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小島が行く!臨床化学フロントランナーとの対談シリーズ 01

臨床検査の現場、検体検査の精度保証に重要なものとは
~進歩する分析装置と進歩させたい教育~

分析装置の自動化とブラックボックス化が進む一方で、生化学検査も精度管理から分析前後の過程(検体採取・運搬・保存)や検査結果の報告、検査値の解釈を含めた精度保証が求められる時代に変遷している。異常値を見落とさないために必要なものとは何か?
臨床化学分野のフロントランナーと検査の現場について考えていく対談シリーズ、今回はその1回目。東京科学大学の大川龍之介 教授に、検体検査の精度保証と教育、そして分析装置の自動化がさらに進む未来の姿について伺った。

Part 1 精度管理から精度保証へ

小島 近年、学会でも検体個別管理法や精度保証の重要性が取り上げられています。患者さんにとってより良い医療を届ける為に医療法も改正され、多くの検査室でISO15189(以下、ISO)の取得も進んでいます。検査室は標準作業手順書(SOP:Standard Operating Procedure)の準備や、試薬管理をはじめとした管理台帳の作成が必要となりました。これらの業務が検査の質の向上にどう関与するか、大川先生の目にはどう見えますか?

大川 ISOの認証は今、多くの病院が取っていますが、認証を得るためにSOPをはじめいろいろな書類を準備する必要があります。そうした書類を用意する過程で検査室の質はかなり上がると思っています。私が入職した頃は臨床検査というと職人気質なところがあって、人によって技量の差が生じてしまい、それが検査の質の差に繋がってしまう可能性もありました。それを標準作業手順書が出来たおかげで皆、一定のレベル以上の検査ができるようになったのではないでしょうか。

小島 なるほど。手順書を基に教育にも役立てることができるのでしょうか?

大川 そうですね。私が入職した2002年あたりにEBM(Evidence Based Medicine)という言葉が出てきて、検査もエビデンスにのっとって検査しようという流れが出てきました。
得られた検査値は根拠に基づいていて、曖昧だったものが整備されるようになりました。臨床検査なのでEBLM(Evidence Based Laboratory Medicine)と呼んでおりましたが、論理的に数字に対する解釈が求められるようになりました。ISOにアドバイスサービスというものがあります。こういう理屈だから、この結果は妥当だと説明することと、それを記録に残すこと。それがISOで始まっています。臨床医から結果について問い合わせがあったときに、新人ははじめ何を答えていいのか戸惑いますが、記録があるのでそれを基に答えられるようになります。検査値だけでなくて、臨床へ説明をする質も向上していると思います。

小島 確かに精度保証には検査結果の解釈も含まれると思います。ISOと医療法で要求事項も異なりますが、検査の質向上という視点では、教育をはじめとしたISOの要求事項を医療法に加えていくなどマニュアルのアップデートも必要であると感じていますが、いかがでしょうか?

大川 やはり一定の要求事項を満たすようにマニュアルの改訂は必要だと思います。大学病院だけがISOを取得すればいいかというとそうではなくて、患者さんが検査を受けるのは大学病院以外が多いと思うので、マニュアルの準備も必要だと思います。
既に実施されているかもしれませんが、学会等がどのようなマニュアルを作成すればいいのかを発信していく必要はあると感じておりますし、拠点病院だけでなく、病院全部に行き渡る様になるといいでしょうね。

小島 現場の検査技師の皆さんにお話しを聞くと、これまでの検査業務に加えて、管理業務の負荷も増えてきているという声を耳にします。大きな病院さんでは人数も多く、業務の分担も可能かと思いますが、小規模の病院さんだと管理業務の負荷をいかに軽減するかが重要でしょうか?

大川 今思うと病院に勤めていた時は本当に忙しかったなと思います。一日に2万歩を越えることもよくありました。そんな中で精度管理や検査データをひとつひとつ確認する作業はとても大変で、それが人数の少ない小中規模の病院さんであれば、より負担が大きいと思います。課題を解消する方法の一つは検査技師を増員する事なんだと思いますが、簡単にはできないですよね。分析装置やシステムに精度管理をある程度任せて負荷を軽減できるようになれば効率的だと思います。

小島 日本電子でもCLALISという検査システムでキャリブレーションの実施記録や試薬管理台帳の自動作成をはじめとした、検査技師の皆さんが作業された記録が残せる仕組みを実現しています。そういった形で分析機器メーカーも業務改善のお手伝いができればと思っています。

大川 それはいいですね。臨床化学は項目が多いので、管理が大変です。私が病院に勤務していた時代は手書きで管理していました。とても大変だった記憶がありますが、それが分析装置で記録が残るのであれば、便利ですね。何が悪かったのか、後から振り返ることも手軽にできそうですし、キャリブレーションも項目によって頻度が異なるので、頻度の低い項目は手書きだったら奥の方にあったりして探すのが大変なので、システムであれば簡単に検索もできそうなのがいいですね。

小島 精度管理のお話しが出ましたが、近年は精度管理に加えて精度保証が求められる時代になってきていると感じます。みなさん内部精度管理、外部精度管理しっかりされていると思うのですが、許容幅に入らないとルーチンがスタートできないこともあるかと思います。作業的にも大変ですよね。

大川 非常に大変です。専用のコントロールがあり、準備だけで相当な時間がかかるケースもあります。データも多いので、値のチェックも煩雑です。
さらに言うと頻度についても課題があります。朝に流して精度保証したらそれで終わりということではありません。検体を測っている間に徐々に試薬が劣化することもあります。2時間後に再度コントロールを流して問題がなければ、そこではじめてそれまでの2時間分の検体データが大丈夫だと保証できる。もし何かの項目で問題があった場合は2時間分遡らなくてはならない。結局、内部精度管理は後追いなのです。
朝と夕方のコントロールだけでは足りないとなると、では何時間おきに流そうかとなる。問題が起きることを恐れて短くすれば、今度は精度管理にかける工数が増えてしまう。精度管理のジレンマです。

小島 検体数が多いご施設ではコントロールを流す頻度も多いと思いますが、中小の病院さんだと朝と夕方に流すだけのところもあるかと思います。例えば夕方の精度管理で許容幅から外れた場合、朝まで遡って全部測定するのも難しいですよね。

大川 何か問題があると分かった場合、検査結果をすでに医師に送ってしまった場合は問題ですよね。本来は患者検体の測定終了後、コントロールを測定してそれまでの測定結果に問題がないことを保証してから検査結果を送るのが本当は正しいとは思うのですが、どうしてもその方法だと報告が遅れるので、リアルタイムに検査結果を送るケースはあると思います。ただ、後で精度管理に問題があるという事が分かって、その時点までに測定していた患者検体の結果を報告していた場合、それぞれの患者さんの主治医に電話して「この値は違いました」と連絡する必要も出てきますし、何より一番の問題はそれが医療事故につながる可能性があることです。今の管理試料だけでコントロールしていく方法には限界はあると思っています。

小島 私も精度管理試料だけでなく、患者さんのデータでどう精度を保証するのかが重要だと感じています。一方で教育は難しいと感じていて、内部精度管理や外部精度管理では許容幅から外れた場合、それがトレンド現象なのかシフト現象なのか判断する知見は学習できると思いますが、個々の患者さんのデータに異常があったときにその異常が何なのか判断する知見を身につけるのは経験が必要であると感じておりますが、そのあたりはいかがでしょうか?

大川 基本は内部精度管理で管理していくのが良いと思いますが、加えてその間の個別の検体の結果や異常をどう判断していくのか?が私も大変重要であると思います。異常反応の事例の共有や、教育が大事になりますね。

Part 2 精度保証における反応タイムコースチェックの重要性

小島 教育のお話しがありましたが、大川先生は学生さんに異常検体の事例について、どう教育されていますか?

大川 私が臨床現場で経験したデータの提示をしています。学生に対して教科書にはない現場のデータを見せて「この患者さんのデータ、どこがおかしい?」と問い、答えてもらっています。おかしかった場合「何をすればいいの?」と再質問します。そしてまずは反応タイムコースをチェックしてみようと伝えています。「この患者さんはこういうタイムコースでした。このどこが異常ですか」という具合に教育するようにしています。
例えばMタンパクによる異常反応であれば、第1試薬と検体が加わった時に吸光度が変化しているデータと、正常のタイムコースを比較して「ここが違う」と気付いてもらう。その違いや原理について説明しています。
教科書に書いてあることを話すと学生も眠たくなりますが、現場の話をすると興味を持つようで反応はとてもいいです。

小島 反応タイムコースや測定原理について、臨床データを基に学習できるのは学生さんにとって大変有意義に感じます。反応タイムコースを確認してよかったと思えるご経験はありますか?

大川 特定の項目で試薬の気泡を吸ってしまって、試薬が分注できていないケースがありました。この場合は反応タイムコースを確認すると一目瞭然なので、異常に気付けた経験があります。項目によっては検査値だけでは判断できないこともあるので、気になる測定値に遭遇した場合には反応タイムコースの確認は重要であると感じています。

小島 我々も反応タイムコースが生化学検査の精度保証に有効なツールであると考えています。ただ、反応タイムコースの異常を検知しても、それが機械由来なのか検体由来なのかについてはまだはっきりとアラートを出せる段階にありません。臨床現場で有効に活用いただくにはどのような視点が必要でしょうか?

大川 臨床現場で緊急性を要するのは装置由来のトラブルだと思います。なぜなら、発見が遅れると以降測定する多くの検体に影響を与えるからです。そこに早く気づくことができるかが重要です。安全な医療を提供する上で、検査技師が正しく対処できるように情報をいち早く伝えていただきたい。「おそらく機械だ」「おそらく検体だ」というレベルのアラートでも出してもらえると助かります。
ただ何でも装置が判断するようになると、一方でそれに過度に依存しないよう技師の教育も大切になってきます。
これは昔から思っている要望なのですが、検査値や異常反応のシミュレーターがあるといいと思っています。例えば模擬検査値を見て新人に送信するかどうか判断させる。すると装置側が「O.K.でした」あるいは「N.G.でした」と返す。あるいは「異常値が出ました」「タイムコースはこうでした」といった問題を投げかける。そんなフライトシミュレーターのようなシステムがあるといいと思うのですが、なかなかないですよね。
例えばMタンパクは大学病院だと結構出てきますが、小規模な病院では滅多に出てきません。稀な検体に遭遇できないような病院の検査技師だと現場で学ぶだけでは難しいですし、研修会で講義を聞いてもピンとこないことも多いと思います。そうなると異常反応を見逃す可能性も出てきます。実際の検査に近い検査値シミュレーターでシミュレーションすればトレーニングにもなりますし、見逃しも防げるのではないかと思いますが、商売にならないですかね?

小島 シミュレーターの構想は面白いですね。どのような形にするのかは今後の課題ですが、異常反応のデータだけでなく、正常なデータも含めて集積していかなければならないと考えていて、そのデータを活用して教育に繋げたいと思いました。

大川 そうですね。異常なデータだけでなく、正常も含めてデータの集積ができれば良いと思います。是非実現させてください。

小島 シミュレーターとは少し異なるかもしれないですが、RCPC (Reversed Clinico-Pathological Conference) は検査データから症例を推測しますが、検査データから異常反応やピットフォールを推測するような講義があれば面白いと思うのですが、その点いかがでしょうか?

大川 チーム医療の科目で、医学科や歯学科、看護学科の学生と検査の学生が一つの症例を話し合う機会があります。ただ、RCPCだけだと病態の要素が強くなり、検査の側面が薄くなります。多角的に検査データを読むトレーニングも重要であると思いますので、検査データにEDTAが混入した事例を取り上げると、カルシウムの測定値が0であるとか、アルカリホスファターゼが極端に低値な検査値が出てくるので、そういう点は検査技師にしか分からないので、病気による異常値だけではなく、検査の前処理に由来する異常値のデータを学ぶこともしています。
検査技師のスキルはいかに正しい結果に至らない事例を見抜くことができるか?が重要であると思いますので、教育も大事だと感じています。

小島 確かに症例に触れることが大事ですよね。学会や勉強会でも事例の紹介はされているかと思いますが、検査技師の皆さんは検査業務もあるので、学会に参加するのも難しい部分はあると思います。コロナ禍を機にオンラインでの勉強会も開催されるようになりましたが、このようなツールの活用はいかがでしょうか。

大川 オンラインのツールは全国的にも整ってきたと感じます。気軽に研修会にオンラインで参加できるようになってきました。学会も対面に戻ってきましたが、オンラインの活用もしていければいいですよね。日本臨床化学会でも若手育成委員会というのがあって、年に数回オンラインでの研修会も行っていますが、200名近い方に参加いただいています。「もっと勉強したい」と欲している若手技師の方もいると思っていて、そのニーズに学会として我々が応えることが重要であると思っています。タイムコースや異常反応を取り上げても面白そうですね。臨床化学会の年次学術集会のシンポジウムでは再検査をテーマに取り上げましたが、多くの方に聴講いただきました。みなさん再検査にも興味があって、どういったときに再検査すればいいのか、悩んでらっしゃるんじゃないかと思います。

小島 再検査のお話しがありましたが、分析装置の自動化やシステムの活用が進んだ現代でも再検査の判断は技師の皆さんの経験や力量に左右される部分はあるでしょうか。

大川 再検査は非常に奥が深いと思っています。再検査を見つける多くの目的は偶発誤差の発見だと思っていて、2回測定して乖離するかどうかになるので、究極はすべての検体で2重測定すればよいのでしょうけど、試薬のコストも2倍かかれば、報告時間も2倍になります。それはできないので、いかに再検査の数を減らしつつ異常なデータを見つけるかがカギになります。必要なものだけを2回測るのかを決める方法が難しく、前回値に対して何%乖離すれば再検すべきなのかなど、どの施設も悩んでいると思います。
1件1件結果を確認して、再検の指示を出すとしても検体数が多くなると現実的ではありません。その設定は難しく、まだ答えは出ておりませんが、再検のマニュアルや基準を設けて欲しいという要望を頂くことがあります。このような要望に対して、継続的にシンポジウムのメンバーで討論をしておりますが、各病院の患者さんのデータにも違いがあって、包括的な基準が作れるのか?に課題があります。

小島 再検についても、多くの事例を集積して、結果の解釈やどう再検査するのかのシミュレーターがあるといいですね。大川先生は臨床現場を経験されて、今は教育現場にいらっしゃいます。当時こんなことができていればよかったと感じることはありますか?

大川 そうですね。今思うと現場が忙しくて勉強できていなかったと思うことがあります。どうしても医療優先になるので、原理が分からないまま医療を進めてしまう経験もありました。教える立場になって知ったこともたくさんあります。一点お伝えしたいのが、臨床検査は日本だけではなくて、世界でも同じように行われているということです。どうしても日本は日本でだけ臨床検査が行われている雰囲気を感じます。世界でも日本と同じように再検査やバリデーションについて議論されているので、是非海外の検査にも触れて欲しいなと思います。日本の精度保証はとても優れていますので、世界に発信してもらいたいと感じています。

小島 今回お話を聞けてとても参考になりました。長い時間のインタビューありがとうございました。

大川 龍之介 (おおかわ りゅうのすけ)

東京科学大学 大学院医歯学総合研究科
臨床分析・分子生物学分野 教授

東京大学医学部附属病院の臨床検査技師としての経験を経て、東京医科歯科大学にて助教・医学部内講師を歴任後、2020年より現職。 日本臨床検査医学会、日本医療検査科学会、日本臨床検査学教育協議会、日本臨床化学会など多数の学会で委員の経験があり、臨床検査分野における教育・研究活動への貢献は幅広い。

小島 和茂 (こじま かずしげ)

日本電子株式会社
ME事業部 ME技術本部 応用研究グループ

2002年4月 日本電子株式会社に入社。生化学自動分析装置や試薬に関する販売支援を中心に、医療機関や検査センターの現場と向き合いながら、製品導入や運用をサポートしてきた。一方で各都道府県の臨床検査技師会主催の研修会での講演や学会発表など、社外での活動にも積極的に取り組んでいる。自動分析装置におけるリアルタイム反応タイムコースの監視機能に関する発表の実績が評価され、2017年4月からは日本臨床化学会ピットフォール専門委員会の委員として活躍中。

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