汎用走査電子顕微鏡の応用について
1. はじめに
最近、ナノテクノロジー、マイクロマシン、ファインセラミック、超微細加工装置(評価検査)などが注目されていますが、これらは全て肉眼では見えない世界の話です。この肉眼では見えない物体を立体的に拡大して観察することができるものが走査電子顕微鏡(SEM)や、走査形プローブ顕微鏡(SPM)です。物体を拡大観察する手法として、虫眼鏡から電子顕微鏡まで幅広い装置がありますが、それらはそれぞれ目的用法によって使い分けがなされています。 ここでは、当社製品であるJSM-5000シリーズのSEMについて説明し、また、SEMに特別な機能を付加すれば、どの分野にまで応用できるかを紹介します。
2. SEMの原理
SEMという名称はScanning Electron Microscopeの英語の頭文字SEMに由来します。日本語では走査電子顕微鏡と呼ばれますが、その作動原理はテレビのそれと良く似ています。 電子線を試料に照射すると、図1に示す様に、試料表面からいろいろな信号が発生します。これらのうち二次電子信号を利用しているのがSEMです。 |
図1 : 電子線照射による各種の発生信号 |
図1に示したように、電子線束と試料との間の相互作用で、種種の信号が試料表層から発生します。表層(数ナノメータ)から出る信号は二次電子(エネルギーが小さく、数+eV以下)で、これを検出するユニットが二次電子検出器です。 SEMで検出する信号は二次電子が主であって、画像は二次電子像と呼ばれ、試料表面の形態(凹凸)を忠実に反映しているので、画像は立体感のある直感的な画像となります。
図2に示すように、真空中でタングステンフィラメントを加熱すると、熱電子が発生します。フィラメントのまわりのウエネルト(陰極)と対極に位置するアノード(陽極)との間に高電圧を印加して、熱電子を引き出し、これを加速して物体に当てます(照射)。この熱電子束を物体に衝突する途中で、電子レンズ、走査コイル等により、極めて細いビーム(電子プローブ)として、物体(ここでは被検試料)表面に照射し、そして所定の領域を面走査します。
図2 : SEM の概略原理図
物体上で電子線束の走査と、表示装置(CRT)のビームの走査を同期(シンクロナイズ)させ、また試料表面からの信号の強弱を256諧調に変換表示させます。倍率は光学顕微鏡とは異なり、試料物体上の電子線束による走査領域と固定された表示CRTの表示領域の比です。よって、高倍率で焦点合わせを施せば、それ以下の倍率での再焦点あわせは不要です。連続して倍率を変化させた像を得られます。
3. SEMの特長と応用
SEMの特長としては、直径200mmの大形固体試料の表面構造が深い焦点深度をもった画像として得られること、観察倍率は極低倍率(×5)から30万倍までの幅広い制御範囲を持つこと、操作は簡単で誰でも行えることです。また、観察目的により、試料前処理過程が不要な低真空モード機能や試料冷却、引っ張り、加熱、描画、分析機能など多方面に拡張できます。以下にそれら応用写真を紹介します。
破面の疲労筋,撮影倍率 ×5000 二次電子像
ICパッドの不良品,撮影倍率 ×750 二次電子像
試料を60度傾斜した窒化チタン, 撮影倍率 ; ×5000 二次電子像
4. 分析SEMへの拡張性と応用例
{エネルギー分散形分光装置(EDS)への拡張性と反射電子検出器}
表面形態を観察していると必ず異形物体や相が現われるので、それらを分析したくなるのが人間の常です。そうした欲求を満たしてくれるのがEDSによる表面の定性分析、定量分析、二次元元素マップ分析です。EDSは試料から放出された構成元素の特性X線をSi半導体検出器で検出し、アナライザーで捉えた特性X線を弁別してCRT上にスペクトルとして表示します。分析SEMはスペクトルのエネルギー位置から定性分析を、特性X線の強度(カウント数)から定量分析を行える装置です。この装置は企業における欠陥品の検査及び原因究明、環境問題の解明、ハンダと基板との接続面解明、塗装膜の観察と分析、金属中の介在物の同定、金属疲労破壊、混入異物の形態観察と元素分析等の幅広い分野で活躍しています。
表面観察の主役は二次電子像(SEI)ですが、反射電子像(BEI)も、使用目的によっては、二次電子像観察を凌駕する事もあります。日本電子のBEI検出器はトリプルの検出素子を配し、反射電子像でも信号演算回路により3種類の像、即ち、組成像、凹凸像、立体像が得られるのが特長です。概略を図3-1、3-2に示します。(日本電子特許)
図 3-1 : 日本電子製BEI検出器の概略図
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図 3-2 : 日本電子半導体検出器による信号演算
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BEIの特長
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原子番号依存性 (元素の原子番号によって放出信号強度が異なる現象)を利用し、組成の違いを二次元的に表示できること。図3-1の手法では、検出素子A,Bに飛び込んだ信号を、図3−2に示したように演算回路で加算することにより組成のコントラストを強調。次頁の硼化鉄試料では、硼素濃度の異なる相が識別されています。
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角度依存性 (試料と検出器の角度によって放出信号強度が異なる現象)を利用し、減算回路を利用して得られる画像が凹凸像で、特に、鏡面仕上げ試料の硬さ違いが識別可能です。
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低真空モードの検出器では、二次電子検出器が使えないので、反射電子検出器が使われ、特に立体像は図3−2に示した如く、A と B 検出器に加えて、検出器を利用することにより SEI に近い立体感のある画像が得られます。(日本電子特許)
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試料結晶方位による信号強度変化(チャンネリング コントラスト)も観察可能です。
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図4に示したシンチレータタイプの反射電子検出器、センタウルス検出器やロビンソン検出器等も用意されています(オプション)。
図 4 : センタウルス検出器の外観写真
反射電子組成像 試料 : 硼化鉄 撮影倍率 ;×350 |
反射電子組成像 試料 : 鋳鉄 撮影倍率 ; ×300 |
反射電子凸凹像 試料 : 鋳鉄 撮影倍率 ; ×300 |
日本電子反射電子検出器の応用写真例
左図は硼化鉄の組成像で黒い相(FeB)とグレイ相(Fe2B)とでは硼素の濃度が異なっています。
FeB/Fe2B(13.2%/8.8%硼素濃度)。
中央と右側の画像は鋳鉄の組成像と凹凸像で、それそれの画像からグラファイトカーボン(黒い相)とチタンカーバイト(グレイ相)のカーボン相が判別出来、それに研磨後の試料硬さの違いから微細な凹凸が判別出来ます。
図 5 に研磨したガーネット試料の点(+印)における定性分析と定量分析結果を示します。
試料に電子線を100秒間照射、エネルギーレンジ0~10keV間に出現した特性X線スペクトルを自動識別及びラベリングし(多元素同時分析)、その後定量分析しました。電子線励起のため、分析点は任意に設定可能で、組成像と併用すれば分析点が画像上にて認識出来ます。(ミクロ分析が出来ます)
図 5 : ガーネットの組成像と定性スペクトル・定量分析結果
5. 低真空SEMへの拡張性と応用例
非導電体や湿潤した試料観察の場合、高真空機能SEM利用のときには、試料に超薄金属膜を付着して導電性を与えて観察してきました。この試料前処理を省略して簡単に試料観察出来るのが低真空SEMです。装置は試料室専用排気油回転ポンプ(RP)を具備していて、試料近傍を低真空雰囲気状態にできます。また、鏡筒には高真空に維持できる差動排気機能を付与し、反射電子を画像信号として捉えます。特に、日本電子が開発した立体像は二次電子像に近い画像です。(二次電子信号を捉えるLV-SEDも出現しました)。入射電子や反射電子信号等(BEI,SEI)と試料近傍のガス分子衝突のイオン化現象により、試料上での帯電を中和し、コーティング無しでも表面観察を可能にしたのがLV−SEMの第一の特長です。試料室が低真空状態であるため、真空の圧力に弱い試料に対し効果もあります。
低真空SEMの特長は非導電試料での無蒸着観察(含む分析)と若干の油分(水分)を含んだ表面観察が可能なことです。また、簡易試料凍結法1)、試料冷却法、との併用によりさらなる効果が期待できます。
鉱物試料カラー面分析 出力例 試料 : 黄銅鉱 撮影倍率 ; ×1000
図 6 : 黄銅鉱のカラーマップ
(研磨後多元素のマッピング、左端にカラースケールバーを表示、赤色部が高い濃度を示す。)
低真空 2 次電子像 試料 : 髪の毛 撮影倍率 ;×1000 |
低真空像 試料 : りんごの果実 撮影倍率 ; ×200 |
低真空像 試料 : ヒメジュオンの花びら 撮影倍率 ; ×75 |
低真空像 試料 :萩の葉 撮影倍率 ;×1000 |
試料凍結法 試料 : 海水プランクトン 撮影倍率 ; ×1000 |
低真空像 試料 : でんぷん 撮影倍率 ; ×200 |
6. 分析低真空SEMへの拡張性と応用例(EDSEM)
LV-SEMにEDS(稀にWDS)を装着すれば分析LV-SEMとして活用できます。
これは、多量の含水試料以外は何でも観察及び分析が可能です。特に文化財、鑑識等の貴重な試料、帯電しやすい試料、コーティング及びカット出来ない試料(原形保持)、化学的前処理が出来ない試料、ガスを多量に放出するので真空圧力が良くならない試料等の観察に威力を発揮しています。まさに、日本電子が開発した優れもののSEMです。次頁に応用写真と図7にJSM-6460LA/EDSEMの外観写真を示します。
組成像 撮影倍率 ;×1500
試料 : シリコン X 線像ガス含多い大型コンクリート試料
組成像 撮影倍率 ;×75 試料 : 錠剤 |
図 7 : EDSEM の外観写真 |
参考文献
1) 鈴木武雄、柴田昌照、田中和郎、土井恵子、戸田龍樹;
低真空走査電子顕微鏡を利用したプランクトン観察のための新しい凍結乾燥法とその応用 日本プランクトン学会報、 42(1),53-62(1995)