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HSQC-TOCSYの解析│TOCSYとの比較で理解する2D NMRの応用

COSYやTOCSYは、1H同士のスピン相関を可視化することができるため、分子構造解析に広く用いられてきました。しかし、1Hのシグナルが密集して観測される分子では、スピンネットワークを補足することはできても、各シグナルの帰属に迷う場面が少なくありません。こうした状況において、13C情報を組み合わせたHSQC-TOCSYは、有効な解析手法といえます。本コラムでは、各スペクトルの比較を通じて、HSQC-TOCSYの特徴を整理し、セドロールを例にその有用性を解説します。

本コラムは、COSY / TOCSY の基本理解を前提にしています。COSY / TOCSY の基本については、以下のコラムで解説しています。

HSQC-TOCSYとは

HSQC-TOCSYとは、HSQCによる直接結合した1H-13C相関と、TOCSYによるスピンネットワーク情報を同時に取得できる測定法です。得られる結果はTOCSYと同じです。

HSQC-TOCSYは、

  • HSQC部分:任意の13Cに直接結合している1Hを検出
  • TOCSY部分:その1Hを起点として、同じスピンネットワーク内の1Hへ磁化を伝播という2つの働きを組み合わせています。

その結果、任意の13Cについて、

  • その13Cに直接結合した1H (HSQC相関)
  • その1Hと同じスピンネットワークでつながる他の1H (TOCSY相関) が、13Cスペクトルと相関をもった信号として現れます。

TOCSYとHSQC-TOCSYスペクトルの比較

図1 TOCSYの模式図 (左), HSQC-TOCSYの模式図 (右)

図1のように、1Hの信号が重なり合って検出される場合、TOCSYの相関信号も重なってしまい、解析することが難しいですが、HSQC-TOCSYでは、Y軸が、各シグナルの化学シフトの間隔が広い13Cスペクトルになるため、相関信号の分離が容易になり、解析がしやすくなります。

図2 HSQC-TOCSYスペクトルの模式図

また、HSQC-TOCSYは、TOCSYと同様に混合時間を長くすることによって、より遠くまでリレーを伝播することができます。
図2の13CAの相関信号に注目すると、混合時間が短いときは、HSQCと同じ結果になりますが、混合時間を長くしていくにつれて、1HB, 1HCへと磁化が移動し、 1HB, 1HCとの相関信号が現れてきます。

HSQC-TOCSYによるセドロールの解析例

セドロールは、テルペノイド系化合物で、スギやヒノキに含まれる香り成分として、知られています。
図3に、セドロールの1Hスペクトルを示します。
OH基由来の信号は、2.9 ppm に観測されますが、その他の1Hの信号は、約1 ppmほどの狭い範囲に観測されます。この領域について、図4で詳しく見ていきます。

図3 セドロールの1Hスペクトル

図4 セドロールの1Hスペクトル

高磁場側から、4つのメチル基 (-CH3) のプロトンが検出され、ピンクで囲んだ部分には、5つのメチレン基 (-CH2-) と3つメチン基 (-CH-) のプロトンが重なり合って、検出されています。
ピンクで囲んだ範囲において、信号の重なりが激しくなる理由は、分子内に多数存在する『非等価メチレン』にあります。
自由回転しているアルキル鎖内に存在するメチレン基は、NMR 的に等価な環境下にいると見なされ、そのようなメチレン基のプロトンの化学シフトは等しくなります。
しかし、セドロールのような環状化合物では、回転が制限されるため、メチレン基のプロトンが、非等価な環境下にいるため、それらの信号は、別々の化学シフトを持ちます。 このようなメチレン基を『非等価メチレン』と呼びます。

図5 セドロールのCOSYスペクトル (左) とTOCSYスペクトル (右)

図5は、400 MHzの装置で取得したセドロールのCOSYとTOCSY (混合時間:200 ms) のスペクトルです。COSYもTOCSYも、信号の密集した部分があり、解析が難しいことが容易にわかります。

化学シフトの離れたメチル基のプロトンを起点とした解析を試みようにも、これらのメチル基の隣の炭素は、四級炭素のため、スピンネットワークが途切れており、リレーを観測することは困難です。
また、最も高磁場側に検出されたメチル基 (約0.8 ppm) のTOCSYスペクトルを見てみると、相関信号が観測されているものの、重なりあっており、どの1Hとスピンネットワークを形成しているかを判断することは困難です。
つまり、TOCSYを用いたとしも、スピンネットワークを判別することが難しい時があることがわかります。
このような場合に有効な測定手法が、HSQC-TOCSYとなります。

図6 セドロールの13Cスペクトル

HSQC-TOCSYの解析を始める前に、セドロールの13CスペクトルとHSQCスペクトルを取得しておきます。
図6は、セドロールの13Cスペクトルです。
Dのメチル基由来の信号は、溶媒の信号と重なっていますが、15個の13Cの信号が全て分離して、観測されています。

図7 セドロールのHSQCスペクトル

次に、セドロールのHSQCスペクトルを、図7に示します。横軸は、1H、縦軸は13Cのスペクトルデータです。
HSQCでは、13Cに直接結合している1Hを確認することができるので、例えば、メチレン基の場合は、1つの炭素に対して、2つの1Hの相関が現れます。

『Bのメチレン』に注目してみると、1Hの相関信号が2つ観測されており、Bのメチレン基の2つのプロトンは、それぞれ異なる化学シフトを持つことがわかります。
このように、HSQCでは、非等価メチレンを容易に確認することができ、セドロールでは、5個のメチレン基のうち、4個 (B, G, H, J) が非等価メチレンであることがわかります。

左からHSQC (リレー出発点) → HSQC-TOCSY (混合時間20 ms) → HSQC-TOCSY (混合時間40 ms)

図8 セドロールのHSQC-TOCSYスペクトル

セドロールのHSQC-TOCSYスペクトルを図8に示します。一番左は、HSQCスペクトルです。
HSQC-TOCSYスペクトルを解析するときは、HSQCスペクトルで観測されている信号 (C-Hの直接結合に由来する信号) を、リレーの出発点として扱います。
そして、通常のTOCSYと同様に、混合時間を変えたスペクトルと比較していくことで、スピンネットワークに沿ったリレーを確認することができます。

例えば、点線で囲んだ領域を比較すると、リレーによって相関信号が増えていくことがわかります。
さらに、この部分を、拡大し、詳しく見ていきましょう。

左からHSQC (リレー出発点) → HSQC-TOCSY (混合時間20 ms) → HSQC-TOCSY (混合時間40 ms)

図9 セドロールのHSQC-TOCSYスペクトル (Mの相関)

図9は、メチン基のカーボンMの相関信号を拡大して、比較したものです。
混合時間:20 msでは、非等価メチレンBとの相関が現れ、M - Bのつながりを確認できます。
また、混合時間:40 msでは、非等価メチレンHとの相関が現れ、M - B - Hの順で繋がっていることが分かります。
HSQC-TOCSYでは、非等価メチレンの信号は、常に、1つの炭素に対して、2つの1Hの相関信号として現れるので、非等価メチレンの帰属がしやすいというメリットがあります。

図10 セドロールのHSQC-TOCSY相関

同様に解析を行っていくと、図10のように、3つのスピンネットワークが得られました。
リレーが繋がっていないのは、四級炭素によって、1H間のスピンリレーが途切れている部分となります。
構造解析を、次のステップに進めるには、1Hと13Cのロングレンジ相関 (HMBCスペクトル) を解析して、最終的な平面構造を決定していくことになります。

COSY、TOCSY、HSQC-TOCSYのまとめ

相関信号が重なっている時の解析のしやすさ:COSY△、TOCSY◯(離れた信号があれば)、HSQC-TOCSY◎。感度/測定時間:COSY◎、TOCSY◯、HSQC-TOCSY△。サンプル系:COSY 全般、TOCSY 糖・ペプチド系、HSQC-TOCSY ステロイド・テルペン。

最後に、COSY、TOCSY、HSQC-TOCSYについて、簡単にまとめます。
COSYは、感度が高く、手軽に測定できることから、必ず測定しておきたい基本的な2D NMRスペクトルです。分子構造解析の第一歩として用いられ、初心者から専門家まで幅広く活用されています。

一方で、1H信号が重なってしまう場合や複雑なスピンネットワークを解析したい場合は、TOCSYやHSQC-TOCSYが有効です。TOCSYは、スピンネットワーク全体の相関を確認できますが、混合時間を変えた複数回の測定が必要になることがあります。
また、HSQC-TOCSYは、TOCSYの相関解析を13C経由で行うため、信号の重なりを回避できるという大きな利点があります。ただし、感度は、COSYやTOCSYに比べて低いため、測定時間が長くなってしまう点に注意が必要です。

各測定には、それぞれメリットとデメリットがあり、測定する分子の複雑さや信号重なり具合、解析したいスピンネットワークの範囲に応じて、最適な2D NMR測定法を選択することが大切です。

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