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JMS-S3000 "SpiralTOF™" とTOF-TOFオプションによる尿中薬物分析への試み [MALDI Application]

MSTips No.263

JEOL特許技術であるらせん軌道型イオン光学系をもつ、JMS-S3000 "SpiralTOF™"は、 17mと長い飛行距離をもち、低分子領域においても高質量分解能、精密質量測定が可能なMALDI-TOFMSである。 実サンプル中の低分子化合物においては、目的化合物の同定精度を向上させるため、TOF-TOFオプションに高エネルギー衝突有機解離による構造解析も有効となる。本報告では、法化学分野への応用として、フェネチルアミン化合物である、総合感冒薬中のメチルエフェドリンの分析を行った。

はじめに

マトリックス支援レーザー脱離イオン化(MALDI)は、イオン化促進剤としてマトリックスと呼ばれる低分子化合物を用いる。MALDIはリフレクトロン型飛行時間質量分析計(TOFMS)と組み合わせて用いられることが多いが、一般的にm/z 500以下の低分子量有機化合物の測定が困難とされている。その理由は、MALDIでは目的化合物だけではなく、マトリックスやその他夾雑成分もイオン化されるためである。低分子領域においては、マトリックスや夾雑成分のピークと目的化合物のピークが混在するが、リフレクトロン型TOFMSは質量分解能が不十分なためそれらを分離することが困難である。また、MALDIでは、ポストソースディケイ(PSD)由来のシグナルもバックグランドイオンとして観測されるためより解析を困難にする。JEOL特許技術であるらせん軌道型イオン光学系をもつ、JMS-S3000 "SpiralTOF™"は、 17mと長い飛行距離をもち、高質量分解能を実現できる。また、イオン光学系を構成する扇形電場によりPSD由来のイオンを排除できるため、バックグランドノイズの影響が低いマススペクトルの取得が可能である。これら特徴により、低分子領域においても精密質量測定が可能である[1]。実サンプル中の低分子化合物においては、目的化合物の同定精度を向上させるため、TOF-TOFオプションに高エネルギー衝突有機解離による構造解析が有効となる。本報告では、法化学分野への応用として、フェネチルアミン化合物である、総合感冒薬中のメチルエフェドリン(注)の分析を行った。

実験

サンプルとして、以下のように調製したものを使用した。
総合感冒薬抽出試料:市販総合感冒薬をメチルエフェドリンの濃度が0.5 mg/mLとなるように調製した水溶液(抽出率100%と仮定した場合)
摂取後尿試料:市販の総合感冒薬で規定されている1回の摂取量を経口摂取した6時間後の健常者の排泄尿
ブランク尿試料: 1日以上総合感冒薬を摂取していない健常者の排泄尿
添加尿試料:ブランク尿にメチルエフェドリンの濃度が1μg/mLとなるように総合感冒薬抽出物を添加した試料

尿試料の前処理として固相抽出(C18)を行った。マトリックスには、シナピン酸を用いた。各試料をそれぞれマトリックスと混合し、0.5 μLをサンプルプレートに滴下し、測定を行った。マススペクトルおよびプロダクトイオンスペクトルは、SpiralTOFモードとTOF-TOFモードの正イオンモードを用いて取得した。

Fig. 1 Structural formula of a methyl ephedrine

Fig. 1 Structural formula of a methyl ephedrine

結果

SpiralTOFモードにて総合感冒薬抽出試料・摂取後尿試料・ブランク尿試料の測定を行ったところ、総合感冒薬抽出試料・摂取後尿試料からメチルエフェドリン([M+H]+)が観測された。 計算質量(m/z 180.1383)との質量誤差(内部標準法)で、0.001 u 以下であった(Table1)。 次に、総合感冒薬抽出試料と添加尿試料のメチルエフェドリン([M+H]+)をプリカーサイオンとしてプロダクトイオンスペクトルを取得した。 ここでは、メチルエフェドリンの濃度がわかるように添加尿試料を使用した。両者でほぼ同等のプロダクトイオンスペクトルが得られたので、投与後試料に観測されたm/z 180のピークは確かに、メチルエフェドリンであることが確認できる。 プロダクトイオンスペクトルに観測された主なピークについて、開裂経路を記載した。

試料 観測したm/z 質量誤差(u)
総合感冒薬
抽出試料
180.1377 0.0006
摂取後尿試料 180.1380 0.0003
ブランク尿試料 未検出

Table 1 Mass accuracy of a methyl ephedrine

まとめ

以上のようにSpiralTOFを用いた測定では、高い分解能と質量精度により、尿中など夾雑物の多い試料においても薬物の検出が可能である。さらにTOF-TOFモードを用いた測定では、高いプリカーサーイオン選択能とPSD排除機構により、観測されたピークが薬物由来かどうかの確認を行うことができる。

参考文献

[1] MSTips No.241 「 MALDI Application: JMS-S3000 "SpiralTOF™"を用いた総合感冒薬の分析 」

(注)「エフェドリン・プソイドエフェドリン・メチルエフェドリンは、メタンフェタミン・メトカチノンなどの違法薬物を合成する際の前駆物質であるため、これらが 10% を超えて配合されている試薬は覚醒剤取締法の対象であるが、配合量が10 % 未満の総合感冒薬は対象外である。」

Fig. 2 Mass spectra of a aqueous solution of a combination cold remedy, urine of 6-hour after oral ingestion of a combination cold remedy and blank urine sample. (a) Full mass range, (b) m/z 180 - 182.4, and (c) 180.04 – 180.20.
Fig. 2 Mass spectra of a aqueous solution of a combination cold remedy, urine of 6-hour after oral ingestion of a combination cold remedy and blank urine sample. (a) Full mass range, (b) m/z 180 - 182.4, and (c) 180.04 – 180.20.

Fig. 2 Mass spectra of a aqueous solution of a combination cold remedy, urine of 6-hour after oral ingestion of a combination cold remedy and blank urine sample. (a) Full mass range, (b) m/z 180 - 182.4, and (c) 180.04 – 180.20.

Fig. 3 Product ion spectra of a methyl ephedrine observed in (a) a aqueous solution of a combination cold remedy, (b) methyl ephedrine added urine sample.

Fig. 3 Product ion spectra of a methyl ephedrine observed in (a) a aqueous solution of a combination cold remedy, (b) methyl ephedrine added urine sample.

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