MALDI Application: JMS-S3000 "SpiralTOF™" を用いた導電部・非導電部混在基板上のイメージング質量分析

  • 概要

MSTips No.288

表面分析装置を用いた工業材料評価では、元素・結合状態・官能基などの情報は得られるが、有機化合物の分子量や分子構造情報を分析できる手法は少ない。マトリックス支援レーザー脱離イオン化飛行時間質量分析法(MALDI-TOFMS)は、有機化合物をソフトにイオン化でき、精密質量測定による組成推定や、MS/MSを用いた構造情報の取得、イメージング質量分析(MSI)によるマッピングが可能である。
しかし、MALDI-TOFMSは、試料を保持するターゲットプレートに高電圧を印加し、接地電位との電位差でイオンを加速する。そのためターゲットプレートには導電性が必要であり、一般的な測定では、ステンレス製のものを用いる。MALDIを用いたMSIの技術進歩にともない、凍結組織切片表面の有機物を分析する手法も普及した。この場合、酸化インジウムスズ膜で導電性を付与したスライドガラス上に10μm程度の厚みの凍結組織切片をのせる。しかし、工業製品の分析では、mm単位の厚みをもつ樹脂など非導電性基板上の有機物が分析対象となることがある。前処理することなく導電性のない基板表面をMALDI-TOFMSで測定すると、チャージアップの影響により分解能低下やイオン強度の著しい低下を招く。この問題は、金蒸着法により測定対象が存在する非導電部に導電性を付与することで解決できる[1]。本報告では、この手法を導電部と非導電部の混在する基板上の有機物測定に応用したので報告する。金蒸着を行わない場合、導電部からのみイオンが観測されたのに対し、金蒸着を行うことで導電部・非導電部双方からイオンが観測でき適切にマッピングできることを確認した。

実験

導電部・非導電部が混在するモデル基板として、1mm厚の石英ガラス基板上に、交互に金属パターン (Au 100 nm厚/Cr 30 nm厚) を作成したものを使用した。作成したパターンでは導電部・非導電部が、400μm間隔で交互に並んでいる (Fig. 1)。測定試料には、マトリックスを使用しなくても主成分のイオン化が可能な赤色油性ペンを用いた。まず、モデル基板上に導電部・非導電部をまたぐように、赤色油性ペンで「MS」の文字を記載した。モデル基板とステンレス製ターゲットプレートは導電性テープで固定した(Fig. 2)。はじめに金蒸着無でMSI測定を行った。その後、同サンプルに金蒸着を行い、再度MSI測定を行った。MSI測定は、全てSpiralTOF正イオンモードで行った。ピクセルサイズは50μm、1ピクセルあたり50回のレーザー照射を行いマススペクトルを取得した。

Fig. 1. The scheme of the model substrate.
Conductive and non-conductive part were made on quartz glass alternatively.

Fig. 2. The model substrate was fixed with conductive tape on a target plate.

結果

Fig. 3に金蒸着無の場合のMSI測定結果を示す。左上は光学画像であり、縞模様のうち黒い部分が導電部である。右上は赤色油性ペンの主成分 Rhodamine B(C28H31N2O3+) 由来のイオンのマスイメージである。マスイメージから「MS」の文字を読み取ることは困難であるが、光学画像と重ね合わせると、導電部からのみイオンが検出できていることがわかる。Fig. 4には、導電部(ROI1, 3)・非導電部(ROI2, 4)それぞれ2箇所ずつのROI (Region of Interest)で作成したマススペクトルを示す。このピークは、Rhodamine B由来イオンm/z 443(C28H31N2O3+)のモノアイソトピックピークである。非導電部のROI2, 4からはほとんどイオンが観測できておらず、またイオンを検出した導電部ROI1, 3でも、後述する金蒸着有よりも分解能が低下しており、チャージアップの影響があると考えられる。このように非導電部・導電部の混在した基板に対して、金蒸着なしでMSI測定を行うと、チャージアップの影響により非導電部からイオンが検出できず、あたかもその場所に目的化合物が存在しないかのような結果となった。

Fig. 3. The result of MSI measurement without gold deposition.

Fig. 4. The ROI mass spectra from the conductive parts(ROI1 and 3) and non-conductive parts (ROI2 and 4) on model substrate without gold deposition

次に金蒸着を行った後に、再度MSI測定を行った結果をFig. 5に示す。左上はFig. 3と同じ光学画像、右上はやはり主成分Rhodamine B由来のイオン(C28H31N2O3+) のマスイメージであり、「MS」の文字を読み取ることができる。両者を重ね合わせると、導電部・非導電部の両方からイオンを検出していることがわかる。Fig. 6には、導電部、非導電部それぞれ2箇所のROI (Region of Interest)マススペクトルを示す。観測されているピークは、Rhodamine B(C28H31N2O3+)のモノアイソトピックイオン部分を示す。金蒸着無の場合と異なり、非導電部のROI2, 4からもイオンが観測されている。また、全ての領域で高分解能を実現できており、チャージアップの影響が十分小さいと考えられる。

Fig. 5. The result of MSI measurement with gold deposition.

Fig. 6. The ROI mass spectra from the conductive parts(ROI1 and 3) and non-conductive parts (ROI2 and 4) on model substrate with gold deposition.

まとめ

以上のように、導電部・非導電部が混在する基板上で、両者にまたがる形で目的化合物が存在する場合、そのままでのMSI測定は、チャージアップの影響があるため、注意が必要である。非導電部からイオンが観測されない場合、その部分に目的化合物がないと誤認するおそれがある。
この問題は、金蒸着を行い試料表面に導電性を与えることで劇的に改善することが分かった。

参考文献

[1] MSTips No. 251 JMS-S3000 "SpiralTOF™" を用いたアクリル板上の有機化合物分析

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