窒素キャリアガスを使用した熱分析ソリューション① ~PY-GC-MSにおけるヘリウムと窒素の比較~
MSTips No. 377
はじめに
GCキャリアガスとして使用されているヘリウム (He) の供給不足が長期化しており、深刻な問題となっている。その対策として水素 (H2) や窒素 (N2) などの代替キャリアガスが用いられ、中でも窒素は安価で安全であることから使用されるケースが増えている。一方で窒素キャリアのデメリットとしては、クロマトグラムのピーク分離と感度の低下、マススペクトルの変化に起因する定性解析精度の低下が挙げられ、解析結果への悪影響が懸念される。
本報告では窒素キャリアを用いた、熱分析-GC-MS法を例に、定性分析において窒素キャリアを利用した際に十分な定性解析を行えるかを検証したので紹介する。測定にはガスクロマトグラフ四重極質量分析計「JMS-Q1600GC UltraQuad™ SQ-Zeta」を使用し、アタッチメントのEI/PI共用イオン源を使用し、EI法およびPI法でデータ取得を行った。取得したデータを統合定性解析ソフトウェア「msFineAnalysis iQ」を使用して解析し、結果についてヘリウムキャリアと窒素キャリアで比較することで、キャリアガスの影響を評価した。なお今回用いたPI法については、N2がイオン化しないことから、チャージアップによる影響がなく、窒素キャリアガスでもヘリウムと同等の解析結果を得られることが期待できる。

ガスクロマトグラフ四重極質量分析計
JMS-Q1600GC UltraQuad™ SQ-Zeta

統合定性解析ソフトウェア
msFineAnalysis iQ
実験
測定試料は市販の天然ゴム製品を用いた。試料量は0.4 mgを熱分解装置に供した。熱分解-GC-MSの測定条件をTable 1に示す。使用したカラムは、N2の最適線速度に合わせるために内径の細いカラムを使用し、流量を0.5 mL / minに設定した。測定結果については、TICCと、代表化合物の抽出イオンクロマトグラム (EIC) を比較した。msFineAnalysis iQによる統合解析については、強度上位50ピークに対し統合解析を行った。
Table 1. Measurement condition
Ionization | EI (He) | PI (He) | EI (N2) | PI (N2) | |
---|---|---|---|---|---|
PY | Pyrolysis temp. | 600°C | |||
Interface temp. | 300°C | ||||
GC | Column | DB-5 (Agilent Technologies, Inc.), 10 m × 0.18 mm id, 0.18 μm film thickness | |||
Oven | 40°C for 2 min, to 320°C at 20°C / min, and hold for 10 min | ||||
Carrier gas | He | N2 | |||
Carrier gas flow | 0.5 mL / min (Constant flow) | ||||
Inlet temp. | 320°C | ||||
Injection mode | Split (1 / 100) | ||||
MS | Interface temp. | 320°C | |||
Ion source temp. | 250°C | ||||
Ionization | EI | PI | EI | PI | |
Ionization current | 50 μA | 50 μA | |||
Ionization energy | 70 eV | 10.78 eV | 70 eV | 10.78 eV | |
Relative EM voltage | +100 V | +800 V | +300 V | +800 V | |
Acquisition mode | Scan | ||||
Scan range | m/z 33 ~ 600 |
測定結果
TICCの比較
EI法におけるTICCをFigure 1に示す。天然ゴムの熱分解測定では開始直後にMonomer (→ C10H16) が強い強度で観測され、その後3分あたりから複数のDimer (→ C15H24) 成分が、7分あたりからTrimer (→ C20H32) 成分が観測される。比較の結果、窒素では概ね全てのピークについて3~6秒弱程度保持時間が早くなるものの、ピーク分離はヘリウムとほぼ同等であった。窒素キャリアで懸念された感度低下についても、質量分析計の検出器電圧をヘリウムに対し、+200 V上げることで、ヘリウムとほぼ同等のピーク強度を得ることができた。

Figure 1. TICCs of EI method
PI法におけるTICCをFigure 2に示す。最初に述べたとおり、PIイオン化法については、N2がイオン化しないことから、チャージアップによる影響がなく、ヘリウムと窒素で全く同じ測定条件においても、ほぼ同等のTICCが得られている。

Figure 2. TICCs of PI method
EICの比較
熱分解成分であるm-キシレンについて、EI法およびPI法における分子イオン (m/z 106) のEICをFigure 3に示す。EICにおいてもピーク形状はヘリウムと窒素でほぼ同等であり、S/Nについても、概ね同等の結果が得られている。




Figure 3. EICs of m-xylene
msFineAnalysis iQにおける統合解析結果の比較
強度上位50ピークの統合解析結果をFigure 4に示す。この円グラフではmsFineAnalysis iQの色分けを反映し、高確度の定性結果が得られたものを青、中程度の定性結果が得られたものを橙、十分な定性結果を導き出せなかったものを灰で色分けした。比較の結果はヘリウムと窒素でほぼ同等であり、いずれも6割近いピークにおいて高確度の定性結果を得ることができた。

- Blue: Highly accurate qualitative results
- Yellow: Medium accurate qualitative results
- White: Low accurate qualitative results
Figure 4. Number distribution of Integrated qualitative analysis result
まとめ
GCキャリアガスにヘリウムと窒素を用いてパイロライザーとGC-QMSによる天然ゴムの熱分解測定を行い、得られた結果を比較した。クロマトグラムのピーク形状・分離はヘリウムと窒素で同等であった。窒素キャリアで懸念された感度低下についても、MS側の検出器電圧を調整することで殆ど低下は見られず、msFineAnalysis iQを用いて、強度上位50ピークに対して行った統合解析結果についても、ヘリウムと窒素でほぼ同等の結果が得られ、msFineAnalysis iQによる定性能力が窒素キャリアにおいても損なわれていないことが示唆された。これらの結果によりGC-QMSを用いた定性分析が窒素キャリアにおいても可能であることが確認できた。
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