DARTイオン化によるトリメチルシリル誘導体化の活用 [DART Application]
MSTips No.238
はじめに
Fig.1 DART ion source
Direct Analysis in Real Time (DART)は、アンビエントイオン化法の一種で、大気圧下、開放系で気体・液体・固体など様々な形態の試料を前処理なしに直接分析できるため、簡便で迅速なイオン化法として、いろいろな分野で活用されている。
DARTのイオン化(Fig.1)は、加熱したHeガスにより試料を揮発させ、励起Heにより生成した水クラスターイオンとのプロトン移動反応により試料がイオン化される。特徴の一つとして、疎水性物質から親水性物質まで、様々な物性の試料を測定することができる。しかし高極性の試料などは揮発しづらいため、測定が難しい場合もある。
今回、我々はDARTイオン化法の活用の幅を広げるべく、その簡便さを損なわない誘導体化処理とその効果を検討した。本報告では、ステアリン酸のトリメチルシリル 誘導体化について報告する。
実験
ステアリン酸のトリメチルシリル誘導体化をFig.2に示す。誘導体化試薬としてN,O-ビス(トリメチルシリル)トリフルオロアセトアミド(BSTFA)を用いた。試料とあらかじめピリジンを混合した誘導体化試薬溶液各1μLをガラス棒上に続けて滴下して行った(Fig.3)。濃度は数十ng/μlで、滴下後、直ちにイオン源に導入してDARTイオン化測定を行ったため、誘導体化の時間は数秒である。装置および測定条件は、Table 1に示す。
装置 | |
---|---|
質量分析計 | JMS-T100LP "AccuTOFTM LC" シリーズ |
イオン源 | DART SVP |
測定条件 | |
イオン化モード | DART(+) |
Heガスヒーター温度 | 350°C |
オリフィス1電圧 | 30 V |
結果
ステアリン酸の誘導体化有無のDART-MS測定を行った。前半4回(#1~4)は誘導体化処理なし、後半3回(#5~7)はトリメチルシリル誘導体化処理を行った。未変化体 ([M+H]+, m/z 285)および72Da増のトリメチルシリル化体([M+H]+, m/z 357)のイオン強度推移をFig.4に示す。トリメチルシリル誘導体化処理を行った後半3回については、トリメチルシリル化体を観測することができた。トリメチルシリル化体は、未変化体と比較して、より早く短時間のうちにイオン化が行われており、トリメチルシリル誘導体化により揮発性が向上したためと考えられる。このようにイオン強度推移においてシャープなピークが観測できると、S/Nの向上により高感度化も期待できる。誘導体化処理有無によるマススペクトルの違いをFig.5に示す。トリメチルシリル誘導体化処理後は、トリメチルシリル由来のアダクトイオン([M+TMS]+, m/z 429) が検出されるもののプロトン付加分子の安定性の向上により、フラグメントイオンが少なく、よりシンプルで高感度なマススペクトルが得られている。
まとめ
DART-MS測定において、簡便なトリメチルシリル誘導体化手順を加えることにより、より質の高い高感度なマススペクトルを得られることが期待でき、イオン化可能な化合物の幅が広がると考える。また、容易にトリメチルシリル誘導体化の有無が確認でき、-OH、-COOH、=NH、-NH2 及び-SH基などの活性水素の存在などの化学合成品の確認、同定および構造解明などの一助となると期待できる。
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