反射電子低減電子銃BS-60050EBSによる近紫外域低吸収膜の作製
はじめに
近年電子ビーム蒸着用電子銃の主要市場である光学部品業界においては、光学デバイスの高性能化に伴い、光学薄膜の散乱や吸収などの光損失を低く抑える重要性が増しています。このような背景の下、電子銃BS-60050EBSは光学薄膜の吸収損増大の主原因とされる蒸着過程での反射電子入射を低減させることを目的として開発された電子ビーム蒸着用電子銃です。今回、実際に電子銃BS-60050EBSを使用して光学薄膜を作製し、吸収損の低減効果を検証したので報告します。
電子銃BS-60050EBSの主な特長
Fig. 1 に電子銃BS-60050EBSの外観を示します。電子銃BS-60050EBSは、基盤への反射電子入射が低減するという特長以外に、主に以下に示す特長を有します[1]。
- 270°偏向およびビーム垂直入射
- 長寿命フィラメントの採用
- 加速電圧可変機能による融点差異が大きい材料の連続成膜対応
- メンテナンス作業性の向上を重視した電子銃構造
- 真円に近いビームスポット(溶け跡)形状
- 最大φ50 mm坩堝対応のビームスキャン幅
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Fig. 1 | 電子銃BS-60050EBSの外観 | Fig. 2 | 電子ビーム蒸着過程で蒸発源から放出される各種粒子及び電磁波 |
光学薄膜に対する反射電子の影響
Fig. 2 に電子ビーム蒸着過程で蒸発源(蒸着材料)から放出される各種粒子及び電磁波を示します。このうち反射電子は、Fig.3に示すように蒸着過程の光学薄膜に入射すると、蒸発源への入射電子(電子ビーム加速電圧)とほぼ同等の高エネルギーを有しているため、光学薄膜の表面付近に限定されることなく数百nm~数μmの深さまで浸透します。このときの反射電子の浸透深さDは、電子エネルギーE0の関数として次式で与えられます[1]。
光学薄膜に浸透した反射電子は、酸素(その他フッ素など)欠損や格子欠陥の生成を助長するなどして光学薄膜の吸収損を増大させるものと推測されます。
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Fig. 3 | 反射電子の浸透深さ | Fig. 4 | 電子線を同時照射しながらの電子ビーム蒸着実験系 |
光学薄膜の吸収損と反射電子との相関性
光学薄膜の吸収損と反射電子との相関性を実験的に検証する方法として、本報告ではFig.4に示すように反射電子に見立てた電子線を 照射しながら光学薄膜の電子ビーム蒸着を行うものとします。Fig. 5 に電子ビーム蒸着と同時に電子線を照射した場合のMgF2薄膜の分光吸収特性を示します[2]。ここでMgF2を実験で使用した理由は、低屈折率材料として反射防止膜などの光学多層膜にしばしば使用され、また反射電子の入射により吸収損が表れ易いと言われる材料であることによります。電子線の照射電流密度が増加するにつれて、主に可視短波長域から近紫外域にかけての吸収率が増加することが確認できます。
Fig. 6は各種光学薄膜材料における吸収率と電子線照射による電子ドーズ量との相関性を定量的に示したもので、MgF2薄膜とTiO2薄膜の吸収率は電子線照射による電子ドーズ量にほぼ比例して増加することがわかります。言い換えれば、反射電子の影響による光学薄膜の吸収損を低く抑えるためには、蒸着過程で入射する反射電子の「量」を低減することが不可欠であると言えます。


電子銃BS-60050EBSによる近紫外域低吸収膜の作製
Fig. 7 に電子銃BS-60050EBSを使用した場合の蒸発源(タングステンペレット)からの反射電子放出角度分布を示します。なお比較参照のため、従来型を使用した場合の反射電子放出角度分布を重ねて示します。電子銃BS-60050EBSでは、およそ30°以下の低い角度の範囲に限定して反射電子が放出されていることがわかります。これは真空室内で通常上方へ設置される基板側へは放出されないことを意味します。
電子銃BS-60050EBSを使用して作製した場合に光学薄膜の吸収損が低減することを検証するため、本報告ではFig. 8 に示すように従来型電子銃との反射電子放出量の差異が大きい放出角度57°の位置に基板をおいて成膜することにより、光学薄膜の吸収損を比較することにしました。Fig. 9 にBS-60050EBSを使用して作製したMgF2薄膜の分光吸収特性を示します。従来型電子銃と比較して主に近紫外域を中心に吸収損が低減することが確認できます。
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Fig. 7 | 電子銃BS-60050EBSを使用した場合の蒸発源からの反射電子放出角度分布 | Fig. 8 | 光学薄膜の吸収損の低減効果検証実験系 | |
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Fig. 9 | 電子銃BS-60050EBSを使用して作製したMgF2薄膜の分光吸収特性 |
まとめ
電子銃BS-60050EBSは、蒸発源から放出される反射電子が低く且つ狭い放出角度範囲に限定されるため反射電子の基板への入射を低減さ せることができ、吸収損の小さい光学薄膜を作製することができます。従って、高性能光学薄膜の成膜プロセスにとって極めて有用な電子ビーム蒸着用電子銃です。
なお、本稿では述べませんでしたが、樹脂基板に対する密着性にも反射電子が影響を与える事が確認されており、樹脂基板への蒸着にも有効です。
参考文献
[ 1 ] 前川茂樹、第8回JEOL高機能膜フォーラム資料(2007).
[ 2 ] 上岡昌典、清水康司、前川茂樹、杉山修、2008年春季第55回応用物理学関係連合講演会予稿集No.2,30a-M-5.