ESR年代測定−その2−
ER080002
石英を用いたESR年代測定
石英はESR年代測定の可能な鉱物である。地球の表層に普遍的に存在する石英のESR年代測定は、表1に示した地球科学現象を対象としており、地球科学における新しい応用計測の可能性を期待されている。石英中には多種多様な常磁性中心が観測されており(1)、それらの中で熱的に安定なAl、Ti-Li中心信号が主に年代測定に用いられる。
試料 | 年代を示す現象 |
火山噴出物 | 火山の噴火 |
花崗岩 | 岩体の冷却 |
堆積物 | 堆積 |
フリント | 人類の活動 |
ジプサム | 環境変動 |
断層粘土 | 断層の活動 |

図1. 石英中の格子欠陥の一例
(1) Al中心信号
石英中のAl3+不純物はSi4+格子位置に置換された構造をとる。通常は一価の陽イオン(M+:M+=H+、Li+、Na+)が、Al3+付近の格子間位置にくることにより、電荷補償が成立している([AlO4/ M+]0)。照射を行うと生成したホール(h)を捕らえ([AlO4/ h] 0)、陽イオンは拡散する(1)。ホールは置換したAlの近くに位置する酸素の非結合の2p軌道に捕獲される(2)(3)。Al中心信号はこの状態で出るESR信号である。液体窒素温度ではAlの原子核スピン(I=5/2)による超微細構造などが観測される(図2)。
(2) Ti中心信号
石英中のTi4+不純物はSi4+格子位置に置換された構造をとる。Ti中心信号は、Tiの電気陰性度が大きいため、照射によって生成した電子が捕獲されて([TiO4+e-]-)、電荷補償のために1価の陽イオン(M+:M+=H+、Li+、Na+)を伴った状態([TiO4+e-/ M+]0)にある電子捕獲中心である(4)(図1)。Li+を伴うTi-Li中心が従来、Ti中心と呼ばれていたが、このほかにも、Ti-H中心やTi-Na中心が天然の石英中で見出されている(5)。
ESR測定
ESR測定は、試料の信号強度に応じて増幅率、磁場掃引時間、時定数を適切に選択した上で、磁場補正と測定感度補正のために常にMnマーカー信号などの標準試料を継続的にモニタしておくことが望ましい(例えば、マイクロ波出力:5mW、磁場変調:0.1mT、磁場掃引時間:30sec、時定数:0.03sec)。ESR年代測定法に用いるAl、Ti-Li中心信号強度の測定は、試料温度77K(液体窒素温度)で行う(6)。
ESR年代測定ではMn2+やDPPH(diphenylpicrylhydrazyl)など、スピン濃度の明らかな試薬を標準物質として使用する手法が用いられる。Al、Ti-Li中心信号強度は、通常、スペクトルのピーク間の高さをとり(図2)、ESR信号の増幅率、試料の質量で補正、Mnマーカーの信号強度で規格化したものを用いる。固体物質の方向依存性の影響を軽減するため、試料を封入した試料管1本につき、30度ずつ回転させながら合計5回程度計測を行うことが望ましい。信号強度はその平均値を用いる。このようにして得られたAl、Ti-Li中心の信号強度を指標として石英の年代測定が行われる。
ESR年代値の算出法は「Application Note ER-080001」をご参照下さい。

図2. 石英中のAl、Ti-Li中心のESR信号 ESR信号は、77Kで測定を行ったものである(6)。
A: Al 中心信号強度 B: Ti-Li中心信号強度.
参考文献
- (1) Weil, J. A. (1984): A review of electron spin spectroscopy and its applications to the study of paramagnetic defects in crystalline quartz, Physics and Chemistry of Minerals, 10,149-165.
- (2) O'Brien M. C. M.(1955):The structure of the color centers in smoky quartz. Proceedings of the Royal Society of London A. 231, 404-414.
- (3) Hitt K. B. and Martin J.J.(1983): Radiation-induced mobility of lithium and sodium in α-quartz. Journal of Applied Physics. 54,5030-5031.
- (4) Isoya J., Tennant W C. and Weil, J. A. (1988): EPR of the TiO4/Li center in crystalline quartz, Journal of Magnetic Resonance, 70,90-98.
- (5) Toyoda, S and Goff, F. (1996): Quartz in post-caldera volcanic rocks of Valles caldera, New Mexico: ESR finger printing and discussion in ESR ages, New Mexico Geological Society Guidebook, 47th Field Conference, 303-309.
- (6) 島田愛子・豊田新(2004): 石英の不純物中心のESR測定に適切な温度及びマイクロ波の条件,ESR応用計測研究会,第21巻,13-16.