NMRスペクトルの読み方

本コラムでは、NMRスペクトルから分かること (ケミカルシフト・積分比・カップリング) についてわかりやすく解説します。
NMRスペクトルから分かること
- 横軸 (ケミカルシフト):原子団 (官能基) の種類に関する情報
- 積分比 (信号面積比):組成比、混合比など量に関する情報
- 分裂パターン (カップリング):近傍原子の情報
NMRスペクトルから分かることは主に3つあります。
1つ目は、ケミカルシフトと呼ばれる横軸に関する情報です。横軸の数値は、原子団や官能基の種類に関する情報を含んでいます。スペクトルの現れる位置 (横軸の数値)
から、測定対象の分子には、どんな原子団・官能基が含まれているかを予測することができます。
2つ目は、積分比 (信号面積比) です。各信号の積分値を比較することで、ある分子内に含まれている官能基の数の比較 (組成比) や、複数の分子からなる混合試料の混合比に関する情報を取得することができます。
3つ目は、カップリングと呼ばれるシグナルの分裂です。着目している核スピンの近傍に存在する別の核スピンの影響により、シグナルが分裂します。図1は、エタノールの1H
NMRスペクトルで、メチル基とメチレン基の信号を見ると、1本の信号ではなく、複数本に分裂していることがわかります。信号の分裂パターンは、近傍に存在する別の核スピンの数・種類によって異なるため、分裂パターンから、系内に含まれる置換基を予測することが可能です。

図1 エタノール (CH3CH2OH) の1H NMRスペクトル
横軸 (ケミカルシフト) にズレが生じる理由

図2 磁場を遮蔽する強さの違い
ケミカルシフトのズレは、着目している核スピンの受けている (感じている) 磁場の強さに起因しています。
図2に示すように、核スピン周辺に存在する電子密度の高さによって、磁場を遮蔽する強さ (核スピンが受ける磁場の強さ) が変わります。
核スピン周辺に存在する電子密度は、着目している核スピンの近傍に存在する原子の電気陰性度の大きさに起因しており、電気陰性度の高いO原子 (酸素原子)
が近傍にいると、電子がO原子側に引き寄せられ、着目している核スピン周辺の電子密度が下がり、核スピンの受ける磁場の大きさが大きくなります。
核スピン周辺の電子密度が低くなる (遮蔽が少なくなる) につれて、対応するシグナルは、左側へとシフトしていきます。


1Hの化学シフトテーブルの例

図3 代表的な官能基と1HNMRシグナルの位置の相関図
図3に代表的な官能基と1HNMRシグナルの位置の相関図を示します。
NMRスペクトルでは、一般的に右側を高磁場側、左側を低磁場側と呼びます。
0ppmに現れている信号は、基準物質であるTMS (テトラメチルシラン) の信号です。ケミカルシフトシフトの値は、ズレを表した数値のため、基準物質などで基準点を校正する必要があります。
メチル、メチレン、メチンのように、アルキル鎖で繋がった官能基の1Hは、1ppm付近に現れることが多いです。そして、前述の通り、酸素原子が近傍に存在しているアルコール基やエーテル基付近の1Hや、窒素原子が近傍に存在するアミノ基由来の1Hは、3ppmから4ppm付近に検出されます。
また、5ppm付近に出てくる信号は、二重結合をもつアルケン由来の1H信号になります。さらに、7ppm付近には、芳香環由来の1Hが観測され、9ppm付近には、アルデヒドのようなホルミル基由来の信号が出てきます。カルボキシル基やフェノール基由来の信号は、11ppm付近に現れます。信号が現れる位置によって、官能基の種類の大まかな予測が可能になります。
NMRを使って構造解析を行う際、OH基やCOH基が含まれる場合は、重水交換に注意してください。
溶液NMRでは、試料を重溶媒に溶かして測定を行いますが、使用する溶媒が重水や重メタノールの場合、溶媒分子中のD (2H)
と、OH基やCOH基中の1H間の重水交換にが発生し、OH基やCOH基由来の1H信号が、観測されなくなる場合があります。
積分比

図4 代表的な官能基と1H NMRシグナルの位置の相関図
次は、積分比の利用について、簡単にご紹介します。
図4は、ベンジルアセテートの構造式と、1Hスペクトルを示しています。
ベンジルアセテートの分子構造を見ると、1H信号が観測されるであろう場所が、CH3基、CH2基、芳香族の3箇所にあることが予想できます。
さらに、よく見てみると、CH3由来の1Hが3個、CH2由来の1Hが2個、1置換された芳香族のCH由来の1Hが5個あることが分かります。
各信号の積分比を算出すると、CH3:CH2:CH = 3:2:5となり、構造から予測される数値と実測値が一致していることが分かります。
また、CH3は、近傍にいるO原子の影響を受けて、CH3がよく観測されるエリア(1ppm付近)から、左側にシフトしていることも分かります。
混合試料における積分比の利用例として、以下のようなものがあります。
- 各成分の積分値の比較による相対定量評価
- 純度既知の標準物質を用いた絶対定量評価 (q-NMR)
- 反応前後での積分値の比較による反応率の算出
いずれの例においても、各成分固有で、積分値が正しく取れる(他のシグナルと被っていない)信号を見つけ出すことが重要です。
カップリングと スピン結合定数J

図5 2,4 dimethyl pyrimidineの1H NMRスペクトル
最後に、カップリングについて紹介します。
カップリングとは、着目している核スピンと、その近傍に存在する別の核スピンとの相互作用のことを指します。
1HNMRの1D測定では、結合を介して、核スピン同士が近い位置にある場合、カップリングが起き、NMR信号が分裂します。その分裂幅の単位は、hzで示されます。この数値を、スピン結合定数またはJカップリング定数
(j値) と呼びます。

また、互いにカップリング している場合、分裂した信号の分裂幅は、同じj値を有することが知られています。
図5の化合物では、HaとHxがカップリングしているため、HaとHxの分裂幅はどちらも6hzと、同じ値を示しています。
このように、分裂したピークが観測された際には、j値の情報を利用して、どの信号とどの信号がカップリングしているか (結合を介して、近い位置にいるか) を判別することができます。
カップリングによる分裂パターン


カップリングによる分裂パターンについて、もう少し説明します。
分裂していない信号は、singletと呼ばれ、記号では「s」と示されます。2つに分裂している信号は、doubletで、記号では「d」と示されます。3つに分裂している信号は、tripletで、記号では「t」で示されます。triplet場合の信号強度比は、1:2:1のパターンで分裂します。4本に分裂している信号は、quartetで、記号では「q」で示されます。quartet場合の信号強度比は、1:3:3:1のとなります。
5本以上の場合は、multipletで、記号では「m」で示されます。
エタノールの1H NMRスペクトルを例に、1Hシグナルの分裂を解説します。
1ppm付近のCH3に着目すると、CH3の近くにある1Hの数は、2つ(CH2とカップリング)のため、2+1=3つに分裂しています。
3.5ppm付近のCH2の信号を見ると、CH2の近くにある1Hの数は、3つ(CH3とカップリング)のため、3+1=4つに分裂しています。
5ppm付近のOHの信号は、近くのHとカップリングしていないので、分裂せず、singletの状態となります。基本的には、着目している核スピンの周辺に存在する別の核スピンの数+1個に、信号が分裂することが分かります。
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製品情報

核磁気共鳴装置 (NMR)
NMRとは、Nuclear Magnetic Resonance (核磁気共鳴) の略で、原子核を磁場の中に入れて核スピンの共鳴現象を観測することで、物質の分子構造を原子レベルで解析するための装置です。特に、有機化合物および高分子材料の分析に威力を発揮し、製薬・バイオ・食品・化学といった分野で使われていますが、最近ではセラミックや電池などの無機材料の構造・物性解析にも適用範囲を広げています。

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