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光と電子の強い相互作用(2) *** 光子とスピンの相互作用の4状態 ***

ER200007

一般的なESR装置では、キャビティを用いてマイクロ波の照射とESR吸収信号の検出を行う。このとき、ℎ𝜈 = 𝑔𝜇𝐵𝐵h: Planck定数、ν: 周波数、g: g値、μB: ボーア磁子、B: 磁束密度)に相当するマイクロ波のエネルギーをスピンが吸収して、自身の格子系へそのエネルギーを排出する"一方通行" のモデルで考えるが、実際のマイクロ波光子とスピン間の相互作用は、もう少し複雑である。
図1は、キャビティ内における、マイクロ波光子とスピンのエネルギーのやり取りを模式化したものである。キャビティは、共振角周波数 𝜔で共振し、共振のQ値に反比例した速度 𝑘𝑐=𝜔𝑐 /𝑄𝑢 で緩和する。一方、静磁場 𝐵𝑚 のもと、キャビティ内に置かれた電子スピンは、𝜔𝑚 = 𝛾𝑒 𝐵𝑚 の角周波数で歳差運動している。共鳴条件 𝜔𝑐 𝜔𝑚 が満たされるとき、マイクロ波の光子エネルギーを吸収した電子スピンは、共鳴スペクトルの線幅に相当する速度 𝛾𝑚 (半値幅:half width at half maximum (HWHM))で緩和する。このとき、光子とスピンは、ある結合定数 𝑔𝑚 でエネルギーの交換を行っている。結合定数 𝑔𝑚 は、
数式
で表される[1]𝜂𝑚𝑠𝑞𝑟𝑡 は充填率の平方根、𝛾𝑒 は電子の磁気回転比、ℏ は h/2π𝜇は真空の透磁率、𝑉𝑐 はキャビティの体積、は磁気イオンの数、はスピン量子数である。

図1 Spin-cavity系のエネルギーの流れ

図1 Spin-cavity系のエネルギーの流れ

光子とスピンの相互作用の4状態

光子とスピンの相互作用は、結合定数 (𝑔𝑚) 、光子の緩和速度 (𝑘𝑐)、スピンの緩和速度 (𝛾𝑚) の相対関係により、4つの状態にカテゴライズされる[1]

  • 『weak coupling』:
    𝑔𝑚< 𝑘𝑐 かつ、𝑔𝑚 < 𝛾𝑚 の条件に当てはまるときの状態。通常のESR測定はこの状態で行われることにより正しいスペクトルが得られる。
  • 『Purcell effect』:
    𝑔𝑚 < 𝛾𝑚 かつ、 𝑔𝑚 > 𝑘𝑐 の条件に当てはまるときの状態。
  • 『strong coupling』:
    𝑔𝑚 > 𝛾𝑚 かつ、 𝑔𝑚 > 𝑘𝑐 の条件に当てはまるときの状態。光とスピンが一体となった『擬似粒子』としてふるまう。
  • 『magnetically induced transparent (MIT)』:
    𝑔𝑚 < 𝑘𝑐 かつ、 𝑔𝑚 > 𝛾𝑚 の条件に当てはまるときの状態。

これら、4つの相互作用の状態のうち、ESR測定の実用上、特に注意を要するのは、『 Purcell effect 』と『 strong coupling 』の状態であると考えらる。

Application Note ER200006  に示したような、無視できないスペクトルの線型異常がみられるとき、マイクロ波光子とスピンの相互作用が影響している可能性がある。式(1)に示したように、結合定数 𝑔𝑚 は、スピン数の平方根に比例するので、キャビティ中に占める試料の量が多すぎると、光子とスピンの相互作用により、予期していない効果を生じる。図2に示すように、測定中に共振周波数のシフト(図中の点線、AFCバランスに相当)を見ていると、異常な相互作用の確認ができる。

図2 スペクトル観測中の周波数シフト

図2 スペクトル観測中の周波数シフト (Application Note ER200006 参照)

(a)正常 (Set_B)。AFCバランスの値はほとんど動かない。 (b)サンプル量過多 (Set_A)。AFCバランスの値は大きくシフトする。

ESR共鳴磁場近傍での異常なキャビティ共振周波数のシフトをもう少し詳細に調べると、光子とスピンの相互作用がどのカテゴリーに分類されるのかを見積もることができる。図3に示したのは、Application Note ER200006  に示したSet_A配置におけるキャビティの周波数スペクトルを、各磁場ごとに測定したものを二次元マッピング表示したものである。参考文献[2][3]に示された、キャビティQディップ曲線の式(S11パラメーター)にもとづくスペクトルシミュレーションによって、結合定数は、約1.2MHzと見積もられた。スペクトルの半値幅(HWHM(half width at half maximum):約121μT、 𝛾𝑚 /2𝜋=3.39 MHz )、キャビティのQu値(約18000、 𝑘𝑐 /2𝜋=0.52 MHz)より、 𝑔𝑚 /2𝜋 < 𝛾𝑚 /2𝜋かつ、 𝑔𝑚 /2𝜋 > 𝑘𝑐 /2𝜋 の条件下となるため、『Purcell effect』の状態にあるとみなされる。この状態では、正常なESRスペクトルは得られない。特に高いQ値のキャビティを用いて、スピン量が大量に含まれる試料を測定するときは、 『Purcell effect』による光子とスピンの相互作用に注意を払う必要がある。試料が、常磁性ではなく強磁性で、かつ線幅が細い試料を扱うときは、さらに『strong coupling』の状態に直面する(Application Note ER200008 に続く)。

図3 キャビティ周波数スペクトル(Q-dip)の磁場依存性。 (a) 実測、(b) 文献[3]のS11の式にもとづくシミュレーション結果。

図3 キャビティ周波数スペクトル(Q-dip)の磁場依存性。

(a) 実測、(b) 文献[3]S11の式にもとづくシミュレーション結果。

Reference: [1] X. Zhang, C-L. Zou, L. Jiang, and H. X. Tang, Phys. Rev. Lett. 113, 156401 (2014).
[2] E. Abe, H. Wu, A. Ardavan, and J. J. L. Morton, Appl. Phys. Lett. 98, 251108 (2011).
[3] 特許公報(B2) JP 6660842 B2 "緩和時間測定方法及び磁気共鳴測定装置".

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