N₂キャリアガスを使用したGC-MS法による農薬類の分析
MSTips No.385
1. はじめに
GCのキャリアガスとして広く使われているヘリウム(He)は、様々な事情により、一時的な価格の上昇やその供給状態の不安定化等の問題を抱えることがある。He供給の遅滞等が発生した場合には代替ガスとして別種のキャリアガスの使用検討が必要になる。代替ガスとして、水素(H₂)は最適な分離を行える線速度域が広く、GCのキャリアガスとして適しているが、スペクトルパターンへの影響、可燃・爆発の恐れから扱いに注意を要する。一方、窒素(N₂)は安全性を重視した場合、GC-MSへの導入が比較的容易であるがイオン化効率低下による1/10程度の感度損失が懸念される。今回、水質汚濁に係る環境基準の対象農薬であるシマジンとチオベンカルブについて、N₂キャリアガスで測定し、Heとの感度差、検量線の直線性、連続測定時の再現性について確認を行ったので報告する。
2. 実験
サンプルは、シマジンとチオベンカルブを濃度10, 20, 50, 100μg/Lに調製した試料を検液とした。測定はガスクロマトグラフ四重極質量分析計「JMS-Q1600GC UltraQuad™ SQ-Zeta」を用いた。測定条件をTable 1に示す。カラムは、N₂キャリアガスの最適線速度域を考慮して、内径が細い0.18mmのカラムを使用した。質量分析計のパラメーターもN₂のイオン化を抑制するため、イオン化エネルギーを20eVに設定した。
Table 1 Measurement Condition
Parameter | Value | |
---|---|---|
GC | Column | DB-5ms (Agilent Technologies, Inc.), length 20m, inner diameter 0.18mm, film thickness 0.18μm |
Oven temp. | 70°C (2min)→20°C /min→150°C (0min)→10°C /min→300°C (5min) | |
Injection port temp. | 250°C | |
Injection mode / Volume | Pulsed Splitless / 2μL | |
Pulsed Press | 200kPa | |
Carrier gas | N2, 13.79kPa, Constant Pressure | |
MS | Interface temp. | 280°C |
Ion source temp. | 250°C | |
Ionization | EI (20eV, 50μA) | |
Acquisition mode | SIM |
3. 測定結果
3.1. Heとの感度差の確認
100μg/LのサンプルにおけるN2キャリアガスとHeキャリアガスのSIMクロマトグラムをFigure 1,2 に示す。N2キャリアガスにおける感度 (S/N:PP) は、Heキャリアガスに対しシマジン: 2/3程度、チオベンカルブ: 1/4程度であった。

Figure 1 SIM chromatogram of Simazine and Thiobencarb at 100μg/L concentration by N2

Figure 2 SIM chromatogram of Simazine and Thiobencarb at 100μg/L concentration by He
3.2. 検量線及び再現性の確認
シマジン、チオベンカルブの検量線をFigure 3に示す。検量線の直線性については、相関係数 (R) が0.999以上であった。10μg/Lのサンプルをn=5で連続測定した際のn=1のSIMクロマトグラムをFigure 4に示した。連続測定時の定量値の変動係数は、シマジンが7.5%、チオベンカルブが9.0%と10%以下の値が得られた。シマジン、チオベンカルブの環境基準は、最も低いシマジンで3μg/Lであり、昭和46年環境庁告示第59号, 付表6に基づく固相抽出-GC-MS法における濃縮倍率を想定すると、基準値の1/10以下が測定可能であることが確認できた。

Figure 3 Calibration curve of Simazine and Thiobencarb

Figure 4 SIM chromatogram of Simazine and Thiobencarb at 10μg/L concentration
まとめ
通常、Heキャリアガスの1/10程度の感度と言われているN2キャリアガスを使用して、水質汚濁に係る環境基準の対象農薬であるシマジンとチオベンカルブについて測定を行った結果、最も感度低下の大きいチオベンカルブにおいてもHeの1/4程度の感度を得ることが可能であった。また、連続測定時の変動係数から、基準値の1/10以下が測定可能であることが確認できた。
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