GC-TOFMSによるマウス糞便中代謝物のノンターゲット分析
MSTips No. 512
はじめに
腸内細菌叢が産生する代謝物は、腸管内において一部が吸収されて血中を循環し、免疫、神経、代謝系など多岐にわたる宿主の生理機能に影響を及ぼすことが知られている。そのため、腸内細菌叢に由来する代謝物の網羅的解析は、疾患メカニズムの解明や栄養・薬剤の影響評価において重要な手法として注目されている。
これらの代謝物の定性分析には、データベース (DB) の豊富さ、操作性の簡便さ、測定の再現性の高さといった特長からガスクロマトグラフ質量分析計 (GC-MS) が幅広く活用されている。GC-MSは揮発性の高い成分が測定対象であるが、トリメチルシリル (TMS) 化などの誘導体化処理を行うことで糖、アミノ酸といった極性の高い水溶性の代謝物についても測定が可能である。また、メタボロミクス分野ではNIST DBなどの市販のマススペクトルDBに未登録の化合物が検出される場合もあり、それらは未知化合物として扱われる。
我々はGC-MSにおける未知化合物の解析ソリューションとして、自動構造解析手法を搭載したソフトウェアmsFineAnalysis AIを開発した。このソフトウェアでは、ガスクロマトグラフ飛行時間質量計 (GC-TOFMS) で取得した電子イオン化法およびソフトイオン化法データを自動で統合して定性解析する (以後統合解析と称す) ことで、未知化合物であってもその分子式を決定することが可能である1)。さらに、深層学習によるマススペクトル予測を組み込んだ網羅的な構造解析2) (以後AI構造解析と称す) により、その構造式まで推定することが可能である。
本MSTipsでは、マウス糞便中の代謝物をGC-TOFMSで測定し、msFineAnalysis AIで解析した結果について報告する。
実験
サンプル準備
サンプルにはマウス糞便 (乾燥重量 12 mg) を使用した。クロロホルム/メタノール/水の抽出混合液で代謝物を抽出し、水/メタノール層を回収した。抽出の際、シナピン酸を内部標準物質 (I.S.) として添加した。得られた抽出液は遠心濃縮により溶媒を除去した後、残渣を分離することでマウス糞便中の代謝物を抽出した。抽出した代謝物は、メトキシアミン塩酸塩ピリジン溶液によるメトキシム化を行い、その後MSTFAによるトリメチルシリル (TMS) 誘導体化を行い測定に供した。
GC-MS測定、解析
測定には、ガスクロマトグラフ飛行時間質量分析計 JMS-T2000GC AccuTOF™ GC-Alpha (日本電子製) を使用した。イオン源はEI/FI共用イオン源を用い、EI法および電界イオン化 (FI) 法で測定を行った。その他の詳細条件はTable 1に示す。
解析には、未知物質構造解析ソフトウェアmsFineAnalysis AI (日本電子製) を使用した。本ソフトウェアにより、EI法およびFI法で得られたデータを統合して解析し、既知および未知化合物の構造推定を行った。
Table 1 GC-MS measurement condition

結果と考察
TICCと統合解析結果
Figure 1にEI法およびFI法で取得したトータルイオンカレントクロマトグラム (TICC) を示す。解析には msFineAnalysis AI を用い、面積閾値を1%以上 (最も面積の大きいピークを100%としたときの相対値) に設定してピーク抽出を行った。その結果、内部標準物質であるシナピン酸を含む計120成分が検出された。
これらのうち、ピーク強度上位25成分について統合解析を行った結果をTable 2に示す。グルコース (ID: 071) やアラビノース(ID: 053) などの糖類、アスパラギン酸 (ID: 040) やグルタミン酸 (ID: 045) などのアミノ酸類、クエン酸 (ID: 063) などの有機酸類が検出された。これらはエネルギー代謝やアミノ酸代謝経路に関与する代表的な代謝物である。さらに、イソデオキシコール酸 (ID: 114) や、ヒオデオキシコール酸 (ID: 119) などのコール酸系胆汁酸も検出された。これらは腸内細菌の代謝によって生成される二次胆汁酸として知られており、糞便試料に特徴的な成分であると考えられる。

Figure 1 TICC of metabolites in mouse feces
Table 2 Integrated analysis results for the top 25 compounds by peak intensity

NIST DB未登録化合物の構造推定結果
今回検出された成分の中には、NIST DBに未登録と考えられる成分も検出された。統合解析結果 (Table 2) において、Lib. 欄が ”AI” と示されている成分がそれに該当する。例として、ID: 069の統合解析結果およびAI構造解析結果を以下に記載する。
本成分のEI法およびFI法によるマススペクトルをFigure 2に示す。本成分では、ソフトイオン化法であるFI法のマススペクトルで分子イオンと推定されるm/z 446 がベースピークとして検出された。また、これらのマススペクトルを用いた統合解析結果の上位5候補をTable 3に示す。統合解析では、NIST DB検索で最も高いマッチファクターを示した候補として Allantoin, 5TMS がヒットした (Table 3中青枠)。しかし、そのマッチファクター値は 622 と低く、さらに Allantoin, 5TMS の分子式 (C19H46N4O3Si5) は今回の元素組成推定から得られた分子式候補と一致しなかった。このため、本成分は NIST DB未登録の化合物であると考えられた。 なお、今回は分子イオンの元素組成推定で4つの候補が得られたが、質量誤差・同位体マッチング・カバー率・IMスコア[%]の各指標を総合的に判断した結果、C16H38N4O3Si4が最も妥当な分子式と考えられた (Table 3中赤枠)。
次に、本成分に対してAI構造解析を実施した結果をFigure 3に示す。AI構造解析の結果、最上位候補としてAllantoin, 4TMSがヒットした。Allantoin, 3TMS および Allantoin, 5TMS は NIST DBに登録されている化合物であり、なおかつ統合解析により今回のサンプル中で存在が確認されている。一方、Allantoin, 4TMS はNIST DBに未登録であるが、AI構造解析で最上位候補として推定されたことに加え、3TMSおよび、5TMSの両誘導体が同一サンプル中で検出されたことから、本未知化合物は Allantoin, 4TMS である可能性が高いと推察される。Allantoinはプリン分解経路の最終代謝物であり、尿酸の酸化によって生成される化合物である。マウスでは尿酸オキシダーゼ活性を有するため、尿酸がさらに酸化されAllantoinへ変換される。本試料でAllantoin誘導体が検出されたことは、宿主由来のプリン代謝活性、あるいは腸内細菌による窒素代謝を反映していると考えられる。また、Allantoinは尿酸の酸化生成物であることから、腸内や試料中の酸化的環境を反映している可能性もある。

Figure 2 Mass spectra of ID: 069
Table 3 Integrated qualitative analysis result of ID: 069


Figure 3 AI structure analysis result of ID: 069
結論
本MSTipsでは、マウス糞便中の代謝物をGC-TOFMSで測定し、msFineAnalysis AIで解析した結果について報告した。糖類、アミノ酸類、有機酸類に加え、腸内細菌の代謝によって生成される二次胆汁酸など、数多くの代謝物を検出することが可能であった。また、統合解析およびAI構造解析により、NIST DBに未登録の化合物であっても確度の高い定性解析結果が得られた。以上の結果から、GC-TOFMSとmsFineAnalysis AIが、腸内代謝物の網羅的解析や未知化合物の構造推定において有効なアプローチであることが示された。
参考文献
1) M. Ubukata et al, Rapid Commun Mass Spectrom., 2020, 34, e8820.
2) A. kubo et al, Mass Spectrom., 2023, 12, A0120.
謝辞
マウス糞便抽出物の提供ならびに測定・解析においてご指導を賜りました東京農工大学の津川裕司教授および倉田明咲様に、深く感謝申し上げます。
