JMS-S3000 "SpiralTOF™-plus"を用いたイメージング質量分析における合成高分子の可視化方法
MSTips No.305
マトリックス支援レーザー脱離イオン化飛行時間質量分析計(MALDI-TOFMS)は、合成高分子の分析において強力なツールである。MALDIはおもに1価イオンを生成するために、マススペクトルの横軸(m/z)が合成高分子由来イオンの質量となる。高質量分解能MALDI-TOFMSを使えば、繰り返し単位や末端基の組成による合成高分子シリーズの識別が容易に可能となり、それぞれの分子量分布を算出することができる。合成高分子の分子量分布は一般的に数平均分子量(Mn)、重量平均分子量(Mw)、多分散度(D)といった指標で数値化することができる。最近ではMALDI-TOFMSを用いたイメージング質量分析(MALDI-MSI)により試料表面の目的化合物の局在分布を可視化することができる。MALDI-MSIの測定データは、位置情報(X, Y)とマススペクトルの情報(m/z, イオン強度)の4つの情報をもつ。特定の化合物のピークを指定し、各ピクセルでのイオン強度を算出し、マススイメージとして可視化する。MALDI-MSIは凍結組織切片を試料として、タンパク質、ペプチド、代謝物、投与薬物(およびその代謝物)などの局在分析のために技術開発がすすんでおり、工業材料分野では合成高分子中添加剤の分布の可視化に用いられることが多く、合成高分子そのものの局在情報の可視化の応用例は少ない。その理由として合成高分子は分子量分布をもつことが特徴であり、ある特定のピーク(すなわち特定の重合度)を指定し、マスイメージを抽出しても合成高分子全体の局在を表現できない点が挙げられる。本報告ではMALDI-MSIにおいて、Mn, Mw, Dを指標とした合成高分子の可視化方法を提案する。
合成高分子の可視化手順
ここでは、msMicroImager™に搭載されている合成高分子の可視化法について説明する。
- JMS-S3000を用いてMALDI-MSI測定を行いデータ取得を行う。
- msMicroImager™にデータを読み込み、平均マススペクトルもしくは関心領域の(ROI)マススペクトルを作成する。
- 2で作成したマススペクトルから可視化する合成高分子のピークリストを作成する。
モノマーや末端基が既知であれば質量を計算し、合成高分子のピークリストを作成してもよい。 - 作成した合成高分子のピークリストをmsMicroImager™に読み込み、すべてのピークのマスイメージを抽出する。
- 4で抽出した合成高分子のピークに対してマスイメージを用いて、ピクセルごとにMn, Mw, Dを計算する。
ここで、Mn,p, Mw,p, DpはピクセルごとのMn, Mw, D, pはピクセル番号、iはマスイメージの番号、kはピークの総数、Miはi番目のマスイメージの質量、Ip,iはi番目のマスイメージのp番目のピクセルのイオン強度である。
- 得られたピクセルごとのMn, Mw, D値でイメージを作成する。

Fig. 1 The procedure for making the images of Mn, Mw,and D.
実験
合成高分子の可視化方法を検証するためにポリエチレングリコール分子量600および1000(それぞれPEG600, PEG1000とする)を用いてモデルサンプルを作成した。使用した試薬はTable 1に示す。左スポットに PEG1000, α-CHCA, NaTFA の 5/10/1 (v/v/v)の混合溶液を、右スポットにPEG1000。
PEG600, α-CHCA, NaTFAの5/5/10/1 (v/v/v/v)の混合溶液をスポットした。MALDI-MSI測定は、JMS-S3000のSpiralTOF 正イオンモードで測定を行った。ピクセルサイズは50µmとし、各ピクセルでのレーザー照射回数は50回とした。ポリマーの可視化はmsMicroImager™を用いておこなった。
Polymer | PEG600 and PEG1000 1mg/mL (in MeOH) |
---|---|
Matrix | α-CHCA 10mg/mL (in MeOH) |
Cationization agent | NaTFA 1mgmL (in MeOH) |

Fig. 2 Schematic of the model sample.
結果
Fig.3に平均マススペクトルを示す。観測されているPEGのシリーズは、HO(C2H4O)nH +Na+ である。Fig. 3にはm/z 569.3 (n = 12), 1009.6 (n = 23), 1361.8 (n = 30) のマスイメージをあわせて示す。PEG1000は両スポットに滴下しているので、m/z 1053.6, 1361.7 uのマスイメージでは両方のスポットにイオンを観測した。一方、PEG600は右スポットのみに滴下しているので、m/z 569.3のマスイメージでは右スポットのみにイオンを観測した。このマススペクトルには同位体ピークも含めて80のPEGのシリーズのピークが観測されている。それらの80ものマスイメージを従来法で抽出し、俯瞰して合成高分子の分布を検討することは困難である。

Fig. 3 Averaged mass spectrum of entire region of sample1. The polymer series with repeat unit of 44 u (C2H4O) was observed. The three mass images of PEG, m/z 569.3 (n = 12), 1009.6 (n = 23) and 1361.8 (n = 30), were also shown.
Fig.4a-cにPEGの各ピークから抽出した80のマスイメージをもとに算出したMn, Mw, Dのイメージを示す。左のスポットはPEG1000のみ、右のスポットはPEG600とPEG1000を混合物したスポットしてあるため、Mn, Mwのイメージでは左のスポットの値が大きく平均分子量が大きいことが分かる。一方で、Dのイメージでは左のスポットが分子量分布が狭いため値が小さくなっている。このように本手法で可視化することで80のマスイメージを3つのイメージに集約することができた。しかも合成高分子の分布情報の表現方法としてよく利用されているMn, Mw, Dを指標として可視化するため分子量分布の空間的な分布を直感的に理解しやすくなった。また、Fig.4a-cの右スポットをみると左右(Fig. 4b中の領域AおよびB)で各値が異なることが分かる。この領域AとBのROIマススペクトルを作成しFig. 5に示した。領域A, BのROIマススペクトルを比較すると領域Bはわずかにm/z 600付近のイオン強度が強いことがわかる。そのため、Mn, Mwは領域Aの値が大きくなり、Dは領域Bが大きくなることが分かる。これらは、Fig. 3 で示した従来のイオン強度のマスイメージからは読み取れない情報であり本手法を使用する利点といえる。
まとめ
本報告では、MALDI-MSIにおける合成高分子の可視化方法について紹介した。本手法を用いることで分子量分布をもつ合成高分子のシリーズから抽出できる100程度のマスイメージを数平均分子量(Mn)、重量平均分子量(Mw)、多分散度(D)の3つの指標に集約して可視化することができる。
これら3つは合成高分子全体の指標値であるため、合成高分子の空間的分布をより直感的にとらえることができる。

Fig. 4 Three images of Mn, Mw and D summarize the eighty mass images included in PEG peak list.

Fig. 5 The ROI mass spectra at (A) left and (B) right side of right-hand spot. The polymer distribution was wider in right hand which could not be identified in conventional method.
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