磁性ナノ粒子と超常磁性共鳴 (2) *** 磁性ナノ粒子の構造と電子状態 ***
ER210006
粒子の大きさと表面積の関係
粒子の形状を球形と仮定すると、その体積 に占める表面積 (S=4𝜋𝑟2) の比Ssは、
となり、粒径に反比例する。ここで、 Ssは"比表面積"、𝑟は粒子の半径を意味する。球形粒子の直径と比表面積の関係を図1に示す。このグラフから、メゾスコピック領域の物質は、その比表面積が非常に大きくなるということが分かる。
直径がナノメートルのオーダーとなる粒子材料では、このような独特の比表面積の大きさが、物性そのものに多大な影響を及ぼす。それは、表面という領域が界面を有する非連続的で特殊な環境であるため、粒子内部の均一で周期的な結晶状態とは全く異なる電子状態を作りうるからである。
図1 球体粒子の直径と比表面積の関係
磁性ナノ粒子のCore/Shell構造
直径が数ナノから数十ナノメートルの磁性ナノ粒子 (Magnetic Nanoparticles : MNPs) は、医療材料や工業材料への応用が期待されているため、機能の再現性・安定性を向上させるには、均一な粒径制御が求められる。なぜなら、量子サイズ効果は大きさに依存して劇的に物性を変化させるので、その大きさの分布が均一でないと、機能性材料としての均質性が担保できないからである。したがって、磁性ナノ粒子の製造過程では電子顕微鏡による形状確認や粒径分布計測による評価が重要になってくる。また、上述のようにメゾスコピックな磁性ナノ粒子は、その比表面積が大きいことから、磁気的な"Core/Shell structure"と呼ばれる2層構造を有していると考えられている (図2参照)[1-3]。粒径の異なるMagnetite (Fe3O4) の磁性ナノ粒子の超常磁性共鳴 (Superparamagnetic Resonance : SPR) スペクトルと、透過電子顕微鏡 (Transmission Electron Microscope : TEM) による明視野像から粒形状および粒径分布ヒストグラムを求めた結果を図3に示す。これを見ると分るように、同じFe3O4粒子であるにもかかわらず、粒径が小さくなるにつれてスペクトルの形状が劇的に変化していることが分かる。また、それぞれのスペクトルには広幅の成分とシャープな成分の2種類のパターンが重なっていることがうかがえる。TEMのデータから、粒子は粒子径に依らず球状をとっており、それぞれの粒径分布はばらつきも少なく、これらのスペクトル変化が粒径に強く相関したものであることを支持する。
図2 磁性ナノ粒子のCore/Shell構造模式図
図3 磁性ナノ粒子 (Fe3O4) トルエン分散溶液 (0.625 mg / mL) のSPRスペクトルとTEM像および粒径分布図
(a) 粒径 5 nm, (b) 粒径 10 nm, (c) 粒径20 nm *TEM像と粒径分布測定は、写真に示すJEM-2100Plus (加速電圧200 kV) にて行った。
SPRの飽和特性から推測されるCore/Shell構造
異なる環境に置かれたスピン種は、電子が占めるエネルギー準位の間隔や相互作用の種類を異にする。そのため、磁気共鳴によって吸収されるマイクロ波のエネルギーの散逸経路・速度に違いが生じ、異なるスピンの緩和時間 (スピン-格子緩和時間 : T1、スピン-スピン緩和時間 : T2) を持つことになる。一般的な強磁性体のように、スピンの緩和時間が速い化合物は、直接緩和時間を計測することが困難であるものの、マイクロ波のパワー依存性 (飽和特性) を調べることで、異なるスピン種の識別が可能になる。
図4に示すのは、照射マイクロ波パワーを変化させた磁性ナノ粒子 (Fe3O4) の超常磁性共鳴スペクトルである。いずれの粒径においても、低磁場側にブロードな吸収成分と、g=2付近のシャープな吸収成分の重ね合わせのパターンを示しており、粒径が小さくなるほどシャープな成分の比率が増大している。そして、マイクロ波のパワーに対し、シャープな成分は線幅やg値の変化なく相対的に早く飽和し、ブロードな成分は、線幅の増大を伴いながら、160 mWに至るまで飽和しない特徴を持っていることが分かる。このことより、ブロードな成分とシャープな成分は異なるスピン種に由来するスペクトルであり、粒径依存から推察するに、ブロードな成分とシャープな成分の混在は、Core/Shell構造を反映しているものと推測されている[2]。
図4 種々のマイクロ波パワーでの磁性ナノ粒子 (Fe3O4) トルエン分散溶液 (0.625 mg / mL) の超常磁性スペクトルと電子回折パターン
(a) 粒径 5 nm, (b) 粒径 10 nm, (c) 粒径20 nm
*電子回折パターンは、写真に示すJEM-2100Plus (加速電圧200 kV) にて取得した。
(a) - (c) に示す3種の磁性ナノ粒子の回折パターンは、既知のFe3O4のものと一致した。
FMR/SPRの周波数依存から考えられる磁性ナノ粒子の磁気特性
図5 磁性粉末 (粒径 : 50-100 nm) および磁性ナノ粒子トルエン分散溶液 (0.625 mg / mL) の強磁性共鳴と超常磁性共鳴の周波数依存性
(a) 磁性粉末 (粒径 : 50-100 nm) のX-band強磁性共鳴スペクトル、(b) 磁性ナノ粒子トルエン分散溶液 (0.625mg / mL、5、10、20 nm粒径) のX-band超常磁性共鳴スペクトル、(c) (a)のQ-band強磁性共鳴スペクトル、(d) (b) のQ-band超常磁性共鳴スペクトル。Q-bandスペクトルは、写真のES-SQ5を使用。
図5に示したスペクトルは、磁性ナノ粒子 (Fe3O4)をX-band (9.4 GHz) とQ-band (35 GHz) で比較測定した結果である。導電性物質は、高周波の電磁波を周波数に依存した表皮深さ以上に浸透させることが出来ない。表皮深さが短くなるほど (高周波になるほど)、導電性物質のESRスペクトルはより歪んだダイソン型パターンとなる。図5 (a) と (c) を見ると、Q-bandスペクトルはより歪んだダイソン型を示している。つまり、この粒径領域のMagnetiteは、バルク結晶と同様の電気伝導性と強磁性特性を有していることが分かる。それに対して、図5 (b) と (d) を見ると、X-bandで特徴的であった磁性ナノ粒子に特徴的なシャープな吸収成分がQ-bandでは劇的にその吸収比率を減少させていることが分かる。文献によると、組成の異なるMaghemite (γ-Fe2O3) の磁性ナノ粒子においても同様の減少現象が確認されている[4]。Q-bandではX-bandに比べて励起エネルギー (hv) が4倍ほど大きいため、その分熱ゆらぎの影響を受けにくくなり、特有の超常磁性性が弱くなった効果と解釈されている[4]。
Reference:
- [1] Y. Komorida, Doctor thesis "Studies of Magnetic and Structural Properties of Magnetic Nanoparticles under Hydrostatic Pressure" (2010).
- [2] S. Tatum, Concepts and Functions of Ferromagnetic Resonance (NY research press , 2015).
- [3] K. L. Krycka et al. Phys. Rev. Lett. 104, 207203 (2010).
- [4] F.Gazeau et al., Journal of Magnetism and Magnetic Materials, 202(2-3), 535-546 (1999).
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