臨床検査の現場、精度保証と異常検知はできているか
~ピットフォールに気づくトレーニングが大事~
分析装置の自動化とブラックボックス化が進む一方で、生化学検査も精度管理から分析前後の過程(検体採取・運搬・保存)や検査結果の報告、検査値の解釈を含めた精度保証が求められる時代に変遷している。異常値を見落とさないために必要なものとは何か?
臨床化学分野のフロントランナーと検査の現場について考えていく対談シリーズ、今回はその2回目。群馬パース大学の藤田清貴 学長にピットフォールと教育について伺った。
Part 1 分析装置の自動化とピットフォール
小島 先生との出会いは臨床化学会のピットフォール研究専門委員会でした。先生は以前、ピットフォール研究専門委員会の委員長をされていましたが、日本臨床化学会がピットフォールの研究専門委員会を立ち上げた経緯について聞かせていただけますか。
藤田 浜松医科大学の前川真人教授は公私にわたる友人なのですが、同教授が日本臨床化学会の理事長に就任された2015年に、ピットフォール研究専門委員会の委員長をやってほしいという依頼が私のところにきました。「検査装置の自動化に伴って異常検体を見つける力が弱くなっている。異常検体をしっかりキャッチできる若手、解析能力のある若手を育てたい」という意図でした。実際、私も、いろいろな学会に出向いたときに多くの方々から「異常検体にどう対応すればいいか」という相談を受けていました。
その役割を果たしたいと思ったのが委員会を設置した大きな目的です。委員会では臨床検査の現場で問題となったピットフォール事例を広く集めて解析マニュアルを作成しています。
小島 藤田先生はもともと、臨床現場でも長くご活躍されていたと思いますが、異常反応やピットフォール解析に興味を持たれたキッカケを教えていただけますか?
藤田 約40年前になりますが、日常の血清蛋白分画検査でアルブミン分画がコの字型になった異常パターンに出会いました。当時の文献では一過性の現象で、小児や新生児によくみられるが、原因がわからないと記載がありまし。しかし、この患者さんは悪性腫瘍の高齢患者であることから「なぜ異常パターンに遭遇したのか?」に疑問を持ちまして、試行錯誤の実験を繰り返しました。その結果、酸性ムコ多糖の一種であるヒアルロン酸の増量であることを見出し、発表しました。それが私の最初の論文であり、研究の原点です。その後国内の様々な施設から異常反応検体解析の依頼が増えました。
小島 以前と比べ、たくさんの検体を迅速に測定することが求められております。そのため、個別に確認しにくくなっていると伺います。やはり異常検体を見つけにくくなっているでしょうか?
藤田 検体検査で大きく変わったのが、自動化です。分析装置の自動化が進んで、ボタンを押すだけで結果が出る時代になりました。ただ、自動分析装置は測定値だけを返します。異常なタンパクを質的に捉えることができない。質的に捉えられる唯一の方法は電気泳動分析ですが、残念ながら自動化にともなってそうした煩雑な作業は外注化されていきました。大学病院でさえ電気泳動を面倒くさがってやらなくなる、そういう時代に入ってしまったのです。こうして異常検体を見つける力がだんだん弱くなくなっていったということだと思います。
ですが、自動分析装置でも異常検体に気づくことはできます。まずは数値を比較すること、関連する項目がどう変化するかに注目することです。それによって何か異常なことが起こっている、病態を反映しない異常反応が起こっていることを推測できます。
例えば総タンパクとアルブミンを測り、差を取ってみる。その数値はほぼグロブリンと考えてよいでしょう。グロブリンのほとんどは免疫グロブリンですから、その数値が期待している値と乖離していたら「これは何かある」ということを示唆していることになります。
反応タイムコースを活用するのもいいと思います。タイムコースの情報はとても貴重です。タイムコースを解析することで異常反応をしっかりキャッチできる人は異常反応を見つけることができます。
Part 2 異常値に気づくための卒前・卒後教育
小島 群馬パース大学には「ピットフォール解析学」という講義があり、以前から大変興味を持っていました。他の大学では聞いたことがないのですが、どのような講義か説明していただけますか。
藤田 実際の患者さんの検査データや所見を教材にして、なにが矛盾点かをグループ討論する学生参加型の講義です。本学には同じく学生参加型のRCPCの講義もありますが、RCPCとの違いは病態を反映しない異常値を取り扱っている点です。
グループ内で話し合うといっても、最初は学生からの発言も少ないです。ですが、教科書だけでなく、検査の数値を読む本などを持ってきてもらい、例えば、先ほど話した総タンパクとアルブミンの関連性についてチェックしてみて「この数値がおかしいでしょ」と指摘してあげると、それをヒントに見るべきポイントが分かってきて徐々に熱を帯びた討論になっていくのです。
病態を反映しない異常値にはどのような発生機序があり得るのか、そしてどう捉えどう対処すべきか、グループ討論とは別に学生に伝えます。教員側には、実際に異常値の解析を数多く実践した経験のある人がいないと、こうした内容は教えられません。その意味で他大学では開設しにくい、本学のユニークな講義だろうと思います。
小島 臨床検査技師の卒後教育については学会でも話題になることがありますが、日本電子では「TERAKOYA」という研修会を実施しています。参加者は臨床化学の経験の浅い技師などで、毎年100人近い卒業生を送り出しています。プログラムにはRCPCの講義もあるのですが、検査技師の方たちにとっては、ピットフォール解析学のような内容の方が有用なのではないかと思っておりますが、先生のご意見を伺えますか?
藤田 RCPCは基本的に医師向けのトレーニングで、臨床検査の数値データと病気を組み合わせて見ていくというものです。一方で技師向けということであれば「ピットフォール解析学」だと思います。このトレーニングで矛盾に気づかなければ、技師は検査のどこがおかしいか、どうしておかしいか解析できません。その気づく力、解析する力を養うことが大事なのです。
具体的なピットフォールの例を挙げると、例えば患者血清と試薬が反応してにごりが生じてしまい、測定系に干渉してしまう事例があります。原因はMタンパクだったりします。タンパクを構成するアミノ酸のうち疎水性アミノ酸は多くが構造部分、タンパクの構造の骨格にあたる部分にあり、通常は表面に出ないのですが、病的になると表に出てくる場合があって、そうなると界面活性剤などと結合してにごりが生じるのです。IgM型のMタンパクであるケースが多いです。
そうした臨床現場での症例や対策をTERAKOYAでも伝えていけばいいのではないでしょうか。
Part 3 反応タイムコースが気づきのきっかけになる
小島 異常反応を示すタイムコースを初めて見つけて感激したのを今でも鮮明に覚えています。それがきっかけで、タイムコースに関心を持つようになりましたし、異常反応に気づくためにももっと積極的にタイムコースを利用するべきだと考えるようにもなりました。
ただ、タイムコースを見慣れている技師の方は少ないように感じています。ですので、まずは正常なタイムコースをしっかり見ることから伝えていこうと思っています。
藤田 いいことです。正常があって異常があるわけですからね。異常反応については実際に経験することが非常に重要であると思います。
反応タイムコースの異常で一番分かりやすいのは最初のにごりでしょう。にごりは第一試薬の成分と反応して起こることが多いですが、異常反応のなかには第二試薬で起きるものもあります。例えば免疫反応の動物のタンパクと反応するとか。ですから、最初のにごりからくる異常タイムコースだけではなく、いろいろなパターンの異常タイムコースがあることを伝えてほしいです。
分析装置メーカーにお願いしたいことは、まさにタイムコースをきっちり読めることを広めていってほしい、若い人がそれらの検出なり分析なりができる力を身につけていけるようにしてほしいということです。小島さんがどんどん発信していってください。
小島 先生のおっしゃるように私たちも反応タイムコースについてはこれからもしっかりやっていきたいと思っています。最近はIoTの活用も進んできておりますが、異常反応の解析や稀な反応タイムコースに遭遇した時、原因を追究するには臨床現場と協力しながら進める必要があります。そうした協力をお願いしながら、分析装置で異常反応を検出するロジックについてはしっかり見つけていきたいと思っています。
藤田 ユーザーとメーカーが同じ土俵で異常反応について意見交換できる場があればいいと思います。施設規模の大小に関わらず、多くの人で事例を共有できる機会を持つことが重要です。その土俵を作って欲しいなと思います。今後の活動に期待しています。ぜひ、がんばってください。
藤田 清貴 (ふじた きよたか)
群馬パース大学 学長
専門は臨床検査医学、免疫検査学、臨床病態解析学、電気泳動分析学。医療機関および大学において臨床検査・研究・教育に長年従事し、信州大学、千葉科学大学等を経て現職。電気泳動分析法を中心にプロテオミクス解析法などを駆使し、血清蛋白異常症、体液性成分と結合する免疫グロブリン、および病態を反映しない異常反応などについて、分子機能構造解析およびその反応メカニズムについて研究を行い、病態との関連性を追求しています。また、異常値の発生メカニズムを解明し、異常免疫グロブリンと測定試薬成分との非特異反応を阻止する方法についても開発研究を行っています。
小島 和茂 (こじま かずしげ)
日本電子株式会社
ME事業部 ME技術本部 応用研究グループ
2002年4月 日本電子株式会社に入社。生化学自動分析装置や試薬に関する販売支援を中心に、医療機関や検査センターの現場と向き合いながら、製品導入や運用をサポートしてきた。一方で各都道府県の臨床検査技師会主催の研修会での講演や学会発表など、社外での活動にも積極的に取り組んでいる。自動分析装置におけるリアルタイム反応タイムコースの監視機能に関する発表の実績が評価され、2017年4月からは日本臨床化学会ピットフォール専門委員会の委員として活躍中。
