JMS-S3000 "SpiralTOF™"とTOF-TOFオプションを用いた末端基の異なるポリエチレンオキシドの開裂経路の可視化 [MALDI Application]
MSTips No.279
タンデム質量分析は、ポリマーの末端、 繰り返し構造(直鎖、環状、分岐)や共重合などの情報が得られる貴重な手法である。高エネルギー衝突誘起解離(HE-CID)は、タンデム飛行時間質量分析計(TOF-TOF)に特徴的な開裂手法である。HE-CIDは、一般的に利用されている低エネルギーCIDでは観測されにくい開裂経路をプロダクトイオンスペクトルに確認でき、より多くの構造情報が得られるという特徴をもつ。MSTips 270では、"Remainders of KM" (RKM) プロット法を用いて、これら豊富な構造情報を可視化し、直感的な解析を可能にする方法を提案した。本報告では、その手法を用いて、末端基の異なるポリエチレンオキシドの解析事例を報告する。
実験
サンプルには、ポリプロピレングリコール HO(C2H4O)nH、ポリエチレングリコールモノラウリルエーテル HO(C2H4O)nC12H25、ポリオキシエチレンモノセチルエーテルHO(C2H4O)nC16H33を使用した。マトリックスにはα-シアノ-4-ヒドロキシケイ皮酸(α-CHCA)、カチオン化剤にはトリフルオロ酢酸ナトリウム(NaTFA)を用いた。サンプル、α-CHCA、NaTFAは、それぞれ10mg/mL、10mg/mL、1mg/mLのメタノール溶液に調整し、1:10:1 v/v/vで混合した。プロダクトイオンスペクトルは、JMS-S3000 SpiralTOF™ とTOF-TOFオプションを用いて正イオンモードで取得した。データ解析は、msRepeatFinder 3.0により行った。
HE-CID によるプロダクトイオンスペクトル
3種類のポリマーのマススペクトルでは、主に[M+Na]+が観測された。 [HO(C2H4O)nH +Na]+、[HO(C2H4O)nC12H25 +Na]+、[HO(C2H4O)nC16H33 +Na]+ から、m/z 1273.7、1265.8、1277.9をプリカーサイオンとして選択し、HE-CIDによるプロダクトイオンを取得した(Fig. 1)。Fig.1中の各プロダクトイオンスペクトルの赤矢印は44u(C2H4O)に相当する間隔である。開裂経路には複数の44u間隔のシリーズを含むことが分かるが、プロダクトイオンスペクトルに観測されたピークを1つ1つ確認しながらシリーズに帰属していくことは時間がかかり、解析面で律速段階となり、また3種類のポリマーのシリーズの違いも明快に示すことができない。
Fig.1 Product ion spectra of three types of polyethylene oxides.
Remainders of KM (RKM) プロットを用いた解析
そこで3種類のポリエチレンオキシドのプロダクトイオンスペクトルを、繰り返し単位: C2H4Oに指定し、RKMプロットを使用して可視化した(Fig. 2)。なお、繰り返し構造の開裂経路を明示するためプリカーサイオンおよびナトリウムイオンは表示領域から除外した。Fig. 2では、[HO(C2H4O)nH +Na]+、[HO(C2H4O)nC12H25 +Na]+、[HO(C2H4O)nC16H33 +Na]+のピーク色をそれぞれ、青、赤、緑色として重ね合わせたものである。黒く見えているピークは、3種のポリエチレンオキシドからのフラグメントイオンが共通であり、重なっているものである。次にFig.3~5でFig. 2のRKMプロット中のピーク群を、特徴的な3つの部分に分けて確認した。Fig. 3は、黒色のピークすなわち、3つのプロダクトイオンスペクトルに共通のシリーズを示している。これは、異なる末端基構造を含まないシリーズと考えられ、そのm/z からFig. 3に示すようなOH末端側のフラグメントが[M+Na]+として観測されていることが分かった。
Fig.2 Overlaid RKM plot (base unit: propylene oxide C2H4O from the repeat unit list) of three types of polyethylene oxides.
Fig.3 Common peaks in RKM plot of three types of polyethylene oxides.
次に、赤色、緑色のピークのシリーズに着目する。これは、異なる末端基構造を含むフラグメントイオンと考えられ、そのm/zからFig. 4に示すようなアルキル鎖末端側のフラグメントが[M+Na]+として観測されていることが分かった。最後に、Fig. 5に示すようにプリカーサイオンに近い部分(RKMプロット右側)に斜めのシリーズを見ることができる。これらは、44u間隔ではないシリーズであり、そのm/zから14u(CH2)間隔のシリーズでアルキル鎖が開裂してOH末端側のフラグメントが[M+Na]+として観測されていることが分かった。これらアルキル鎖の切断は、HE-CID特有のチャージリモートフラグメンテーションによる開裂である。
まとめ
以上のように、末端基の異なるプリカーサイオン由来のプロダクトイオンスペクトルをRKMプロットとして重ねることで、末端基の共通部分、異なる部分を明確に示すことができる。この手法は、実試料中のポリマーのマススペクトル中に観測される末端基の異なるシリーズの解析の一助になると考えられる。
Fig.4 Peaks only observed in each types of polyethylene oxides.
Fig.5 Peaks originated from charge remote fragmentation of the alkyl chain in the end group.
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