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多核NMR入門 | 1H、13C以外のNMR測定

多核NMRは、1Hや13Cだけでなく、15N、11B、19F、31Pなど多様な核種を観測できる強力な分析手法です。一方で、核種ごとに感度や緩和特性、必要な測定条件が大きく異なるため、適切な装置のコンディション設定や測定条件の理解が欠かせません。
本コラムでは、多核NMRの基礎から、検出感度を左右する因子、パルス条件など、多核NMR測定に必要なポイントをわかりやすく解説します。

多核NMRとは

多核NMR (Multinuclear NMR) とは、通常よく測定される 1Hと13C以外の核種を対象としたNMR測定の総称です。
現代のNMR装置は、デジタル制御になっており、測定核種の切り替えはソフトウェア上での設定変更だけで測定可能となっている場合も多いです。測定できる核種は、プローブ (検出器) や分光計の種類によって異なりますが、多彩な核種が測定できます。

なぜ、多核NMRが必要なのか

NMRといえば、有機化学の日常的な分析ツールとして、1H NMRと13C NMRが広く用いられています。 しかし、錯体化学・生化学・材料科学といった複合的な領域では、分子中に含まれるリン・窒素・フッ素・ケイ素・リチウムなど、NMRにおけるメジャーな核種である水素や炭素以外の情報が必要になる場面は、非常に多くなります。
多核NMRを活用することで、例えば以下のような情報を得ることができます。

  • リン酸エステルや有機リン化合物の配位状態 (31P)
  • タンパク質のアミド基や生体分子中の窒素の化学環境 (15N)
  • フッ素含有医薬品の構造確認・代謝追跡 (19F)
  • シリコーン・ゼオライトなど無機材料中のSi結合様式 (29Si)
  • リチウムイオン電池電解質の溶液構造 (7Li)

POINT

多核NMRは、特別な技術ではなく、1H NMRと同じ原理を他の原子核に適用したものである。ただし、核種ごとに感度・測定条件・必要とされる装置構成が大きく異なるため、それぞれの核の「クセ」を理解することが成功の鍵となる。

NMRで観測できる核・できない核のおさらい

スピン量子数と観測の可否

NMR信号を観測するためには、対象の原子核が核スピンを持つ必要があります。これはスピン量子数 I で表され、I ≠ 0 であることが、NMR観測の必要条件となります。

スピン量子数は、核の陽子数・中性子数の組み合わせによって決まり、以下の規則に従います。

陽子数 中性子数 スピン量子数 I 観測可否
偶数 偶数 I = 0 不可 12C, 16O, 32S
奇数 偶数 / 奇数 I = 1/2 1H, 13C, 19F, 31P
奇数 or 偶数 奇数 or 偶数 I > 1/2 (半整数) 条件次第 11B, 23Na, 35Cl
奇数 奇数 I = 整数 ( ≥ 1) 条件次第 2H, 14N

偶数・偶数核 (I = 0) が観測できない理由

陽子数・中性子数が、ともに偶数の核 (12C, 16O など) では、核子がペアを作って互いのスピンを打ち消し合います。その結果、核全体としてのスピンは、ゼロ (I = 0) になります。NMRでは、磁場中で、核スピンのエネルギー準位が分裂する現象を利用しているため、核スピンがゼロの核では、この分裂が起こらず、ラジオ波との共鳴を発生させることができません。

常磁性原子種は観測が難しい理由

不対電子を持つ常磁性イオン (Fe3+、Cu2+、Gd3+ など) が試料中に存在すると、電子スピンの大きな磁気モーメントが、周囲の核に強い磁気的な影響を与えます。その結果、核スピンの緩和が非常に速くなります。緩和が速くなると、NMR信号 (FID) は、ごく短時間で減衰してしまいます。その結果、スペクトルのピークが大きく広がり (ブロード化)、場合によっては、NMR信号がほとんど観測できないこともあります。
また、NMR信号ができても、通常現れるであろう範囲から大きく外れた位置で観測される (常磁性シフト) こともあり、常磁性原子種の絡んだNMRの測定は非常に取り扱いの難しい分野となります。

多核NMRで確認すべき対象核種の基本物性

「NMR周期表」の見方

NMR周期表

多核NMRの測定を始める際には、スピン量子数と天然存在比で色分けした周期表 (NMR周期表) を手元に置いておくと便利です。
例えば、上記の表では、炭素の質量数が13になっています。一般的には、炭素の質量数は12ですが、NMRで観測できるの対象は、質量数13の同位体なので、このような表し方となっており、NMR測定に必要な情報に特化した周期表となります。
NMR周期表を見て、これから自分が測定したい元素が、NMRの観測対象なのかどうか、あるいは、どういったスピン量子数を持っているのかなどを、事前に確認しておきましょう。

こちらの表では、ピンクで分類されている核種のスピン量子数は、I = 1/2 、
黄色は、スピン量子数が、I = 3/2, 5/2, 7/2 ...のような半整数スピンを持つ核種で、
緑色は、スピン量子数が、I = 1, 2 ...のような整数を持つ核種となります。これらは、基本的にNMRで観測できる可能性の高い核種となります。
NMRでは、スピン量子数:I = 1/2 の核種が、最も扱いやすい(測定しやすい)カテゴリとなります。
その他のスピン量子数を有する核種は、四極子核と呼ばれ、 I = 1/2 の核種とは異なる特徴を持っています。

共鳴周波数と磁気回転比

NMR装置は、「400 MHz」「500 MHz」「600 MHz」といったように、周波数で表現されることがよくあります。これは、その装置が発生させる磁場 (静磁場) 中で、どの周波数で、1H核が共鳴するかを示しています。例えば、静磁場強度が9.4 テスラ (T) の場合、 1H核は、400 MHz (399.8 MHz) で共鳴します。そのため、 9.4 TのNMR装置は、一般的に「400 MHz NMR」と呼ばれます。
しかし、多核NMRでは、13Cなどさまざまな核種を観測するため、1Hとは異なる周波数で共鳴します。共鳴周波数ν0、次の関係式で表されます。

ν0=γB0/2π

ν0 : 共鳴周波数
γ : 磁気回転比
B0 : 静磁場強度

この式からわかるように、共鳴周波数ν0は、

  • 静磁場強度 B0 に比例する
  • 核種固有の定数である 磁気回転比 γ に比例する

という関係があります。

磁気回転比 γ とは、各スピンが磁場中で歳差運動 (プリセッション) する速度を表す比で、原子核ごとに決まっている固有の定数です。そのため、この値が変わることはありません。

磁気回転比 γ

例えば、上図で示したように、13Cの磁気回転比はプロトンのおよそ1/4です。そのため、400 MHz NMR装置では、13Cの共鳴周波数は約100 MHz (100.5 MHz) になります。

同様に、他の原子核もそれぞれ固有の磁気回転比を持っているため、同じ磁場中でも異なる周波数で共鳴します。例えば、400 MHz装置 (静磁場強度=9.4 T)の場合、それぞれの核は以下の周波数で共鳴します。

1H: 400 MHz, 19F 376 MHz, 31P: 162 MHz, 13C: 100 MHz, 29Si: 79.5 MHz, 2H: 61.4 MHz, 17O: 54.2 MHz, 15N: 40.5 MHz, 103Rh: 12.7 MHz, B0=9.4 T

検出感度を決める因子

多核NMRで直面する課題の一つに「感度の低さ」があります。
核スピンの検出感度 (理論的限界) は、以下の式で表されます。

I(I+1)ν30・N

I : スピン量子数
ν0 : 共鳴周波数
N : 核スピン濃度 (試料量、同位体の天然存在比)

スピン量子数が小さいほど感度は低くなり、共鳴周波数が低いほど感度は低くなるということになります。一方で、共鳴周波数の高い1Hや19Fは、検出感度の高い核種と言えます。
また、核スピン濃度も検出感度を決める要素となりますが、核スピン濃度は、試料量のほかに、同位体の天然存在比が大きく関わってきます。例えば、炭素であれば、13Cの天然存在比は1.1%なので、その分、感度は落ちることになります。

化学シフト範囲 (信号が検出されるエリア) の広さも信号の見つけにくさに関係します。
一般には、原子番号が大きくなるほど、化学シフト範囲が広くなります。
例えば、1Hの化学シフト範囲は10-15 ppm程度ですが、13Cだと200 ppm程度、31Pだと600 ppm程度の範囲に信号が現れます。化学シフト範囲が広くなればなるほど、対象のNMR信号を見つけるのは大変になるので、ただ闇雲に観測範囲を広げてもうまくいきません。信号を見つけるためには、ある程度、対象となる核スピンの化学状態を推定して、文献等からおおむね信号の出る位置に当たりをつけておくとよいでしょう。

化学シフト基準物質の選択と注意点

NMR測定において、化学シフトの基準 (0 ppm) を、どの基準サンプルでキャリブレーションするかは、解析の出発点となる極めて重要な要素です。有機溶媒中での1Hや13Cの測定であれば、TMS (Tetramethylsilane)、水系サンプルならDSS (4,4-dimethyl-4-silapentane-1-sulfonic acid) やTSP (Trimethylsilyl propanoic acid) を基準とするのが一般的で、かなり広く普及しています。

ところが、多核NMRにおける化学シフトの基準物質は、業界や研究分野によって、異なる基準物質が使われるケースがあります。
例えば、15Nの場合、有機化学分野では、ニトロメタンを0 ppmとすることが多い一方で、生化学・生命科学分野では、アンモニアを0 ppmとすることが多いです。

ここで注意が必要なのは、ニトロメタンとアンモニアでは、化学シフトの差が約400 ppmもあるという点です。化学シフトの基準に、どの物質を使用しているかによって、対象となる信号の化学シフトが、全く異なる値となってしまうので、論文やレポートでは、どの物質を0 ppmとして定義したかを明記することが大切です。

パルス幅の求め方 (ニューテーション実験)

多核NMR測定において、最適な信号強度を得るためには、対象核種に応じた適切な90°パルス幅を知る必要があります。90°パルス幅を求める主な手法は以下の2通りです。

1. ニューテーション(Nutation)実験

パルス時間を少しずつ変えながら連続的に測定を行い、信号強度の変化を追う方法です。
信号強度は、パルス幅 (時間) に対してサインカーブを描いて変化します。

  • 90°: 信号強度が正の方向に最大。
  • 180°: 信号が打ち消し合い、ゼロ (ヌル点) になる。
  • 270°: 信号強度が負の方向に最大。
  • 360°: 再び信号がゼロ (ヌル点) になる。

ニューテーション実験では90°や270°の頂点はなだらかなってしまい、正確な時間を特定するのが困難となるので、360°パルスを探すのが一般的有効とされています。
上図においては、53µsが、360°パルスにあたり、その1/4である13.25µsが、適切な90°パルス幅となります。

180°を探さないのはなぜ?

180°も360°もどちらも信号が消える点 (ヌル点) だが、180°は「緩和時間」の影響を受けやすく、誤差が出やすいです。
そのため、一般的には、360°パルスを探し、その値から90°パルス幅を算出する方法が最も正確とされています。

2.計算により算出する

信号が弱すぎて、ニューテーション実験が難しい場合や、パルス幅の検討が全くつかない場合は、既知の各核種のデータから計算でもアプローチすることが可能です。

γ (磁気回転比) は、ν (共鳴周波数) と置き換えてもよい

原理:パルス幅は、その核種の共鳴周波数 (ジャイロ磁気比 γ) に、ほぼ反比例するという性質を利用します。

算出方法:既に判明している核種 (例えば、カーボンなど) の90°パルス幅を基準にし、対象核との周波数比から算出します。
できるだけ共鳴周波数の近い核の90°パルス幅を参照して、その値から対象の核種の90°パルス幅を算出するほうが、より正確です。

パルス幅と励起帯域

励起帯域 (excitation bandwidth) とは、RFパルスによって十分に励起できる周波数範囲を指します。NMRではこの励起帯域が、観測したい化学シフト範囲をきちんとカバーしているかどうかが非常に重要になります。

化学シフト範囲が広い場合のパルス幅と励起帯域の関係は以下のようになります。

励起帯域=1/4×90°パルス幅

例えば、90°パルス幅の値が40 µsとすると、励起帯域は、約6 kHz (6250 Hz) となります。
600 MHzの装置の場合で考えていくと、6 kHzの励起帯域は、ケミカルシフト範囲:10 ppm分に相当します。
(ppmの算出は、コラム第一弾を参照)

しかしながら、図のように、実際に照射されるパルス波の波形を見ると分かるように、10 ppm分の範囲を十分に励起するには、40 µs以下の90°パルス幅が必要となることが分かります。

お問い合わせ

日本電子では、多核NMR測定に対応した各種NMR装置・プローブ・アプリケーションをご提供しています。低感度核測定や四極子核解析、高感度測定手法についてご興味がありましたら、ぜひお気軽にお問い合わせください。経験豊富なアプリケーションスタッフが、測定条件の検討から解析まで幅広くサポートいたします。


日本電子株式会社

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