ベースラインの歪み ‐ 夾雑成分の評価 -
ER180006
ESRにより固体試料(結晶・アモルファス)中の欠陥を観測することはよく行われます。欠陥は材料の機能性を左右すると考えられ、古くからESRでの研究が重ねられてきました。石英ガラスのE’ 中心や半導体ウェハ中のダングリングボンドが代表的な例ですが、現在でもこうした観点から、様々な固体試料の欠陥評価が実施されています。近年では、機能性炭素材料やその触媒活性の評価1) にも利用されています。欠陥の多くは自由電子のg値(2.003)前後に信号を与えますので、比較的狭い掃引幅で測定が行われます。しかしながら、天然成分から合成された材料は、時に予期しない活性な常磁性物質を含んでいる場合があります。材料のCharacterizationを行う際、欠陥だけではなく他の活性物質も併せて観測できるのが、ESR測定のメリットです。今回は、こうしたケースを取り上げてご紹介します。
試料とESR測定条件
- 試料:
天然ゼオライト - ESR測定条件:
マイクロ波周波数; 9437MHz, 変調磁場; 100kHz, 0.2mT
マイクロ波出力; 1mW, 測定温度; RT
掃引幅、掃引時間、時定数を適宜変更して測定
測定例
図1に、本ゼオライトのESRスペクトルを示しました。弊社web-site ESRアプリケーションノート; ER180005 で表示したものです。中央付近の欠陥由来の信号およびMnマーカー由来の信号が観測されています。ベースラインまで戻るはずのスペクトルの両端が、左右で高さが異なっていることから、試料に線幅の広い常磁性物質が共存していると推測されます。今回は、掃引幅を広げ含有している常磁性物質を観測します。
図2に、掃引幅を±40mTで測定したスペクトルを表示しました。スペクトルの両端の高さが著しく異なり、かなり線幅の広い常磁性物質が存在していることがあらためて示唆されました。緑色のスペクトルに示されたシャープな6本線はMnマーカーですが、それぞれの信号付近に小ピークが観測されています。Mnマーカーを抜いて測定したスペクトルを黒で示しました。微弱ではありますが、マーカーに近い位置にやや線幅の広い6本の信号が観測されたことから、本試料にはMn2+が含まれていると考えられました。
更に掃引幅を±500mTに広げて測定し、得られたスペクトルを図3に示しました。ここでは、Mnマーカーは抜いています。このスペクトルからMn2+以外に、g=4.2からFe33+が含まれていることが示唆されました。更に、g=2.1にも別種の金属が観測されています。また、最も高磁場側に観測された信号は、試料管やキャビティ内の空気に含まれるO2と考えられます。この信号は、N2ガス等で試料管およびキャビティ内を置換することで除くことが可能と考えられます。
ここでご紹介した試料には、欠陥だけでなく複数の金属イオンが含まれていることが示されました。多くの金属イオンは低温で高感度に検出されると期待されるため、低温測定により新たな金属が観測される可能性があります。
一般的に、試料の用途によってはここで観測されたような金属イオンは影響を与えないと考えられますが、新たに金属を担持して触媒等に活用する場合は、含有している金属を考慮する必要があると推定されます。



まとめ
今回取り扱ったのは天然由来とされるゼオライトですが、合成材料でもボールミル等で破砕操作を加えた場合、材質によってはミルの成分が混入して信号を与える可能性もあります。上記のようなベースラインの歪みだけでなく、測定範囲の全体的なドリフトも、線幅の広い信号が重なっているケースがあります。このような場合には、掃引幅を広げてスペクトルの全体像を確認をすることをお勧めします。
参考文献
- N., Morimoto et.al Chem. Commun, 53 7226 – 7229(2017)
- このページの印刷用PDFはこちら。
クリックすると別ウィンドウが開きます。
PDF 511.9KB