電子をエネルギー分光することに成功し、表面分析および化学結合状態分析に有効である手法として用いられるようになりました。

そして今では、金属・半導体・高分子化合物・ハイテク材料等の研究の推進から量産工場での品質管理にいたるまで、欠かせない表面分析装置として活躍しています。


図1 光電子の発生原理


図2 光電子の脱出深さ

原子・分子の結合状態を観測

XPSとは、一言で言えば、電子顕微鏡でも見えない、もっと小さな世界を観測する方法です。「まさか原子や分子よりも小さなものが見えるはずはないのに、おかしいのではないのか?」と思われる方もいるでしょう。もちろん絵を見るようにはいきません。しかし、X線を物質にあてたとき、中からでてくる電子(この電子は光をあてるとでてくる電子なので、特別に光電子と呼ばれる)の速度を測定することによって、原子や分子中の極微の世界を観ることが可能になります。

この光電子の速度を測定することを光電子分光法といい、得られたスペクトルを解析して原子・分子の結合状態を知ることを化学状態分析といいます。

また、化学状態分析の情報が得られることからESCA(Electron Spectroscopy for Chemical Analysis)※の名称で一般的に呼ばれています。

※日本語では電子分光法を利用した化学分析(状態分析)という意味です。

いわば光電子分光法はハードウエアであり、状態分析はソフトウエアであるとも言えます。

状態分析

着ている服からデートの相手をあてる

原子は、原子核と電子から構成されます。太陽の周囲を回る惑星と同様に、電子が原子核の周囲を回る図(図3(a))はよく見かけます。しかし本当は、電子は原子のまわりを回転しているというよりも、雲のように全体をおおっています(図3(b))。そこで、原子は電子という服を着ているものだと想像して下さい。

図3 水素原子のモデル

ちょっと、ここで我々の日常生活を考えましょう。会社で仕事をする時は作業服を着ます。営業マンは、客先へ背広で出かけますが、休日に遊びに行く時は、Tシャツで出かけるかもしれません。野球の選手も、水泳をする時には水泳パンツをはくでしょう。我々は会う相手、行く場所によって、それにふさわしい服装をしようとします。実は原子も同じようなふるまいをします。原子は、他の原子と結合(デート)して分子を作りますが、相手によって、外側にある電子の形状を変えて結合するのです。つまり、デートの相手が変われば服装も変わるというわけです。

さて、我々の着ている服装を見分けることはさして難しくありませんが、電子雲の形状の違いはそのままでは見えません。電子だけをはがさなくてはいけないのです。つまり、服を強引に脱がせなければならないのです。洋服を破らずに脱がす方法―これが光電子放出というものです。電子雲の形状の違いは、光電子放出によって原子から飛び出す電子の速度の違いとして観測できます。これを光電子スペクトルといいます。(図4)

図4 ポリエチレンテレフタレートの炭素原子からの光電子放出スペクトル

電子の速度を測る XPS

光電子分光装置(図5)は、超高真空容器にすべての機能が格納されており、光電子を放出させるためのX線発生器(X線管)と、電子の速度を測定する電子分光器で構成されています。 電子分光器は、さらに静電レンズ系と半球型アナライザ及び検出器に分かれます。静電レンズ系で、まず分解能をよくするために、電子の速度をゆっくりにします。次にアナライザで、ある速度の電子だけを選択します。選択された電子は検出器に導かれ、飛び出した電子の数がカウントされます。検出された電子の数がその材料、物質を作っている原子の数におおよそ一致します。また材料表面が汚され、試料からの電子の放出が邪魔されることを防ぐために、光電子分光装置は超高真空に保たれています。

このようにして得られたスペクトルを解析することにより、原子の結合状態を知ることができます。


図5 光電子分光装置構成図

特徴

(1) 表面下数ナノメートルを分析する表面分析装置です。

(2) Li~Uまでの定性・定量分析、化学結合状態分析、および光電子イメージ測定が行なえます。

光電子イメージの応用例

DVD-RWにおける多層膜構造の光電子イメージ

市販のDVD-RWのディスクは一般的に右図のような構造を持ちます。DVDのディスクを剥離すると、記録層や誘電体層を露出させることができます。3種の層を露出させた状態で光電子イメージを取得した結果下図のようなデータを得ることができました。


Sb光電子イメージ

C光電子イメージ

Zn光電子イメージ

Sb, C, Zn重ね合わせ

(3) 測定対象材料は高分子フィルム、半導体、セラミックス、金属など絶縁性物質、導伝性物質を問わず分析可能です。

(4) Arイオン等の不活性ガスイオンビームを用いて、表面から物質内部までの組成分布分析(深さ方向分析)が可能です。

深さ方向分析の応用例
試料:(SiO2/TiO2)多層膜/ガラス

(深さ方向光電子スペクトル)

(深さ方向組成プロファイル)

(5) 最表面から表面下数nmまでの組成・化学結合状態変化を求める方法として試料傾斜法(Angle resolved XPS, ARXPS)ができます。この方法はXPSの特徴的な測定方法で、表面をナノオーダーで組成・化学結合状態変化を測定できます。

(6) 検出限界は平均 0.1 Atomic%程度です。

技術革新のための必需品

XPSの応用は、三つに分類できます。

第一は、学術的な利用で、表面の研究や半導体のバンド構造等、原子内の電子構造の研究から、錯塩化学、変わったところでは、虫歯の予防の研究に使用されています。

第二は、企業の新製品開発や生産技術の改良等に利用されるもので、金属、半導体産業だけでなく、触媒工業やガラス等の粒体や絶縁物、高分子フィルム等の有機物等の分析も行なわれています。

第三は、量産工場等における品質管理で、ハードディスク潤滑剤膜厚、半導体表面汚染物等の製造工程での管理や各種材料の腐食、変色、酸化、濡れ性等の原因解明といった故障解析等に使われます。

光電子分光装置は豊富な付加機能を組み合わせることにより、さまざまな分野の要求を満たすことのできる夢のある装置として活躍しています。